4月の選挙に勝った、ベルルスコーニは、原発の復活を目論んでいるようだ。
http://www.lanuovaecologia.it/ecosviluppo/politiche/9817.php
上院における信任投票の際に、イタリア環境連合の前代表である、ロベルト・デッラ・セタの質問に答えて、「原発は、我が国のエネルギーを保証し、環境保護のためにも必要不可欠なものである」と答えたそうだ。
この回答にかんして、イタリア環境連合は、以下の声明を発表している。
http://www.legambiente.eu/globali/archivi/news.php?idArchivio=2&id=4480
ベルルスコーニは、原子力に対して、古くさい考えしかもっていないと、批判している。
イタリアでは、ここのところ、原発復活を目論んで、さまざまなロビー活動が行われているようなのだが、ベルルスコーニが首相の座についたことで、状況はかなり深刻になりそうな気配だ。
原発が復活するようなことがあれば、当然巨大な利権が発生するであろうから、やはり金儲けを企んでいるのでは? とついつい勘ぐってしまう
2008年05月16日
2008年05月14日
久々のコンサート
数十年ぶりってことはないけれど、確実に十数年ぶりにコンサートに行ってきた。
我が家でとっている新聞の販売店を通して、SS席12000円が9800円って格安で購入できたたため。
聞いてきたのは、あまりの我侭と気難しさに、イタリアの有名なジャスフェスティバル、ウンブリア・ジャズに出入り禁止となってしまった、キース・ジャレットのソロコンサートだ。
一時期、彼のケルンコンサートのレコード(CDじゃない)にはまっていたことがあるが、最近は、全く聞いていない。まあ、彼だけじゃなく、音楽全般聞いてなくって、もう10年近くCDは買ったことがない。
それはともかく、久しぶりの生のコンサートを堪能した。
会場には、彼の気難しさを表すように、即興演奏は、極度の集中力を要するので、携帯電話やPHS、アラーム付きの時計は電源を切るように、また、咳なども、ハンカチで口を抑えて音を立てないように注意しろって張り紙がしてあった。
そう、コンサートの曲目は、全てインプロビゼーションによるもので、楽譜などないのだ。
19時開演に少し遅れて舞台に登場した彼が奏でたのは、不協和音。ピアノの鍵盤の上を縦横に走る彼の指先から発せられる音は、混沌と不安と猥雑を表しているように感じられた。そして、ピアノという楽器が、音楽を紡ぎ出す楽器ではなく、鳴らす楽器だってこともわかった。次々と叩かれる鍵盤から出る音で、ピアノが鳴っていた。演奏する彼も、立ち上がったり、唸ったり、まさに今、彼の内部から音が搾り出されてくるような感じであった。
やがて、そのカオスから日本的なリズムが始まり、メロディーが奏でられる。僕には、日本の春の里山を楽しく歩いている風景が見えた。
長い長い緊張の続く混沌から、楽しいげなリズムが導き出されると、なにやらホットすると同時に晴れやかな気持ちにさせられた。
1曲目の演奏は、40分あまり、20分の休憩をはさんで、20時10分に第2部が始まった。
2曲目は、最初からわかりやすいリズムを刻んでおり、混沌へと移行したかと思ったら、すぐにメロディアスな旋律に変り、これは1曲目で疲れちゃったかな? って感じで短めで終わった。
3曲目も、初めは叩きつけるような音から始まり、うねるような音の洪水。そして1曲目よりさらに優しい感じのメロディーへと変わって行った。
2曲合わせてほぼ40分ほど、21時前には、コンサートのメインは終了。
ちょっと物足りないなぁーと思いつつ、アンコールを期待して拍手。
2度3度と舞台に出てはくるものの、すぐ袖に引っ込んでしまったキース・ジャレットも、観客の拍手に応えるように、ピアノの前に座り直し、アンコールの1曲目を弾き出す。
3曲目の余韻が残っていたのか、奏でられたのは、分かり易い優しいメロディーだった。
アンコールってこともあったのだろうが、肩の力が抜けたような、緊張感のあまりない、いい感じの曲だった。とっても短かったけどね。
彼が引っ込むと、再び拍手。これにも彼の方が根負けして、アンコールの2曲め。こっちは、1曲目の終わりのリズムが残っていたのか、リズミカルで、楽しい感じの曲。ああ、こういうジャズなら聞きやすいなぁーって思うものだった。
それでも観客は満足せず、またもや彼が戻ってきた。アンコール3曲目は、繊細で優しい曲。今日のコンサートで、一番気に入った。
もう、これでアンコールはないだろうと思っていたら、観客の拍手に、はいはい、分かりましたよって感じで、再び登場。ここで初めて、彼が舞台で話した。もう9時過ぎちゃったけど大丈夫?なんて時計を見ながら言っていた。
アンコール4曲目は、ノリの良い曲で、思わず客席からも手拍子が。しばらく客の手拍子と共演したあと、はいここまでってジェスチャー。手拍子が止むと、最後の締めを演奏して、コンサートは終わった。
アンコールで4曲(みんな短かったけどね)も演奏してくれるとは思わなかった。
大満足のコンサートでした。
我が家でとっている新聞の販売店を通して、SS席12000円が9800円って格安で購入できたたため。
聞いてきたのは、あまりの我侭と気難しさに、イタリアの有名なジャスフェスティバル、ウンブリア・ジャズに出入り禁止となってしまった、キース・ジャレットのソロコンサートだ。
一時期、彼のケルンコンサートのレコード(CDじゃない)にはまっていたことがあるが、最近は、全く聞いていない。まあ、彼だけじゃなく、音楽全般聞いてなくって、もう10年近くCDは買ったことがない。
それはともかく、久しぶりの生のコンサートを堪能した。
会場には、彼の気難しさを表すように、即興演奏は、極度の集中力を要するので、携帯電話やPHS、アラーム付きの時計は電源を切るように、また、咳なども、ハンカチで口を抑えて音を立てないように注意しろって張り紙がしてあった。
そう、コンサートの曲目は、全てインプロビゼーションによるもので、楽譜などないのだ。
19時開演に少し遅れて舞台に登場した彼が奏でたのは、不協和音。ピアノの鍵盤の上を縦横に走る彼の指先から発せられる音は、混沌と不安と猥雑を表しているように感じられた。そして、ピアノという楽器が、音楽を紡ぎ出す楽器ではなく、鳴らす楽器だってこともわかった。次々と叩かれる鍵盤から出る音で、ピアノが鳴っていた。演奏する彼も、立ち上がったり、唸ったり、まさに今、彼の内部から音が搾り出されてくるような感じであった。
やがて、そのカオスから日本的なリズムが始まり、メロディーが奏でられる。僕には、日本の春の里山を楽しく歩いている風景が見えた。
長い長い緊張の続く混沌から、楽しいげなリズムが導き出されると、なにやらホットすると同時に晴れやかな気持ちにさせられた。
1曲目の演奏は、40分あまり、20分の休憩をはさんで、20時10分に第2部が始まった。
2曲目は、最初からわかりやすいリズムを刻んでおり、混沌へと移行したかと思ったら、すぐにメロディアスな旋律に変り、これは1曲目で疲れちゃったかな? って感じで短めで終わった。
3曲目も、初めは叩きつけるような音から始まり、うねるような音の洪水。そして1曲目よりさらに優しい感じのメロディーへと変わって行った。
2曲合わせてほぼ40分ほど、21時前には、コンサートのメインは終了。
ちょっと物足りないなぁーと思いつつ、アンコールを期待して拍手。
2度3度と舞台に出てはくるものの、すぐ袖に引っ込んでしまったキース・ジャレットも、観客の拍手に応えるように、ピアノの前に座り直し、アンコールの1曲目を弾き出す。
3曲目の余韻が残っていたのか、奏でられたのは、分かり易い優しいメロディーだった。
アンコールってこともあったのだろうが、肩の力が抜けたような、緊張感のあまりない、いい感じの曲だった。とっても短かったけどね。
彼が引っ込むと、再び拍手。これにも彼の方が根負けして、アンコールの2曲め。こっちは、1曲目の終わりのリズムが残っていたのか、リズミカルで、楽しい感じの曲。ああ、こういうジャズなら聞きやすいなぁーって思うものだった。
それでも観客は満足せず、またもや彼が戻ってきた。アンコール3曲目は、繊細で優しい曲。今日のコンサートで、一番気に入った。
もう、これでアンコールはないだろうと思っていたら、観客の拍手に、はいはい、分かりましたよって感じで、再び登場。ここで初めて、彼が舞台で話した。もう9時過ぎちゃったけど大丈夫?なんて時計を見ながら言っていた。
アンコール4曲目は、ノリの良い曲で、思わず客席からも手拍子が。しばらく客の手拍子と共演したあと、はいここまでってジェスチャー。手拍子が止むと、最後の締めを演奏して、コンサートは終わった。
アンコールで4曲(みんな短かったけどね)も演奏してくれるとは思わなかった。
大満足のコンサートでした。
Fango
イタリアの歌手、Jovanottiが、今年のアース・デイに際して、Skyで語ったモノローグが、ラ・レップブリカの記事になっていた。
http://ricerca.repubblica.it/repubblica/archivio/repubblica/2008/04/21/310il.html
なかなか良い事を言うなぁーと思い、このブログで取り上げようと思っていたのだが、時間が無くてできなかった。
その後、彼のFangoって歌を聞いて、これもまた、イイと思っていたら、どうやらこの歌、今年創設された、イタリアの歌の歌詞に贈られるMogol賞っていうのを受賞したらしい。
http://www.rockol.it/news-94232/Prima-edizione-del-Premio-Mogol--vince-Jovanotti-con--Fango-
彼がどんなことを語っているかというと、現在は、将来に不安ばかりを感じているが、希望が持てるような将来を感じなければいけないってことや、環境に対する意識がこの10年で大きく変わってきているのだから、決して悲観してはいけないってこと。そして、将来的には、アース・デイなんか無くなって、毎日がアース・デイになればいいんだと語っている。
具体的には、彼のコンサートツアーで排出される二酸化炭素を算出し、それを回復する為にコンサートを行った街に植樹をすることにしたんだそうだ。
そして、賞を受けた歌はこれ
http://jp.youtube.com/watch?v=T7Hg8wO38-M
歌詞はここに出ていた。
http://danilopontone.spaces.live.com/blog/cns!4188B076C6926BA7!1263.entry
ひさびさに訳してみる。これもあくまでも試訳ってことで、僕なりの解釈だ。
FANGO
泥濘み
Io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
sotto un cielo di stelle e di satelliti
星々と惑星の天空の下
tra i colpevoli le vittime e i superstiti
犯罪者や被害者や生存者に囲まれて
un cane abbaia alla luna
犬が月に吠え
un uomo guarda la sua mano
一人の男が自分の手を見つめている
sembra quella di suo padre
それは、自分の父の手のよう
quando da bambino
まだ、子供だったころ
lo prendeva come niente e lo sollevava su
軽々と彼を抱き、高く持ち上げてくれた
era bello il panorama visto dall'alto
その高みからの眺めは、素晴らしかった
si gettava sulle cose prima del pensiero
考える前に、様々なことに身を投げ出していた
la sua mano era piccina ma afferrava il mondo intero
その手はまだ小さかったが、世界のすべてを掴んでいた
ora la città è un film straniero senza sottotitoli
今、街は、字幕のない外国映画
le scale da salire sono scivoli, scivoli, scivoli
上り階段はすべる、すべる、すべる
il ghiaccio sulle cose
物には氷が張り付いて
la tele dice che le strade son pericolose
テレビでは、道路は危険な状態だという
ma l'unico pericolo che sento veramente
でも、本当に危険だと僕が感じる唯一の物は
è quello di non riuscire più a sentire niente
それは、何も感じなくなってしまうこと
il profumo dei fiori l'odore della città
花の香り、街の匂い
il suono dei motorini il sapore della pizza
原チャリの音やピッツアの味
le lacrime di una mamma le idee di uno studente
母親の涙や学生の考え
gli incroci possibili in una piazza
多分広場の十字路に
di stare con le antenne alzate verso il cielo
そこに佇み空にアンテナを伸ばす
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
la città un film straniero senza sottotitoli
街は、字幕のない外国映画
una pentola che cuoce pezzi di dialoghi
会話の断片を料理する鍋
come stai quanto costa che ore sono
どうだい元気か、これはいくら、今何時
che succede che si dice chi ci crede
どうしたんだい、なに言ってるんだ、誰が信じるか
e allora ci si vede
それじゃあ、またな
ci si sente soli dalla parte del bersaglio
敵の側からは、分断されて見えてる
e diventi un appestato quando fai uno sbaglio
何か間違いを犯せば、踏み潰される
un cartello di sei metri dice tutto è intorno a te
6メートルのポスターがあれば、君のまわりは全部語れてしまう
ma ti guardi intorno e invece non c'è niente
でも、君がまわりを見渡せば、そこには何もない
un mondo vecchio che sta insieme solo grazie a quelli che
古き世界が共にあるのは、ありがたいことに
hanno ancora il coraggio di innamorarsi
未だ愛し合う勇気がある連中のおかげ
e una musica che pompa sangue nelle vene
音楽が脈打って血管に血を運び
e che fa venire voglia di svegliarsi e di alzarsi
目を覚まし、起き上がろうという気にさせてくれる
smettere di lamentarsi
文句を言うのはもうやめよう
che l'unico pericolo che senti veramente
君が感じる唯一の危険
è quello di non riuscire più a sentire niente
それは、何も感じられなくなること
di non riuscire più a sentire niente
何も感じなくなってしまうこと
il battito di un cuore dentro al petto
胸の中の心臓の鼓動
la passione che fa crescere un progetto
プロジェクトを育てようという情熱
l'appetito la sete l'evoluzione in atto
食欲、渇き、進み行く進化
l'energia che si scatena in un contatto
コンタクトを解き放つエネルギー
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
e mi fondo con il cielo e con il fango
そして、僕は空と泥濘みと溶け合う
e mi fondo con il cielo e con il fango
そして、僕は空と泥濘みと溶け合う
(Jovanotti)
http://ricerca.repubblica.it/repubblica/archivio/repubblica/2008/04/21/310il.html
なかなか良い事を言うなぁーと思い、このブログで取り上げようと思っていたのだが、時間が無くてできなかった。
その後、彼のFangoって歌を聞いて、これもまた、イイと思っていたら、どうやらこの歌、今年創設された、イタリアの歌の歌詞に贈られるMogol賞っていうのを受賞したらしい。
http://www.rockol.it/news-94232/Prima-edizione-del-Premio-Mogol--vince-Jovanotti-con--Fango-
彼がどんなことを語っているかというと、現在は、将来に不安ばかりを感じているが、希望が持てるような将来を感じなければいけないってことや、環境に対する意識がこの10年で大きく変わってきているのだから、決して悲観してはいけないってこと。そして、将来的には、アース・デイなんか無くなって、毎日がアース・デイになればいいんだと語っている。
具体的には、彼のコンサートツアーで排出される二酸化炭素を算出し、それを回復する為にコンサートを行った街に植樹をすることにしたんだそうだ。
そして、賞を受けた歌はこれ
http://jp.youtube.com/watch?v=T7Hg8wO38-M
歌詞はここに出ていた。
http://danilopontone.spaces.live.com/blog/cns!4188B076C6926BA7!1263.entry
ひさびさに訳してみる。これもあくまでも試訳ってことで、僕なりの解釈だ。
FANGO
泥濘み
Io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
io lo so che non sono solo
僕は知ってる、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
sotto un cielo di stelle e di satelliti
星々と惑星の天空の下
tra i colpevoli le vittime e i superstiti
犯罪者や被害者や生存者に囲まれて
un cane abbaia alla luna
犬が月に吠え
un uomo guarda la sua mano
一人の男が自分の手を見つめている
sembra quella di suo padre
それは、自分の父の手のよう
quando da bambino
まだ、子供だったころ
lo prendeva come niente e lo sollevava su
軽々と彼を抱き、高く持ち上げてくれた
era bello il panorama visto dall'alto
その高みからの眺めは、素晴らしかった
si gettava sulle cose prima del pensiero
考える前に、様々なことに身を投げ出していた
la sua mano era piccina ma afferrava il mondo intero
その手はまだ小さかったが、世界のすべてを掴んでいた
ora la città è un film straniero senza sottotitoli
今、街は、字幕のない外国映画
le scale da salire sono scivoli, scivoli, scivoli
上り階段はすべる、すべる、すべる
il ghiaccio sulle cose
物には氷が張り付いて
la tele dice che le strade son pericolose
テレビでは、道路は危険な状態だという
ma l'unico pericolo che sento veramente
でも、本当に危険だと僕が感じる唯一の物は
è quello di non riuscire più a sentire niente
それは、何も感じなくなってしまうこと
il profumo dei fiori l'odore della città
花の香り、街の匂い
il suono dei motorini il sapore della pizza
原チャリの音やピッツアの味
le lacrime di una mamma le idee di uno studente
母親の涙や学生の考え
gli incroci possibili in una piazza
多分広場の十字路に
di stare con le antenne alzate verso il cielo
そこに佇み空にアンテナを伸ばす
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
la città un film straniero senza sottotitoli
街は、字幕のない外国映画
una pentola che cuoce pezzi di dialoghi
会話の断片を料理する鍋
come stai quanto costa che ore sono
どうだい元気か、これはいくら、今何時
che succede che si dice chi ci crede
どうしたんだい、なに言ってるんだ、誰が信じるか
e allora ci si vede
それじゃあ、またな
ci si sente soli dalla parte del bersaglio
敵の側からは、分断されて見えてる
e diventi un appestato quando fai uno sbaglio
何か間違いを犯せば、踏み潰される
un cartello di sei metri dice tutto è intorno a te
6メートルのポスターがあれば、君のまわりは全部語れてしまう
ma ti guardi intorno e invece non c'è niente
でも、君がまわりを見渡せば、そこには何もない
un mondo vecchio che sta insieme solo grazie a quelli che
古き世界が共にあるのは、ありがたいことに
hanno ancora il coraggio di innamorarsi
未だ愛し合う勇気がある連中のおかげ
e una musica che pompa sangue nelle vene
音楽が脈打って血管に血を運び
e che fa venire voglia di svegliarsi e di alzarsi
目を覚まし、起き上がろうという気にさせてくれる
smettere di lamentarsi
文句を言うのはもうやめよう
che l'unico pericolo che senti veramente
君が感じる唯一の危険
è quello di non riuscire più a sentire niente
それは、何も感じられなくなること
di non riuscire più a sentire niente
何も感じなくなってしまうこと
il battito di un cuore dentro al petto
胸の中の心臓の鼓動
la passione che fa crescere un progetto
プロジェクトを育てようという情熱
l'appetito la sete l'evoluzione in atto
食欲、渇き、進み行く進化
l'energia che si scatena in un contatto
コンタクトを解き放つエネルギー
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
anche quando sono solo
たとえ、一人でいるときでも
io lo so che non sono solo
僕は知っている、一人じゃないってことを
e rido e piango e mi fondo con il cielo e con il fango
僕は笑い、泣き、そして空と泥濘みと溶け合う
e mi fondo con il cielo e con il fango
そして、僕は空と泥濘みと溶け合う
e mi fondo con il cielo e con il fango
そして、僕は空と泥濘みと溶け合う
(Jovanotti)
2008年05月12日
Greendex
National GeographicがGreendexっていう調査を行っている。
これは、世界14ヶ国1万4千人を対象に、それぞれの国の消費者の環境に対する動向を調査した物なんだそうだ。
僕が読んだのは、La Nuova Ecologiaの記事
http://www.lanuovaecologia.it/vivere_meglio/stili_di_vita/9779.php
で、確認の為にネタ元も見てみた。
http://event.nationalgeographic.com/greendex/
様々な質問への答えに点数を付け、一番いいのは100点となっている。
オリジナルサイトには、フラッシュで出来た世界地図があり、ポインタを合わせると、その国の成績の概要が現れる。
一番、環境に優しい人々が住むのがインドで、次いでブラジル。最下位がアメリカで、次いで低いのはフランス。日本は下から3番め
レポートの全文はPDFでここからダウンロードできる。
pdf" target="_blank">http://event.nationalgeographic.com/greendex/assets/GS_NGS_Full_Report_May08.pdf
日本の部分だけ、ざっと読んでみたけど、住宅状況や気候の違いなどは、あんまり考慮されていない感じだ。
ネタ元のサイトには、個々人のGreendexを計算することができるCalculate Your Greendexってリンクがある。
http://event.nationalgeographic.com/greendex/calculator.html
僕もやってみたけど、違和感のある質問がいくつもあり、これで本当にちゃんと結果がでるんだろうかと、ちと疑問。まあ、点数の方は50点でした。
同じような疑問をもった人がいるみたいで、こんなブログサイトもありました。
http://tukikatu.blog.shinobi.jp/Entry/30/
現在サーバーメンテナンス中みたいで、グーグルのキャッシュを見たんだけどね。
http://72.14.235.104/search?q=cache:iAUwN6JaoJMJ:tukikatu.blog.shinobi.jp/
Entry/30/+Greendex&hl=ja&ct=clnk&cd=4&gl=jp&client=firefox-a
これは、世界14ヶ国1万4千人を対象に、それぞれの国の消費者の環境に対する動向を調査した物なんだそうだ。
僕が読んだのは、La Nuova Ecologiaの記事
http://www.lanuovaecologia.it/vivere_meglio/stili_di_vita/9779.php
で、確認の為にネタ元も見てみた。
http://event.nationalgeographic.com/greendex/
様々な質問への答えに点数を付け、一番いいのは100点となっている。
オリジナルサイトには、フラッシュで出来た世界地図があり、ポインタを合わせると、その国の成績の概要が現れる。
一番、環境に優しい人々が住むのがインドで、次いでブラジル。最下位がアメリカで、次いで低いのはフランス。日本は下から3番め
レポートの全文はPDFでここからダウンロードできる。
pdf" target="_blank">http://event.nationalgeographic.com/greendex/assets/GS_NGS_Full_Report_May08.pdf
日本の部分だけ、ざっと読んでみたけど、住宅状況や気候の違いなどは、あんまり考慮されていない感じだ。
ネタ元のサイトには、個々人のGreendexを計算することができるCalculate Your Greendexってリンクがある。
http://event.nationalgeographic.com/greendex/calculator.html
僕もやってみたけど、違和感のある質問がいくつもあり、これで本当にちゃんと結果がでるんだろうかと、ちと疑問。まあ、点数の方は50点でした。
同じような疑問をもった人がいるみたいで、こんなブログサイトもありました。
http://tukikatu.blog.shinobi.jp/Entry/30/
現在サーバーメンテナンス中みたいで、グーグルのキャッシュを見たんだけどね。
http://72.14.235.104/search?q=cache:iAUwN6JaoJMJ:tukikatu.blog.shinobi.jp/
Entry/30/+Greendex&hl=ja&ct=clnk&cd=4&gl=jp&client=firefox-a
2008年05月11日
今週食べたラーメン08年5月第2週
うーん、きちんと更新しているのがラーメンネタだけっていうのは、ちと不本意なんだけど、現状では、なかなかイタリア語のネタを読み込んでブログ記事にする余裕がない。
というわけで、今週のラーメン、、、
月曜日は、休みで、イタリア映画祭に行った。午前中に1本見ただけだったので、お昼は都内の未食ラーメン店にいこうと色々考えた。
その結果、最近辛いラーメンを食べたいと思って、ことごとく外れていたので、きちんと辛いラーメンを食べるべく、目黒の中本に向かった。
蒙古タンメン中本が、まだ本店しかないころ、板橋の本店で何度か食べたことがある。その後池袋支店が出来て、そこで食べたときは、本店のあの真っ赤なタンメンと違い、ちょっとがっかりした記憶がある。
さて、目黒支店はどんなものかと、かなり興味津々で行ってみたのだが、やっぱ昔本店で食べた方が、辛かったうような気がする。
1時すぎに中本目黒に到着すると、店外に行列はなかったものの、店の中には、10人以上並んでいた。
注文したのは、オーソドックスに、蒙古タンメン。着席するとほどなく出てきた。
まず、色見が、やや淡い色合いで、やっぱり昔と違うかもと思いつつ食べ始めた。
それなりに辛く、まずくはないのだけれど、結局途中から、卓上にあった唐辛子を大量に振りかけて食べた。
昔、メキシコに1年いたことがあるせいか、辛い物が好みになっている。ただ、最近は、家人も歳なので、辛い料理はあまりつくらない。そんなわけで、時々、メチャクチャ辛いものを食べたくなるのだが、年とともに、胃の耐性が落ちてきていることもあり、あまり無理はしないようにしている。
それでも、普通に食べて、辛さが物足りないっていうのが、目黒の中本だった。
イタリア映画祭の会場から、目黒まではバスを利用。
東急バスの東京駅から等々力まで行く路線バスは、実は二郎バスなのである。
三田本店、目黒店、上野毛店を通過するのだ。
時間とお腹に余裕がある時に、1日券でも買って、二郎の梯子をしてみたいなんて思ってしまう。
次の休みは木曜日。伸びてきた庭木を刈ったり、久々に自分の部屋を掃除したりして、午前中は終了。
午後は、そろそろ二郎切れだったので、小杉二郎に行った。
値上げしてから、麺量が変わったとネットにでていた、鶴見二郎にも行きたかったのだが、川崎方面に用事があり、小杉二郎をチョイスした次第。
1時すぎに到着すると、行列は無く、すぐに座れた。注文した小ラーメンをもどなく出てきて、おいしく食べた。
ネットではいろいろ言われているようだが、小杉二郎の味はかなり好み。
しかし、豚が小さいのなぁーー。味が良いだけに、なんとも物足りなさを感じた。
今度は、小豚麺少なめでもたのもうかしらん。
というわけで、今週のラーメン、、、
月曜日は、休みで、イタリア映画祭に行った。午前中に1本見ただけだったので、お昼は都内の未食ラーメン店にいこうと色々考えた。
その結果、最近辛いラーメンを食べたいと思って、ことごとく外れていたので、きちんと辛いラーメンを食べるべく、目黒の中本に向かった。
蒙古タンメン中本が、まだ本店しかないころ、板橋の本店で何度か食べたことがある。その後池袋支店が出来て、そこで食べたときは、本店のあの真っ赤なタンメンと違い、ちょっとがっかりした記憶がある。
さて、目黒支店はどんなものかと、かなり興味津々で行ってみたのだが、やっぱ昔本店で食べた方が、辛かったうような気がする。
1時すぎに中本目黒に到着すると、店外に行列はなかったものの、店の中には、10人以上並んでいた。
注文したのは、オーソドックスに、蒙古タンメン。着席するとほどなく出てきた。
まず、色見が、やや淡い色合いで、やっぱり昔と違うかもと思いつつ食べ始めた。
それなりに辛く、まずくはないのだけれど、結局途中から、卓上にあった唐辛子を大量に振りかけて食べた。
昔、メキシコに1年いたことがあるせいか、辛い物が好みになっている。ただ、最近は、家人も歳なので、辛い料理はあまりつくらない。そんなわけで、時々、メチャクチャ辛いものを食べたくなるのだが、年とともに、胃の耐性が落ちてきていることもあり、あまり無理はしないようにしている。
それでも、普通に食べて、辛さが物足りないっていうのが、目黒の中本だった。
イタリア映画祭の会場から、目黒まではバスを利用。
東急バスの東京駅から等々力まで行く路線バスは、実は二郎バスなのである。
三田本店、目黒店、上野毛店を通過するのだ。
時間とお腹に余裕がある時に、1日券でも買って、二郎の梯子をしてみたいなんて思ってしまう。
次の休みは木曜日。伸びてきた庭木を刈ったり、久々に自分の部屋を掃除したりして、午前中は終了。
午後は、そろそろ二郎切れだったので、小杉二郎に行った。
値上げしてから、麺量が変わったとネットにでていた、鶴見二郎にも行きたかったのだが、川崎方面に用事があり、小杉二郎をチョイスした次第。
1時すぎに到着すると、行列は無く、すぐに座れた。注文した小ラーメンをもどなく出てきて、おいしく食べた。
ネットではいろいろ言われているようだが、小杉二郎の味はかなり好み。
しかし、豚が小さいのなぁーー。味が良いだけに、なんとも物足りなさを感じた。
今度は、小豚麺少なめでもたのもうかしらん。
2008年05月10日
バイオ燃料は環境を破壊する
Bird Life Internationalって団体が、EUの定めた2020年までに、現在車などに使われている燃料の10%をバイオ燃料でまかなうという政策を批判している。
http://www.birdlife.org/news/news/2008/05/biofuels_report.html
地球温暖化ガスを減らすために、バイオ燃料を使うことは、その生産のために多くの森林や湿原を破壊することになり、結果として環境を悪化させるっていうことらしい。
EUがバイオ燃料を使うってことは、東南アジアにおけるヤシ油やアメリカのトウモロコシから作られるエタノール、アマゾンで生産される大豆から作られる油に依存することになり、その増産のために自然が破壊されるというのだ。
Bird Life Internationalの詳しいレポートはここからダウンロードできる(英文)
http://www.birdlife.org/eu/pdfs/BirdLife_Biofuels_report
このレポートでは6つのケーススタディを行っている。
ケース1では、エチオピアのヒマシ油増産のために、アフリカゾウが危機にさらされる話
ケース2では、東南アジア・マレーシアで、ヤシ油の増産により熱帯雨林が破壊される話
ケース3では、ケニアでサトウキビを増産する為に、湿地帯が破壊される話
ケース4では、アマゾンで大豆を増産するために、もっとも豊かなサバンナが破壊される話
ケース5では、ヨーロッパで休耕地が無くなることで、里山の鳥達が危機にさらされる話
ケース6では、アメリカでトウモロコシを増産することで、アメリカ国内や世界の野性生物が危機にさらされる話
が具体的に述べられている。
Bird Life Internationalが提案するのは
EUの2020年までにバイオ燃料を10%とする目標を下げること
流通量(交通量)の削減に力を入れること
自動車の省エネを最大限努力すること
石油産業には、化石燃料をよりクリーンなものにするよう圧力をかけること
すべてのバイオエネルギー源(自動車燃料・暖房・電力)に対して、厳しい基準を設けること
バイオ燃料を生産する為に、間接的に土地の利用状況が変わることで、食料生産や自然に悪影響がでないように、更新可能エネルギー源の基準を設けること
である(英文から適当に訳しているので、正確な内容は上述のリンク先の原文を読んでほしい)
思うに、エコロジーが金儲けの手段になってしまうと、資本主義市場に組み込まれてしまうわけで、そうなると、本来の目的であった自然保護から逸脱してしまうっていうことなんだろう。
ここでもやはり、金金金が最良だとする価値観が崩壊しつつあるような気がする。
本当の豊かさ、本当の物の価値っていうのがなんであるのか、もう一度個々人が考えないと、大きな資本主義には、立ち向かえないような気がしている。
そして世の中が変わるとすれば、多くの人たちが、金にそっぽを向くことなんではないだろうか?
それは逆に、何をもって貧しいとするのかってことでもあるのかもしれない。
http://www.birdlife.org/news/news/2008/05/biofuels_report.html
地球温暖化ガスを減らすために、バイオ燃料を使うことは、その生産のために多くの森林や湿原を破壊することになり、結果として環境を悪化させるっていうことらしい。
EUがバイオ燃料を使うってことは、東南アジアにおけるヤシ油やアメリカのトウモロコシから作られるエタノール、アマゾンで生産される大豆から作られる油に依存することになり、その増産のために自然が破壊されるというのだ。
Bird Life Internationalの詳しいレポートはここからダウンロードできる(英文)
http://www.birdlife.org/eu/pdfs/BirdLife_Biofuels_report
このレポートでは6つのケーススタディを行っている。
ケース1では、エチオピアのヒマシ油増産のために、アフリカゾウが危機にさらされる話
ケース2では、東南アジア・マレーシアで、ヤシ油の増産により熱帯雨林が破壊される話
ケース3では、ケニアでサトウキビを増産する為に、湿地帯が破壊される話
ケース4では、アマゾンで大豆を増産するために、もっとも豊かなサバンナが破壊される話
ケース5では、ヨーロッパで休耕地が無くなることで、里山の鳥達が危機にさらされる話
ケース6では、アメリカでトウモロコシを増産することで、アメリカ国内や世界の野性生物が危機にさらされる話
が具体的に述べられている。
Bird Life Internationalが提案するのは
EUの2020年までにバイオ燃料を10%とする目標を下げること
流通量(交通量)の削減に力を入れること
自動車の省エネを最大限努力すること
石油産業には、化石燃料をよりクリーンなものにするよう圧力をかけること
すべてのバイオエネルギー源(自動車燃料・暖房・電力)に対して、厳しい基準を設けること
バイオ燃料を生産する為に、間接的に土地の利用状況が変わることで、食料生産や自然に悪影響がでないように、更新可能エネルギー源の基準を設けること
である(英文から適当に訳しているので、正確な内容は上述のリンク先の原文を読んでほしい)
思うに、エコロジーが金儲けの手段になってしまうと、資本主義市場に組み込まれてしまうわけで、そうなると、本来の目的であった自然保護から逸脱してしまうっていうことなんだろう。
ここでもやはり、金金金が最良だとする価値観が崩壊しつつあるような気がする。
本当の豊かさ、本当の物の価値っていうのがなんであるのか、もう一度個々人が考えないと、大きな資本主義には、立ち向かえないような気がしている。
そして世の中が変わるとすれば、多くの人たちが、金にそっぽを向くことなんではないだろうか?
それは逆に、何をもって貧しいとするのかってことでもあるのかもしれない。
2008年05月09日
新聞の未来は?
World Association of Newspapers=世界新聞協会って団体があって、World Editors Forumってところと一緒に、毎年、世界の新聞についての調査を行っているらしい。
http://www.wan-press.org/
http://www.wan-press.org/wef/articles.php?id=20
その結果は、TRENDS IN NEWSROOMSってサイトで発表されている。
http://www.trends-in-newsrooms.org/home.php
そして、2008年版の調査結果の概要が発表されたようだ。詳しい報告は、6月1日に発表されるらしい。
調査結果の大まかな内容は、イタリアのメディアでも報道されている。
http://www.repubblica.it/2008/05/sezioni/spettacoli_e_cultura/
futuro-giornali/futuro-giornali/futuro-giornali.html
インターネットが普及したことで、紙媒体の新聞の将来がどうなるのか、興味のあるところだ。
世界の700の新聞編集者を対象に行ったこの調査によると、中長期的には、かなり楽観視しているらしい。
新聞も、マルチメディアやインターネットに対応していかなければならないと考えてはいるものの、紙媒体はなくならいないと思っているらしい。
僕自身も、そう思うのだが、まあ、古い世代に属する人間なので、将来がどうなるかは分からない。
でも、日本の新聞社のインターネットサイトとイタリアの新聞社のそれを比べると、日本の方が、遅れている感じがするのは、否めない。
例えば、朝日新聞のサイトのトップを見ても、イタリアの新聞のサイトに比べて、圧倒的に画像が少ないし、ましてや、動画はほとんど見られない。
記事の内容にしてもしかりで、日本の新聞社のサイトは、あくまでも紙媒体の補助って感じがする。
イタリアの新聞サイトも様々あって、La Stampaなどは、記事の中に、引用先のサイトがリンクされていたりするのだが、日本の新聞サイトでは、あまり見かけることがない。
日本の新聞は、公明正大を旨とし、偏った報道はしないってことになっているからかもしれないけれど、なんか中途半端な感じがする。
このブログは、イタリア関係のニュースを多く載せているんだけど、イタリアで話題になったりニュースになったことは、大体、3〜4日から1週間くらい後になって、日本のマスコミが報じることが多い。
イタリアのメディアなみにニュースが速いのは、AFPBBっってサイトだ。
http://www.afpbb.com/
日本の大手マスメディアは、今までの状況にあぐらをかいていると、世界の趨勢から取り残されてしまうような気がしている。
http://www.wan-press.org/
http://www.wan-press.org/wef/articles.php?id=20
その結果は、TRENDS IN NEWSROOMSってサイトで発表されている。
http://www.trends-in-newsrooms.org/home.php
そして、2008年版の調査結果の概要が発表されたようだ。詳しい報告は、6月1日に発表されるらしい。
調査結果の大まかな内容は、イタリアのメディアでも報道されている。
http://www.repubblica.it/2008/05/sezioni/spettacoli_e_cultura/
futuro-giornali/futuro-giornali/futuro-giornali.html
インターネットが普及したことで、紙媒体の新聞の将来がどうなるのか、興味のあるところだ。
世界の700の新聞編集者を対象に行ったこの調査によると、中長期的には、かなり楽観視しているらしい。
新聞も、マルチメディアやインターネットに対応していかなければならないと考えてはいるものの、紙媒体はなくならいないと思っているらしい。
僕自身も、そう思うのだが、まあ、古い世代に属する人間なので、将来がどうなるかは分からない。
でも、日本の新聞社のインターネットサイトとイタリアの新聞社のそれを比べると、日本の方が、遅れている感じがするのは、否めない。
例えば、朝日新聞のサイトのトップを見ても、イタリアの新聞のサイトに比べて、圧倒的に画像が少ないし、ましてや、動画はほとんど見られない。
記事の内容にしてもしかりで、日本の新聞社のサイトは、あくまでも紙媒体の補助って感じがする。
イタリアの新聞サイトも様々あって、La Stampaなどは、記事の中に、引用先のサイトがリンクされていたりするのだが、日本の新聞サイトでは、あまり見かけることがない。
日本の新聞は、公明正大を旨とし、偏った報道はしないってことになっているからかもしれないけれど、なんか中途半端な感じがする。
このブログは、イタリア関係のニュースを多く載せているんだけど、イタリアで話題になったりニュースになったことは、大体、3〜4日から1週間くらい後になって、日本のマスコミが報じることが多い。
イタリアのメディアなみにニュースが速いのは、AFPBBっってサイトだ。
http://www.afpbb.com/
日本の大手マスメディアは、今までの状況にあぐらをかいていると、世界の趨勢から取り残されてしまうような気がしている。
2008年05月07日
物欲に負けて、、、四苦八苦
実は、物欲に負けて、新しいパソコンを1台組んでしまった。
今のところ、僕のパソコン環境は、メインに使っているopenSuse10.3を入れた自作デスクトップが1台。Windows Vistaを入れた自作デスクトップが1台。そして、枕元にパナソニックのノートパソコン(XP)が1台あって、別に困ってはいない。
メインPCは、Athlon64×2 3800+で、そこそこストレスなく動くし、VistaのPCは、iPodなどのダウンロードと、ワードファイルで納品するような翻訳の仕事などに使っている。
枕元のノートは、寝る前にネットをチェックしたり、チャットなどに使用。Linuxはマルチメディアに弱いので、それをカバーする役割も果たしてくれる。
二つのデスクトップは、切替器を使って、17インチの液晶2台のデュアルディスプレーで使用していて、Vistaの方は、ちょっと古いペンティアムなんで、ちょっとストレスは感じるけど、別段不便は感じていない。
それでも、物欲に負けてしまった、、、、
近所のパソコンショップがGWセールで、秋葉原価格よりも安い値段で、ギガバイトのマザーボードを売り出していたのがそもそもの発端。
そして、数日後には、メモリーも秋葉原価格よりも安い値段で販売ってことで、もうこれは買うっきゃないと物欲を刺激されてしまったのだ、そうそうハードディスクも500ギガで、8000円を切っていた。
そんなこんなで、
マザーボード GA-MA78GM-S2H
メモリ 2ギガ
HDD 500ギガ
が格安で手に入り、
電源は、以前相性が悪くて使えなかったものを流用。
筐体も、昔使っていたのを引っ張りだし、DVDマルチドライブは、ノート用に裸のまま使っていたのを組み込んだ。
CPUは、ソケットAM2で一番安いのから2番めで我慢。マザーボードがPhenomに対応しているので、安くなったら載せ替えるつもりだ。
マイクロソフトに儲けさせるつもりはないので、OSは当然Linux。使い勝手が分かっているopenSuse10.3を入れようとしたのだが、SATAのハードディスクを認識してくれない。
ネットであちこち調べたら、どうやらドライバの問題があって、無理みたい。チップセットが最新のマザーボードなんで、openSuse10.3では対応してないようなのだ。
仕方なし、Ubuntuを入れてみたらちゃんと動く。でも日本語環境がいまいち。
それで、現在ベータ版のopenSuse11を入れてみた。
ところがどっこい、AMDに買収されたATIのグラフィックドライバがうまく動かない、、、orz
ここしばらくは、試行錯誤の日々が続きそうだ。
今のところ、僕のパソコン環境は、メインに使っているopenSuse10.3を入れた自作デスクトップが1台。Windows Vistaを入れた自作デスクトップが1台。そして、枕元にパナソニックのノートパソコン(XP)が1台あって、別に困ってはいない。
メインPCは、Athlon64×2 3800+で、そこそこストレスなく動くし、VistaのPCは、iPodなどのダウンロードと、ワードファイルで納品するような翻訳の仕事などに使っている。
枕元のノートは、寝る前にネットをチェックしたり、チャットなどに使用。Linuxはマルチメディアに弱いので、それをカバーする役割も果たしてくれる。
二つのデスクトップは、切替器を使って、17インチの液晶2台のデュアルディスプレーで使用していて、Vistaの方は、ちょっと古いペンティアムなんで、ちょっとストレスは感じるけど、別段不便は感じていない。
それでも、物欲に負けてしまった、、、、
近所のパソコンショップがGWセールで、秋葉原価格よりも安い値段で、ギガバイトのマザーボードを売り出していたのがそもそもの発端。
そして、数日後には、メモリーも秋葉原価格よりも安い値段で販売ってことで、もうこれは買うっきゃないと物欲を刺激されてしまったのだ、そうそうハードディスクも500ギガで、8000円を切っていた。
そんなこんなで、
マザーボード GA-MA78GM-S2H
メモリ 2ギガ
HDD 500ギガ
が格安で手に入り、
電源は、以前相性が悪くて使えなかったものを流用。
筐体も、昔使っていたのを引っ張りだし、DVDマルチドライブは、ノート用に裸のまま使っていたのを組み込んだ。
CPUは、ソケットAM2で一番安いのから2番めで我慢。マザーボードがPhenomに対応しているので、安くなったら載せ替えるつもりだ。
マイクロソフトに儲けさせるつもりはないので、OSは当然Linux。使い勝手が分かっているopenSuse10.3を入れようとしたのだが、SATAのハードディスクを認識してくれない。
ネットであちこち調べたら、どうやらドライバの問題があって、無理みたい。チップセットが最新のマザーボードなんで、openSuse10.3では対応してないようなのだ。
仕方なし、Ubuntuを入れてみたらちゃんと動く。でも日本語環境がいまいち。
それで、現在ベータ版のopenSuse11を入れてみた。
ところがどっこい、AMDに買収されたATIのグラフィックドライバがうまく動かない、、、orz
ここしばらくは、試行錯誤の日々が続きそうだ。
2008年05月06日
イタリア映画祭2008その3
5月5日、休みをもらって、イタリア映画祭に「L'aria salata」を見に行ってきた。
仕事場に無理を言って、イタリア映画祭開催期間中に、3日だけ休みをもらったのだが、3日目を5日にするか6日にするか悩んだ。これは、「L'aria salata」 を見るか、「Lezioni di volo」見るかって選択があったからだ。
アルキブージは、それなりに有名な監督なので、後からでも見る機会があるかもしれないって気持ちもあり(Mignon e' partitaは、名作だと思っている)、結局L'aria salataを選んだ次第。
しかし、L'aria sakataの前に上映された短篇「Ieri=昨日」が、印象深かった。
「Ieri=昨日」
「昨日」とは、1969年12月12日のことだ。
この日に何があったかというと、ミラノのフォンタナ広場で爆弾テロがあり、17人が死亡、88人が負傷した。
この事件の真相は、未だに闇の中である。
http://it.wikipedia.org/wiki/Strage_di_piazza_Fontana
そして、この事件が、strategia di tensione=緊張戦略と言われている時代の幕を開けた。
緊張戦略とは、イタリアの左翼が使う言葉で、簡単に言うと、「国家」がテロを行うことで、社会の緊張を高め、より強固な治安維持=左翼運動への弾圧を行おうというものだった。
こんな映像もあるので、イタリア語の分かる方はご覧ください。
http://video.google.com/videoplay?docid=-7284660332593988641
この短篇を見始めてすぐに、これはフォンタナ広場の事件についての映画だなと僕は分かったのだけれど、会場にいた観客のどれくらいが、それを理解したかは、分からない。
こうした短篇が未だに作られているってことは、イタリア社会が負った傷が、未だに癒えていないってことの証しなのかもしれない。
主演女優が、「La giusta distanza」のValentina Lodoviniであったのもビックリした。一般的には劇場にかかることのないこういった短篇映画に、名の売れた俳優がきちんと出ているってことに、イタリア映画界の懐の深さを見た。
「L'aria salata=潮風に吹かれて」
さて、本編の方なのだが、映画としてはよくできていると思う。でも、ストーリーが暗く、話の運びにちょっと無理がある。
描こうとした、息子と父親の葛藤は、よく分かるんだけど、それでも作りすぎって感じを持った。悲劇的な結末もまたしかりである。
大衆受けする映画が良いとは思わないし、考えさせられる映画を好むのだけれど、それでも、映画はエンタテイメントであるとするなら、あまりにも暗く、救いがない。
監督は、ドキュメンタリー畑の出身らしいので、分からなくもないのだけれど、僕的には、あんまり楽しめなかった。
仕事場に無理を言って、イタリア映画祭開催期間中に、3日だけ休みをもらったのだが、3日目を5日にするか6日にするか悩んだ。これは、「L'aria salata」 を見るか、「Lezioni di volo」見るかって選択があったからだ。
アルキブージは、それなりに有名な監督なので、後からでも見る機会があるかもしれないって気持ちもあり(Mignon e' partitaは、名作だと思っている)、結局L'aria salataを選んだ次第。
しかし、L'aria sakataの前に上映された短篇「Ieri=昨日」が、印象深かった。
「Ieri=昨日」
「昨日」とは、1969年12月12日のことだ。
この日に何があったかというと、ミラノのフォンタナ広場で爆弾テロがあり、17人が死亡、88人が負傷した。
この事件の真相は、未だに闇の中である。
http://it.wikipedia.org/wiki/Strage_di_piazza_Fontana
そして、この事件が、strategia di tensione=緊張戦略と言われている時代の幕を開けた。
緊張戦略とは、イタリアの左翼が使う言葉で、簡単に言うと、「国家」がテロを行うことで、社会の緊張を高め、より強固な治安維持=左翼運動への弾圧を行おうというものだった。
こんな映像もあるので、イタリア語の分かる方はご覧ください。
http://video.google.com/videoplay?docid=-7284660332593988641
この短篇を見始めてすぐに、これはフォンタナ広場の事件についての映画だなと僕は分かったのだけれど、会場にいた観客のどれくらいが、それを理解したかは、分からない。
こうした短篇が未だに作られているってことは、イタリア社会が負った傷が、未だに癒えていないってことの証しなのかもしれない。
主演女優が、「La giusta distanza」のValentina Lodoviniであったのもビックリした。一般的には劇場にかかることのないこういった短篇映画に、名の売れた俳優がきちんと出ているってことに、イタリア映画界の懐の深さを見た。
「L'aria salata=潮風に吹かれて」
さて、本編の方なのだが、映画としてはよくできていると思う。でも、ストーリーが暗く、話の運びにちょっと無理がある。
描こうとした、息子と父親の葛藤は、よく分かるんだけど、それでも作りすぎって感じを持った。悲劇的な結末もまたしかりである。
大衆受けする映画が良いとは思わないし、考えさせられる映画を好むのだけれど、それでも、映画はエンタテイメントであるとするなら、あまりにも暗く、救いがない。
監督は、ドキュメンタリー畑の出身らしいので、分からなくもないのだけれど、僕的には、あんまり楽しめなかった。
2008年05月05日
今週食べたラーメン08年5月第1週
4月29日火曜日が休みで、天気も良かったので自転車で出かける。
GW中なので、町は静かと思いきや、そんなことはなく、結構な交通量。
目指したのは、新横浜のラー博の隣、Yi-Chang(イーチャン)。
ここの担々つけ麺が気になっていたからだ。
自宅から走り始めてすぐに、総走行距離を示すメーターが1500キロに達する、記念すべき日となる。
到着するとラー博には多くの観光客が。しかし、イーチャンには、12時前ってこともあるんだろうけど、客は僕一人であった。
で、肝心の担々つけ麺の方は、麺の量に関係なく980円ってことで、1.5玉を注文する。ちょっとおしゃれな皿につけ汁が盛られ、麺も出てきた。麺にはいろんな薬味的具材が乗っていた。
しかし、期待したほど辛くなーーい。まずくはないんだけど、僕的にはもう少し辛い方が好みだ。卓上にはラー油とかもなくて、調節もできなかった。
化学調味料無添加ってことで、舌に嫌な味が残ることはなかったが、山椒が効いていていつまでも舌がスースーしていた。
5月1日・2日と連休をもらって、イタリア映画祭を見に行った。そのことは、既に書いたけど、、、
で、都心にでるわけだし、当然ラーメン。
1日は、上映が午後からってこともあり、午前中早めに出て、二郎三田本店に向かった。
到着すると、長蛇の列。40人ほどかと思われ、オイオイ間に合わないかもと思って近づいていくと、後ろの方に並んでいたのは、鍋二郎を買い求める学生のグループの列で、お店でラーメンを食べるために並んでいる列は、20人ちょっとだった。
並ぶことしばし、GWのためか、家族連れなども並んでいた。
注文したのは小ラーメン。各支店が値上げしているなかで、500円を堅持している本店は偉い。
ワンコインで、あれだけの量が食べられるんだから、本店のコストパフォーマンスはかなりのものだ。
美味しく頂いて、イタリア映画祭の会場に向かった。
映画を2本見て、帰る途中で、日吉で途中下車。麺場ハマトラに寄る。昼間に食べた二郎で、それほどお腹は減っていなかったんだけど、やはり、夕食は食べとかないとね。
ここのラーメンは竹炭を練り込んだ黒い麺が有名らしい。横浜西口の本店で、かなり以前に食べたことがあるのだが、日吉店は、初めて。ちょっと期待していたのだが、がっかり。
それぞれの素材はいいのかもしれない。麺にしろ、スープにしろ、トッピングにしろ、悪くはないのだが、全体が合わさると、なんともアンバランス。それに、麺が、僕の苦手な北海道系ラーメンの麺のような食感で、僕には合わなかった。
翌日2日は、朝からの上映で、午前中1本、午後1本映画を見る。
お昼は、時間がおしてしまって、上映の合間が30分もなく、会場周辺をウロウロして、すぐ食べられそうなカレー屋でカレーを掻き込んだ。
午後1本目の映画を見終わり、2本目の当日券がまだあるのを横目に、会場を後にする。
今までだったら、全作品を見るところなんだが、今の仕事を始めてから、休日に休まないと体が続かない状況になっており、映画鑑賞も無理しない程度で、切り上げることにする。
折角都心に来てるのだからってことで、銀座の「共楽」に行ってみた。
昔からある有名店で、いわゆる東京ラーメン系のラーメン屋。
半端な時間帯だったので、お店は閑散としていたが、それでもパラリパラリと来店者はあった。注文したのは中華そば。
いやぁー懐かしい感じのラーメンでした。でも、絶品て訳でもなく、ふつーに美味しいラーメン。650円という値段は、銀座なら仕方ないかな。
僕的には、さぶちゃんや春木屋のラーメンの方が好みかも。
GW中なので、町は静かと思いきや、そんなことはなく、結構な交通量。
目指したのは、新横浜のラー博の隣、Yi-Chang(イーチャン)。
ここの担々つけ麺が気になっていたからだ。
自宅から走り始めてすぐに、総走行距離を示すメーターが1500キロに達する、記念すべき日となる。
到着するとラー博には多くの観光客が。しかし、イーチャンには、12時前ってこともあるんだろうけど、客は僕一人であった。
で、肝心の担々つけ麺の方は、麺の量に関係なく980円ってことで、1.5玉を注文する。ちょっとおしゃれな皿につけ汁が盛られ、麺も出てきた。麺にはいろんな薬味的具材が乗っていた。
しかし、期待したほど辛くなーーい。まずくはないんだけど、僕的にはもう少し辛い方が好みだ。卓上にはラー油とかもなくて、調節もできなかった。
化学調味料無添加ってことで、舌に嫌な味が残ることはなかったが、山椒が効いていていつまでも舌がスースーしていた。
5月1日・2日と連休をもらって、イタリア映画祭を見に行った。そのことは、既に書いたけど、、、
で、都心にでるわけだし、当然ラーメン。
1日は、上映が午後からってこともあり、午前中早めに出て、二郎三田本店に向かった。
到着すると、長蛇の列。40人ほどかと思われ、オイオイ間に合わないかもと思って近づいていくと、後ろの方に並んでいたのは、鍋二郎を買い求める学生のグループの列で、お店でラーメンを食べるために並んでいる列は、20人ちょっとだった。
並ぶことしばし、GWのためか、家族連れなども並んでいた。
注文したのは小ラーメン。各支店が値上げしているなかで、500円を堅持している本店は偉い。
ワンコインで、あれだけの量が食べられるんだから、本店のコストパフォーマンスはかなりのものだ。
美味しく頂いて、イタリア映画祭の会場に向かった。
映画を2本見て、帰る途中で、日吉で途中下車。麺場ハマトラに寄る。昼間に食べた二郎で、それほどお腹は減っていなかったんだけど、やはり、夕食は食べとかないとね。
ここのラーメンは竹炭を練り込んだ黒い麺が有名らしい。横浜西口の本店で、かなり以前に食べたことがあるのだが、日吉店は、初めて。ちょっと期待していたのだが、がっかり。
それぞれの素材はいいのかもしれない。麺にしろ、スープにしろ、トッピングにしろ、悪くはないのだが、全体が合わさると、なんともアンバランス。それに、麺が、僕の苦手な北海道系ラーメンの麺のような食感で、僕には合わなかった。
翌日2日は、朝からの上映で、午前中1本、午後1本映画を見る。
お昼は、時間がおしてしまって、上映の合間が30分もなく、会場周辺をウロウロして、すぐ食べられそうなカレー屋でカレーを掻き込んだ。
午後1本目の映画を見終わり、2本目の当日券がまだあるのを横目に、会場を後にする。
今までだったら、全作品を見るところなんだが、今の仕事を始めてから、休日に休まないと体が続かない状況になっており、映画鑑賞も無理しない程度で、切り上げることにする。
折角都心に来てるのだからってことで、銀座の「共楽」に行ってみた。
昔からある有名店で、いわゆる東京ラーメン系のラーメン屋。
半端な時間帯だったので、お店は閑散としていたが、それでもパラリパラリと来店者はあった。注文したのは中華そば。
いやぁー懐かしい感じのラーメンでした。でも、絶品て訳でもなく、ふつーに美味しいラーメン。650円という値段は、銀座なら仕方ないかな。
僕的には、さぶちゃんや春木屋のラーメンの方が好みかも。