2005年08月18日

メヒコの1日(コメントを頂いたので、、、)

「お知らせ」に頂いたコメントと共にお読みください。

20年以上前の話を、これだけ鮮明に覚えていると言うことは、きっと、嫌なことはなかったのだと思います。悲壮感はなかったなーー。多少の緊張感と危機感をもった瞬間はありましたけど、、、(そんないくつかの出来事については、そのうち書きます。)
生きるってことに一生懸命だったからかもしれませんね。若かったし、、
僕が居た当時と現在は違うかもしれないし、社会階層によっても違うと思いますが、僕が経験した、メヒコの都市部の人の一日は、だいたいこんな感じだったかな?
朝は結構早く起きます。メヒコでは、朝起きるとまず、シャワーを浴びます。もう25年近く前に1年間いただけなのに、僕は未だに朝シャワー派ですね。
メキシコシティーなどで、朝、満員のバスに乗ると、みんなの頭が濡れていました。
ドイツに留学していたメキシコ人の友人は、「僕らメキシコ人は毎朝シャワーを浴びて、清潔にしているのに、ドイツ人は、何日か置きにしか風呂に入らなくて、とっても不潔なんだ」とぼやいていました。もちろん、気候の違いもありますから、一概には言えませんが、、、
確かに、都市で人々を見ると、色彩的にはなんとなくくすんで、汚れた感じに見えてしまうのですが、それは、メスチィーソと呼ばれるメキシコ先住民とスペインの侵略者との混血によって生まれた人々が多くをしめているため、彼らの肌と髪の色から来る印象であって、不潔なわけではなく、ましてや、山の中の農民たちの赤銅色の肌は、本当にほれぼれするくらいツヤツヤとして、逞しかったですよ。
朝ご飯は日本と違って軽いです。特に標高の高い町では、起き抜けは、胃腸も動いていないから軽いのだと聞きました。
午前中は仕事。午前中と言っても、前に書いたように、メヒコのお昼は2時頃でしたから、昼食前ということです。
お昼は、だいたい、家に帰ってきて、しっかりと食べます。そして食べたらシエスタ(昼寝)ですね。午後は仕事はなかったように思います。
4時過ぎくらいからは、お買い物に行ったり、町をブラブラしたりとゆったりと過ごします。
夕食は、結構遅い時間帯でした。
ある時、ホームパーティーに招かれて、夜10時からってことで、日本人的感覚で10時に到着するように行こうとしたら、それは、物欲しげに思われるからヤメなさいと言われました。
あまりにも早く行くと、「こいつは、腹を空かして、飯が食いたくてハヤバヤとやって来たのか」と思われるらしいのです。
で、10時の約束なのに、みんなが集まるのは12時!夜中ですよ、夜中!それから、食べて飲んで、朝方の4時くらいまでパーティーでした。
日曜日になると、多くの人はカトリックの信者ですから、朝は教会に行きます。基本的に日曜日は神様の決めた安息日ですから、お店は休み。だいたいみんなで近場にピクニックって感じだったかな?
とおーい記憶をたどりながら、こうして思い出していると、ほんとにまた、行きたくなりますね。
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Giacomo Leopardi "Infinito"

体にまとわりつくように吹いてくる熱風の中にも、なんとなく秋の気配を感じてしまう晩夏。
ちょっともの悲しさを感じたりしません?
そんなときに、思い出したのが、レオパルディです。
イタリア人ならきっと誰でも知っている詩人。
1798年に生まれ1837年に亡くなっています。1820年頃から、イタリアが国家統一運動(=リソルジメントrisorgimento)が始まっていましたが、国家としてのイタリアが誕生したのは1861年ですから、正確に言うとイタリア人ではないのですが、、、
一般に、ペシミストの詩人と言われています。幼少の頃から、家に閉じこもりっぱなしで、勉学を続け、目を悪くして、体を壊し、脊椎が変形してしまったと言います。
そんな自分の姿から、女性に対しては、非常に消極的で、内向的な性格だったようです。
でも、その彼の孤独を愛する、そして悲観的なものの見方が、僕は好きだったりします。
Infinito=無限は、彼の代表作と言われる詩で、彼の生まれ故郷、現在のマルケ州のレカナーティと言う町にある生家からの眺めだそうです。
Il sabato del villaggioという作品も好きで、今の気持ちには、そっちの方があっているのですが、ちょいと長いので、今回はInfinitoにしました。
詩を訳すのって本当に難しく、古典イタリア語ですから、意味がうまく取れていないかもしれませんが、試しに訳してみました。続きを読む
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2005年08月17日

メヒコの山の中の話17

いよいよ、村を発つ日がやって来ました。
荷物をまとめ、農業技師の人に挨拶をして、朝早いトラック便に乗って、村を発ちました。
メキシコは400キロ移動すると季節が変わると言われます。
国土が広い上に、高低差があるからです。
僕が、その村を発った時には、日本の秋風に似た風が吹く季節でした。
海岸の町に出て、トラックを降り、長距離バスに乗り換えてアカプルコを目指しました。
アカプルコに着くと、そこは常夏の町。秋から突然、夏になってしまったような気候です。
そこでバスを乗り換え、メキシコシティーを目指したのですが、途中通過したクェルナバカは、まさに常春の町、ブーゲンビリアが咲き乱れていました。
そして、メキシコシティーに着くと、そこは冬。
1日のうちに、これほどの気候の変化を経験したのは、初めてのことでした。
さらに、僕がホームステイしていた町は、メキシコシティーから、バスで1時間ほど行ったトルーカという町で、標高は、確か2700メートル。日本では考えられないような大移動をしたわけです。
ちなみに、トルーカ近郊には、ネバダ・ディ・トルーカと言われる標高4000メートルの山があり、一度、友人(日本人で、熱帯農業の勉強のために、トルーカに滞在していました)と登ったことがあります。車で山頂まで行けるのですが、車を降り、山頂にある湖の周りを1周した時には、空気が薄いというのは、こういう事なのかと、まさに体で実感しました。
逆コースをたどって、再びその山の村を訪れた時の話は、また、詳しく書きます。
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速報 イタリアサッカーの日程決まる。

すったもんだの末、イタリアサッカー協会から、イタリア杯2005-2006の試合日程の発表があった。
多分、これで、ほんとに、決まったんだと思う、、、、
セリエAの詳細日程は、
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Sport/2005/08_Agosto/16/pop_calendario.shtml
を参照のこと。
最初の注目試合は、10月2日に行われる第6節のダービー対決、Juventus-Interとか。
とりあえず、速報ってことで、、、
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2005年08月16日

お知らせ

先日お伝えしたように、とりあえずHPに「メヒコの山の中の話」をまとめたものをアップしました。
URLは、下記になっています。
http://www.asahi-net.or.jp/~yp2t-fnd/
興味のある方はどうぞ。
リンク切れもありますが、旧いHPも倉庫に置いてあります。
果たして、どれほどの読者の方がいらっしゃるか分かりませんが、ほんとうにとりあえず公開します。
力不足もありますが、徐々に形を整えて行こうと思っております。
ということで、、、
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さすがイタリア!マフィアのボス、ラグーで捕まる!

マフィアと書きましたが、イタリアにはいくつかの犯罪組織があります。
シシリア島がマフィア、ナポリがカモッラ、カラブリアがンッドランゲタ、プーリャのサクラ・コロナ・ウニータなどです。それぞれ得意の犯罪分野を持っています。
そして、これらを総称してマフィアと呼ぶ場合もあります。
さて、今回webに載っていたのは、ナポリのカモッラと抗争を続けていたもう一つのグループ「ヌオヴァ・ファミーリャ」のボスである、ファッブロッチーノが捕まったというニュース
彼は、カモッラのボスであるラファエッレ・クトロの息子ロベルトを殺害した罪で、4月に終身刑を言い渡されたのですが、逃亡中でした。
麻薬がらみの罪で、1997年にアルゼンチンで逮捕され、その後イタリアに身柄が引き渡され、7年の刑期を終えて、この4月に出獄していましたが、その後姿をくらまし、ナポリに潜伏していたところを捕まったわけです。
しかし、その顛末がいかにもイタリア的。
彼を匿っていた企業家が、彼に食べさせようと、8月15日の聖母昇天の日に、伝統的に食べることになっている、マカロニのラグーソースの作り方を事細かに尋ねる電話の内容を、DIA(マフィア取締調査局)がキャッチ。そこにグルメのファッブロッチーノがいると確信して、25人で踏み込んだところ、見事に逮捕ってことのようです。
やっぱり、イタリア人は、みーんな食いしん坊なのかな?
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2005年08月15日

イタリアの8月15日はFerragosto

イタリアの8月15日は「聖母昇天の祝日」で、日本のお盆と一緒で、町は閑散とし、ほとんどの商店は閉まっています。
さらに、政治も全てストップ。だって、政治家もみーんなバカンスに行ってしまうからです。
そして、そういう空白を狙って、いろんな話が出てくるのも常です。
今年は、どうやら、政治とビジネスの関係について話題になっているようです。
Unipolと言う会社が、BNL(イタリア労働銀行)の株の買い占めを狙っていて、その裏工作に様々な政治家が関与しているらしいのですが、問題となっているのは、中道左派の野党DS(民主左翼党)が関わっているという、電話の盗聴テープが出てきたこと。
中道左派は、次回の選挙に向けて、UNIONE(ユニオン)というグループ(早い話が昔在った「オリーブの木」という中道左派連合のpart2です)を形成しようとしているのですが、この問題によって、参加する各政党の間に、亀裂が入りそうな気配なのです。
実は、中道右派にも同じような話がでていて、先週には、現在の首相であるベルルスコーニの関係する会社が、イタリアを代表する新聞Corriere della seraの母体となる企業を買収しようとしているという噂が流れたばかり。
イタリアの政治家たちは、おちおちバカンスを楽しんではいられないって感じみたいです。
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今日は8月15日

日本が戦争に負けて60年目の敗戦記念日ですね。マスコミは、何故か終戦記念日って言いますけどね。
でも、勝ち負けでなく、本当に戦争を終わらせるって意味なら、そして、60年前に戦争が本当に終わったのなら、イラクへ兵隊を送っちゃいけないと思いますね。それに、憲法9条もきちんと守らなければって。
戦後60年たって、戦争の記憶は風化しつつあるようです。若い世代には、戦争についてきちんとした教育はなされてきたのか、戦後教育を受けた僕自身も含めて、考えるべき点は、いっぱいあるでしょう。昨今の教科書問題もその一つだと思います。過去の歴史をきちんと振り返る必要があると思います。
しかし、後ろを見るばかりでなく、今、世界中で起きている戦争を、どうすれば無くすことができるか? というこれからのことを、もっと考えた方が良いような気もします。
勝ち負け関係なく、すぐ終わりにするために、世界に呼びかける日として、終戦記念日を位置づけるなんてことも、あっても良いのかな? と思います。

昨晩、といってももう12時を回っていたから、今朝方ってことになりますが、時々行くチャット部屋に行ったら(カテゴリは聞かないでください)、BGMで、ずーっと「キングギドラ」(ヒップ・ホップのグループね)の「最終兵器」というアルバムが流れていました。じっくりと聞いたのは初めてでしたが、音楽の好みはちょっと僕にはあわないけど、歌詞は、本当に考えさせられる内容でした。ネットで調べてみたら、2003年発売のCDだったんですね。それもロングセラーになっているそうで、彼らの音楽を聴いている若者たちがたくさん居るんだと思うと、ちょっと安心します。よかったら聞いてみてください。
posted by tady at 14:33| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月14日

メヒコの山の中の話16

マラリアに罹った後は、ほぼ1週間、体がふらふらで、農作業は出来ず、回復してきた頃には、村を出る時が迫っていました。
そんなある日のこと、セニョールが「お前にプレゼントがあるから、待っていろ」と言い残して、出かけたのです。
僕は、きっとバナナとか果物でも採ってきてくれるのだろうと思ったのです。
ところが待てど暮らせど、戻ってこない! どこまで行ったのだろうと思いました。
結局セニョールが戻ってきたのは、夕方になってから、それも山羊1頭を連れて帰ってきたのでした。
まず、感激したのは、往復8時間をかけて、あの牧場まで行き、僕のために山羊を持ってきてくれたことでした。しかしながら、山羊なんかプレゼントされてもどうしよう?と思ったのは事実です。
さて、その山羊ですが、どうなったかというと、近所の人総出でさばき始めました。
まず、山羊の首を押さえ込んで、心臓にナイフを突き刺します。
心臓からは、もちろん血がほとばしるので、それをこぼさないように洗面器に受けます。
山羊が動かなくなると、後ろ足をロープで縛り、逆さづりにし、最後の一滴まで血を出します。
その後は、良く研いだナイフで、綺麗に皮を剥いでいきます。血を見るのは最初の時だけで、あとは、全く綺麗なもんでした。
お腹を割き、内臓を取り出すと、それもきれいに洗います。庭に生えているライムの木に一杯なっている実を使って、ライム水で臭みをとります。
中まで綺麗に洗った腸には、取っておいた血と周りに生えている香草を刻んで混ぜた物を入れます。
一方で、庭の隅には、穴が掘られ、ガンガンと火が焚かれます。その中には石をたくさん入れます。
綺麗に処理してカットした山羊の肉は、バナナの皮でくるみます。そして、それを焚き火で熱せられた石の入った穴にそっと入れ、上から土をかけます。
こうして、一晩そのままにしておくと、翌日には、山羊の蒸し焼きが出来上がるのです。
できあがった物は、近所の人と一緒に分け合って食べました。
山羊を1頭料理することが、この村にとって、どれだけ重要なことであるかということを、僕自身、それまでも滞在で身に染みて感じることが出来ました。
村の人が肉を食べることは、1週間に1回くらい、それも親指の先くらいの肉片を食べるだけでした。
見ず知らずの外国人を受け入れてくれて、1ヶ月も面倒を見てくれて、そして最後には、大変なご馳走までしてくれて、本当に感激しました。さらに、そのセニョールは、僕のことを、自分の息子のようだと、言ってくれたのでした。
と言うわけで、この話は、ここで終わらないのですね。僕がメキシコから日本へ帰る直前に、再びこの村を訪れることになりました。
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週末はラーメン7

なんだかんだ言っても、やっぱり食べてきました。
お盆時期に開いてる二郎は少ないのですが、関内店は営業中。
自転車で最寄りの駅まで行って、関内へ。しかし、町は閑散としてますね。盛りを過ぎて、行ってしまう夏の侘びしさを感じました。まだ、なーんも楽しいことやってないのになー。
で、関内二郎の前だけは別でした。相変わらずの行列。この暑いのにみんな良く食うよって思ってしまいました。自分もそうなのだけど、、、
食券販売機には、今まで隠しメニューだった「汁なし」が入ってました。+80円。
昨日は、昼をたくさん食べたので、夜は花火を見ながら、ビールしか飲んでおらず、今朝は胃がむかついていたので、野菜ジュース1本のみ。昼時になって、胃が動き出して、かなり空腹感はあったのですが、悩んだ末、結局いつもの小+ニラキムチ&ニンニク野菜マシを食べてきました。
結構カップルも居て、かなりの食べっぷりの女性もおりました。
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落雷でモデム飛ぶ そして目の回る週末。

8月12日の夜11時過ぎ、チャット中にかなり激しい雷雨。ヤバイナーと思っていると、直ぐ近くに落雷!
PCの画面が一度固まり、メッセンジャープログラムが、動かなくなる。やっちまったか?! と思うも、PCに影響はなさそう。ところが、ADSLモデムが逝ってしまわれました。
電源ランプ、その他のアクセスランプは、きちんと点いているのに、何故かイーサーポートのランプが点滅したままで、点灯しない。
ハブを外して、モデムに直にPCを繋いでみると、「ケーブルが接続されていない」とでる。
うーん、初期化switchを押して、リセットしてみようと、試すが、やはりダメ!
何だかんだと、13日の午前1時過ぎまでいじるが結局ダメ。
翌朝、プロバイダーに電話するも、土曜で休み。仕方なく、今度はモデムの会社に電話。やっぱり落雷が原因だと思われますとのこと。その場合は、有償での修理となるでしょうと言われ、がっくり。悪いことにお盆のまっただ中。これで当分ネットとはお別れかしらとやや焦る。
そうだ、電話線でdial-upの手があったと思うが、プロバイダーのアクセスポイントの電話番号がわからない。
あーネットに繋がってれば直ぐ調べられるのにと、イライラ。
10時になるのを待って、近くのPCショップへ行くも、なんと、ルーターは在るけどモデムがない!
店員に聞くと、今はほとんどADSLモデム内蔵の製品はないとのこと、どうしても欲しければ取り寄せになるけど、お盆時期なのでいつになるか分からないと言われる始末。
その日は、チャッ友と昼飯を食う約束があり、全てを諦めて、早めに家を出て、秋葉原に行ってみることにする。
約束の時間が迫る中、駆け足で秋葉をチェックするも、NTTのフレッツ対応のモデムはあるものの、僕の使っている回線業者に対応したモデムはない。仕方ないので、約束の場所へ。
友人たち数人と、イタメシを食って、夕方から、別のグループのオフ会があるというので、途中まで、道案内。僕の方は、大江戸花火大会&飲み会があったので、そちらに向かう。
ところが、大変な人出! 友人たちとは、連絡がつかず、諦めて秋葉原を再訪。ところが到着したら土砂降りの夕立。はあーーーー
ネットワーク関係の機器を扱っているお店に行って尋ねると、なんと、僕の探しているタイプのモデムは市場に出回っていないといわれてしまう。中古ショップならあるかもと言われ、中古ショップ周りする。3軒目にありました! 転送スピードはずっと遅い古いタイプだけど、新古品がありました。それもなんと、無線LANまで付いて1680円!
早速それを買い求め、ショップ周りの途中で連絡の入った、飲み会会場へ向かう。
ビルの谷間からの花火だったけど、結構綺麗でした。
というわけで、モデムを手に、23時過ぎに帰宅。早速繋いでみるとバッチリでした。
はあー、いろいろあった週末でした。というわけでようやく復活。
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2005年08月12日

何が何やらよう分からん! イタリアのサッカー

ジェノバの裁判所の決定により、イタリアサッカーの試合がストップしたことは伝えましたが、今度は、ラツィオの裁判所が、日程の実施にOKを出した模様。
webの記事のタイトルにもカオス=混乱するサッカーって使われていますが、こうなってくると何がなんだかよう分かりません。
ただ、来年2006年のワールドカップを前に、日程を伸ばしている余裕はなさそう。
イタリアのサッカーが大好きというわけではありませんが、それでもなにやらやきもきさせられます。
それに、何より、イタリアの司法制度がどうなっているのか? サッカーの問題を追ってるだけでも勉強になるのが、面白いといえば、面白いですね。
サッカーよりも法律の勉強をしないと、、、、
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Outoxって知ってます?

イタリアの今年の夏のトレンドについて書いてある新聞記事の中に、新しい飲み物として、紹介されていて、今これを飲むのが、流行の最先端なんだそうです。
この飲み物、肝臓の働きを助け、30分ほどで体内のアルコールの50%を分解できるとか書いてあります。
二日酔いにも効くそうです。僕なんかには、最適って思ってしまいました。
この飲み物、ベルギーの会社が作っているらしいのですが、そのサイトがまた、凝っています。
http://www.outox.com/
真ん中にある二つの○の黒い方を白い方にドラッグ&ドロップすると、ページが開きます。
英語ですが、操作は簡単。とにかく○をドラッグして瓶の白丸に重ねればいいだけ。遊び心満点で、楽しいページです。英語が分かる人は、しゃれっ気たっぷりのネーミングも楽しめそう。
website navigatorがwebsite naughtygator
FAQは、faq-meとなってます。
日本では、まだ発売されてないみたいですが、ほんとに効くのか、一度試してみたいと思ってます。
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8月末にイタリア出かける人へ

といっても、このブログを読んでる人で、行く人が何人いるかはわかりませんが、とりあえず情報として。
8月30日と31日、アリタリアの職員が48時間ストを行うとの報道があります。
とにかくストの多いイタリアですが、この期間にイタリアを旅行する方は、早めの情報収集をしたほうが良いと思います。
夏休みをギリギリまで遊んで、さあ帰ろうと思ったら、飛行機が飛ばないなんてことにならないように、ご注意を。
posted by tady at 14:05| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんか変

この間の、総選挙に向けての政党の動きを見てると、なんか変。
例えば、なんで岡山市民が選挙で選んだ市長の首を、小泉さんがすげ替えられるんだろう?
岡山市民が投票した選挙権ってなんなんだろう?これって全然、民主的じゃない気がする。
有力政治家や有名人を「刺客」として送り込むっていうけど、これって、選挙民をバカにしてない?
本来なら、候補者がどんな政治をやろうとしているのかを、政策論争できちんと示すが、筋だと思う。選挙って、人気投票なんだろうか?
自殺した議員の妻や引退する議員の妻が立候補って、どういうこと?
地縁血縁の地盤があるからってことなのだろうけど、そろそろそいうことからは脱却しないと、日本の政治ってヤバクない? って思いません?
「日本を、あきらめない。」っていう民主党って何?
あきらめないってことは、あきらめるに対しての言葉で、その裏には、あきらめることもあるってことが、感じられてしまうんですが、、、、
民主党は、今まであきらめちゃってのかな? そしてまた、ダメだったらあきらめるのかな?
日本をあきらめてどこ行くんだろうね。あの人たちは?
あきらめるとかあきらめないとか、言ってる場合じゃないと思う。
みんな、日本がすこーしづつ、変な方向にむかい始めてるって感じてると思う。
一番鈍感なのは、政治家たちかもしれない。
だからといって、選挙に関心を持たないのは最悪だと思う。僕ら一人一人が、政治家をどう動かすかって視点から、考えなきゃいけないんだと思います。彼らは先生でも偉い人でもなく、国民が権利を負託した下僕なのだから。
さあ、どいつが一番こき使えそうかな? って視点で投票するのもいいかなって思ってます。
posted by tady at 13:53| ローマ | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

メヒコの山の中の話15

これも、休みの日のこと。
仕事にも徐々になれ、休みの日はすっかりくつろいで、家の壁に背中をもたせかけ、家の人と話をしていた時、突然、「そのまま動くな!」と言われたのです。
僕は何が起きたのかサッパリ分からず、体を硬くしていました。
そうしたら、僕がもたれ掛かっていた壁に向かって、バシンと何かを丸めた物を叩きつけたのです。
「お前の顔の脇に、今、サソリが居たから、退治した」と言われて、ゾッとしました。
日本で知られているようなアフリカの大きいサソリではないのですが、小さくても猛毒があるとのこと、死に至らないまでも、刺されるとかなり痛いのだと言われました。
農作業をしている時に、暑くなって上着を脱ぐ時も、地面に置いてはいけない。サソリが入り込むことがあるからね。とも言われました。
しかし、僕にとっても最大の危機は、その後訪れたのでした。
朝起きて、体がちょっと重いなーと思いつつも、いつものように畑に向けて、山道を歩き始めました。ところが、お昼近くになって、どうしても体が言うことをききません。やばいなと思って、セニョールに「体がキツイので、先に帰っても良いですか?」と尋ねたところ、それはまかりならんいわれてしまいました。
どうして? と思って訳を聞くと、数日前に、村に行商にきていた商人が襲われて、殺害され、服の襟元に縫い込んであった現金を強奪されるという事件が起きていたのでした。
外国人である僕は、絶対金を持っていると思われるから、襲われる危険性が高いので、一人で居てはいけないというのが、その理由でした。
でも、体は限界。致し方なく、一人で村に戻りました。
寝袋に入り、寝ようと努力するのですが、ものすごい寒気がして、眠れません。
一晩、死ぬ思いで過ごし、スペイン語の通じる農業技師に助けを求めました。
彼は、僕の余りの悲惨さに(暑い日なのに、寝袋にくるまり、持っていた衣類を全部着込んで、寒さに震えつつ、彼のところに行ったのです)、即座に村の診療所に連れて行ってくれました。
医者は、二つの処方箋を書いてくれて、直ぐに薬局に行き、薬を買いました。でも、医者が処方してくれたうちの一つは、薬が切れているとのことで、とにかく在る薬を買い求め、それを飲んで寝ました。
ものすごい汗をかき(寝ていた寝袋を絞ると汗がしたたり落ちるほど汗をかきました)、どうにか体温が下がりました。
後々、この経験を、メキシコシティーに住む日系人のお家にお邪魔したときに話したら。「それは、マラリアでしょう」言われてしまいました。
後から想像するに、一つは解熱剤で、もうひとつはマラリア病病原虫を退治する薬だったようです。
病原虫を退治する薬は、飲まなかったので、もしかしたら、僕の体内には、まだいるのかもしれません。
posted by tady at 23:00| ローマ ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アクセス解析を見て

このブログを始めてから、アクセス解析をよく見るのですが、つい最近、僕が全く放置しているHPからのアクセスが何回かありました。
ブログを始めるに当たって、一応、トップページにブログのリンクを貼っておいたのですが、見る人がいるとは思いもよりませんでした。
ブログとHPの関係をどうしようかと、今、悩んでいます。ネット通してどういった形で、自分の持っている情報を発信できるのか?それもできれば、見てくれる人たちの役に立つようなものを提供できるのか? ネットの進歩と共に、発信のあり方も変化しているということを実感しました。
映像や音声までも瞬時にネットに乗せてしまえるチャットとかをやっていると、文字情報としてのブログやHPの持つ役割について、改めて考えさせられます。
とりあえず、メヒコの話は、ある程度溜まったら、HPにまとめて載せるようにしようかと思っています。アクセス解析をみると、読んでくださっている方が、いるようですから、、、
面白いのは、アクセス時間がバラバラなこと。そして、サーチエンジンから訪れる人たちの検索キーワードもバラバラ。
確かに、僕が書いている内容は統一性に欠けるし、好き勝手なことを書いているので、メインテーマを決めてブログを作っている所と比較すれば、とっても散漫な内容だと思います。
でも、そういうのもあっても良いんじゃないかと思いつつ、続けていこうと思ってます。
よろしかったら、これからもお付き合いください。
posted by tady at 22:16| ローマ ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

メヒコの山の中の話14

仕事が休みの日曜日、村のマーケットへ行きました。煙草の葉が売られているのを見たのもそこ。
山の中の小さな村なのに、色々な人がいたのが印象に残っています。
まず、びっくりしたのは、「オカマ」(差別的な言葉になるかもしれませんが)が居たこと。かなりガタイの良い男性が女装していたのです。村では有名らしく、彼はああいう人だからと言う感じで、受け入れられているようでした。
思ったのは、人間の何割かは、国や人種を関係なく、そういう傾向を持つ人がいるのが、もしかしたら自然なことなのだということでした。だって、新宿2丁目ではなく、メヒコの山の中でも、そういうひとが普通にいるのだから、、、
もう一つは、彼はウエットバック(エスパダ・モハーダ)だよって、広場にいた人を紹介されて、さらにびっくり。ウエットバックとは、メキシコとアメリカの国境にある川(何故かメキシコ側とアメリカ側で呼び方が違います。メキシコではリロ・ブラヴォ、アメリカではリオ・グランデ)をメキシコ側から越境=アメリカへ密入国しようとする人たちの呼称です。橋を渡らずに、つまりは正式な国境を通過せずに、アメリカに入ろうとすれば、川を泳いで渡るしかなく、背中が濡れているということから、背中の濡れた人=ウェットバックと呼ばれていました。
捕まれば、もちろん強制送還。そうして、強制送還された人がその村にいたのです。
その村から、アメリカ国境までは、かなりの距離。ゲレロ州でしたから、むしろグアテマラ国境の方が近いような所から、アメリカに密入国しようとした人がいるというのが驚きでした。
こんな山の中にも、ある意味、世界情勢(つまりは、国と国の経済格差)が影響しているのかって感じでした。
たとえ、メキシコの山の中の小さな村だとしても、世界との関係は否応なく、持たざるを得ないのかという思いを強く感じました。
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ランペドゥーサ近海で、密入国者のボートからSOS

多分、日本にはあんまり伝わらない内容のニュースだと思うので、少しだけ。
まず、事件の概要。
イタリアのランペドゥーサ島近海を航行中の、リビアからの密入国者165人(女性子供を含む)を乗せた船から、衛星電話でSOSがあり、それを受信したチュニジア当局が、イタリアの港湾当局に連絡。イタリアの沿岸警備隊と財務警察、海軍などが出動し、海軍のヘリによって発見され、165人が救出された。彼らが乗っていたのは、全長10メートルの小型船で、ランペドゥーサ沖40マイル(コリセラの報道)から50マイル(レップの報道)で、波をかぶり浸水していた。
彼らはランペドゥーサ島の一時収容所に運ばれたが、1週間ほどでリビアに送還される予定。
で、問題点。続きを読む
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今日は、サン・ロレンツォの夜

今日8月10日は、イタリアでは、サン・ロレンツォの日で、この日の夜には、多くの流れ星が見えるといいます。そして、その流れ星に、祈ると願えがかなうそうです。
実際、夏のこの期間は、流れ星が増える時期のようです。今年は、イタリアでは、流れ星が多く流れるという記事がコリセラに出ていました。ピークは、10日をすぎてしまうけど、12日から13日だそうです。
タビアニ兄弟の有名な映画「サン・ロレンツォの夜」って言うのもありましたね。
サン・ロレンツォ=聖ロレンツォは、キリスト教の聖人で、料理人と消防士の守護聖人だそうです。
イタリアにいた頃、友人家族と一緒に出かけたウンブリア州で、友人の娘さんとその友達と、草原に寝袋を敷いて夜空を見上げ、誰が一番多く流れ星を見ることが出来るか、競争したことを思い出します。
もう、あれから何年たったのだろう? ゆっくりと夜空でも見上げて、自らの来し方行く末に思いを巡らすのもいいかなぁーと思っています。
都会だと、中々、そんな思いに耽ることの出来るような夜空がないのが残念ですが、、、、
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混乱するイタリアサッカー界 とりあえず速報

ジェノアに対して下されたC1降格の決定を凍結し、サッカーの試合日程を停止する命令が、ジェノバの判事からサッカー協会に言い渡された。これにより、最終判断がでるまで、試合ができなくなる。8月16日に改めて聴聞会が開かれる予定。
ジェノアの経営者側が、チームの降格により、多大な経済的損失を受けるので、降格の決定は、憲法によって守られるべき、権利の侵害にあたると訴え、民事裁判所の判事が、それを受け入れたためらしい。
また、先に伝えた、メッシーナに関しては、国務院は、メッシーナをセリエAに、トリノをセリエBにすると決定した。
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2005年08月09日

メヒコの山の中の話13

やや、仕事にも慣れてきたある日のこと。セニョールが、何やら今日は違うところに行くと言っているらしい。言葉の壁はあっても、身振り手振りでなんとかコミュニケーションは取れる。
さあ、今日はどこに行くのだろうと思いながら、山道を歩き出す。最初は、トウモロコシ畑へ行く通い慣れた道だった。
そう、道に関して言うと、地元の人の移動は、徒歩かロバに乗って行く。ところが、山奥まで車が入ってくるようになって、地元の人たちが歩いていた昔の道は、あちこちで寸断され、ブルドーザーでならしたような、土の地肌が見える痛々しい道が、横切る。それまではきっと、細いけれど近道になる道を歩いていたであろうところを、大きく迂回する車道を歩かざるを得ない状況になっていた。
ここでも、果たして車が入ってくることが良いことなのかどうか考えてしまった。確かに物流の面や緊急時(急病人がでたとか)に、車が役に立つことは言うまでもないのだろうけれど、日々の生活の負担が増えているように感じたからだ。
もっとも、長距離を徒歩で移動することに慣れていなかった僕が、そう感じただけで、地元の人はなんの苦にも感じていなかったのかもしれない。
山道を延々と歩いていると、セニョールが、遠いからロバに乗れと言う。ここで僕は初めて、乗馬ならぬ乗驢馬を経験することになった。
普段なら、2時間も歩けば目的地に着くはずなのに、その日は、一向に目的地に着く気配がない。
結局目的地に着いたのは、歩き始めてから4時間。そこは小高い丘の上で、目の前には草地が広がり、山羊が放牧されていた。セニョールは、時々この放牧地にやって来ては、山羊の世話をしているのだった。
その日は、そんなにキツイ作業はなく、山羊が元気かどうかを確認しただけで、また、4時間の道のりを歩いて帰った。
しかし、後々、この往復8時間の道のりの重さを、僕は感じることとなった。僕が大感激した、その話は、もう少し後で書きます。
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GenoaはC1に降格

イタリアサッカー協会の紛争処理委員会(Comissione d'appello federale=Caf)は、ジェノバのサッカーチーム、ジェノアの訴えを退け、C1に降格が決まった。
ジェノバ市内では、この月曜に、ジェノアのサポーターたち4000人が集まり、デモ行進を行ったが、その際に、ジェノバ・ピリンチペ駅を占拠しようとした一部のフーリガンと警官隊が衝突。催涙弾が発射され、ゴミ箱が燃やされ、車2台、バイク2台が、ひっくり返され路上に放置されたそうだ。
先週末に行われた、ジェノア−カタンザーロの試合も、ジェノア降格に抗議するフーリガンたちが、ピッチに投げ込んだ爆竹とロケット花火によって試合が中止になっている。
イタリアで、サッカー見るのも大変そうですな。
一度は見てみたいけど、、、、
posted by tady at 15:58| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

9.11に投票かぁー

解散総選挙が決まりました。
戦後60年、長崎の原爆記念日の前日に解散、投票日は9.11。そして、自民党が割れるかもしれない状況を見ていると、なにやら、日本のターニングポイントを暗示するような気がしてしまいます。
戦後の日本の民主主義はどうだったのか? などと大上段に振りかざしたような議論は、学者さんに任せるとして、個人的な経験から、感じたことを少しだけ。

メキシコを経験した後、イタリアに住み始めて思ったこと「イタリアは、ヨーロッパの国なのだから、メキシコよりはマシかと思ったけど、全然そうじゃないジャン!」ってことでした。

メキシコは、人類史上初の革命をやった国で、ロシア革命に先立つこと6年、1911年に革命運動が起きています。メキシコの正式国名は、メキシコ合衆国なんですね。メキシコシティーの通りの名前には、インスルヘンテス通り(暴徒通り)とか革命通りとかあります。そして、僕が滞在していた頃の第一党は、PRI(制度的革命党)って名前でした。
でも、PRIによる超長期政権が続き、政治的腐敗が進んでいて、公務員への賄賂とかは、当たり前って感じでした。日本から、クリスマス用にと送ってもらったプレゼント入りの小包は、受け取るために、とんでもない額の賄賂を要求され、払えないと突っぱねたら、そのまま日本に送り返されてしまいました。

そんな経験をして、イタリアに行ってみたら、やっぱりコネと賄賂の世界でした。特に、人脈は重要で、滞在許可をもらったりするには、警察にコネがあると一発って感じでした。

しかし、イタリアに住んでいるうちに分かったのは、きちんとした民主主義と個人主義があるってことでした。
短命内閣がやたらと入れ替わっても、基本的にキリスト教民主党の長期政権が続いていましたが、同時に、当時西欧最大のだったイタリア共産党も30%ほどの得票率を持ち、みなが、真剣に政治について議論していました。
地方自治体レベルでは、政権与党の入れ替わりが起きると、人々の生活が、モロに影響を受ける形で変わるという現実もありました。
ですから、一般市民は、自分の生活と投票っていうのを結構しっかり見てた感じがします。
現在のイタリアの政局は、中道左派のまとまりが悪く、次の選挙でどうなるかは分からない状況のようです。人々が政治に幻滅している現れか、投票率もかつてに比べるとだいぶ低下しています。それでも、日本よりはずっと高いですね。

日本の今度の選挙の行方も分かりませんが、今までとは違った、何かしらの変化が起こることを期待して、僕も一票を使おうと思います。
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2005年08月08日

Puerto Escondido & La Polvere del Messico

メキシコに1年、イタリアにトータルで4年ほど居たという、僕自身の個人的経験が多分に影響しているのですが、僕の好きなイタリア人作家の一人にPino Cacucciがいます。
彼は、メキシコにはまってしまった作家で、イタリア語で(当然ですが)、メキシコに関する作品を著しています。
代表作はPuerto Escondido。イタリアの若者が主人公の冒険活劇って感じです。
イタリアで、警官による警官殺しの目撃者となってしまった彼が、殺した側の警官につきまとわれ、イタリアからスペイン、そしてメキシコへと逃げ、そこで様々な出来事に巻き込まれるという話です。テンポが良くて、イタリア語を読むのに時間のかかる僕でも、引き込まれるように読んでしまいました。読み終わった後、「この本面白いよ」とイタリア人の友人に貸したのですが、一晩で読んでしまったと言ってました。
この本は、「エーゲ海の天使=Mediterraneo」で、アカデミー賞外国映画賞を取った、ガブリエル・サルバトーレス監督の作品として映画化もされています。
ただ、個人的に言うと、彼の作家としてのピークは、このひと作品だったのかな? って感じはします。
作家業の傍ら、イタリア人女性で、メキシコに亡命したトロツキーと親交のあった写真家、ティナ・モンドティのアンソロジーを出したり、先頃日本でも公開されて、そこそこヒットした、チェゲバラの青春時代を描いた映画、「モーターサイクル・ダイアリーズ」のイタリア語版を監修したりしています。(僕の記憶に間違えがなければ、ゲバラのこの日記を、本の形で最初に世に出したのは、イタリア語版だったと思います)。

作家としての彼の作品で、好きなの本のもう一冊は、メキシコの旅紀行という感じの「La Polvere del Messico」です。かなりディープなメキシコの姿を描いています。この本で、チューインガムの本家・元祖は、メキシコ人であったと知りました。
いずれの本も日本語には訳されていません。全くの個人的趣味で、翻訳しましたが、読んでみたい方があったら、コメントでもしてください。
著作権とforeign rightsの問題があると思うので、公開はしませんので、、、
posted by tady at 21:53| ローマ | Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地中海の海温が上昇

イタリア周辺の海、テレニア海南部、イオニア海、シシリア海峡、アドリア海の温度は、7月下旬の時点で、平均温度よりも5°から6°も高く。熱帯地方と同じ状況になっているという。
一旦は、温度が下がったものの、8月に入り、再び上昇傾向だそうだ。
国立地球物理学火山学研究所の海洋学者のグループが発表したもの。
http://www.bo.ingv.it/mfstep/WP8/sst.htm
を見ると、7月下旬から8月にかけての海温変化が、アニメーションで見られる。
日本も猛暑が続いているが、地球温暖化は、現実的にかなり差し迫った、ヤバイ状況になりつつあるのかもしれない。
posted by tady at 11:27| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

メヒコの山の中の話12

サトウキビを収穫していた時の、休憩時間。刈り取ったばかりのサトウキビの堅い外側を剥いて、囓る。口の中に甘さが一杯に広がる。
僕にとっては、初めてのサトウキビでした。
そうやって、一服しながら、お世話になってるセニョールは、煙草に火を付けます。
僕も、一服。当時、僕はお金が無かったので、メキシコでも一番安い煙草を吸ってました。両切りで、日本のゴールデンバットのような感じ。かなり強い煙草だったと思います。
しかし、セニョールが吸っているのは、地元で栽培した煙草の葉を乾燥して、それを自分で巻いた手製の葉巻でした。乾燥した葉っぱは、マーケットに行くと巻く前の状態で束ねたまま売られていました。
それを見て、僕は聞いてみました。この辺には、マリファナも自生してると思うけど、それは吸わないのですか? って。返事は、「儂にはこれがあるから充分」と煙草を示したのでした。
僕の頭の中では、煙草とマリファナは違うだろう? って思っていたので、じゃあ試しに一口吸わせてください。とお願いしました。
いやー、びっくり! 一口吸い込むと、もう、肺の中にズシーンと煙が侵入してきて、その直後に、頭がクラクラするのでした。なんの加工も施していない、生の葉っぱを乾燥しただけの煙草が、こんなにも強い物だとは、知りませんでした。ピースの両切りなんて、問題にもなりません。これならマリファナはいらないなとミョーに納得してしまいました。
煙草については、グァテマラに旅行した時に出会った日本人で、世界1周をしていると言う人が、アフリカで蚊がすごいところに行く時には、煙草を水に溶いて、その液を体に塗ると、蚊がよってこないんだよといってました。
喘息持ちだったチェ・ゲバラが、なんで葉巻を吹かしていたのかっていうと、キューバの山の中でゲリラ戦を行っている時に、髭を蓄え、葉巻を吸うことで、虫がよってこないからだという話も本で読んだことがあります。
それを吸ってるんだから、体に良いわけはないですね。
posted by tady at 18:02| ローマ ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

週末はラーメン6

やはり、二郎中毒になりつつある。
二郎各店は、日曜日は営業していないお店が多いのに加えて、お盆時期は、長期休業のお店が多い。
そこで、今日は、近場で開いている小杉二郎に行ってきた。
炎天下自転車で走っていると、なんで、こんなに暑いのに、自転車でラーメンを食いに行くのか? という根本的な問題が頭をかすめたりする。そんな思いを振り切るように、ペダルを漕いだ。
小杉二郎は、過去何回か食べていて、量の多さに、食べ終わった時は苦しくて苦しくて、もう二度と来ないぞ!といつも思った所。
やはり暑いせいか、お昼時だというのに、行列もなく直ぐ座れた。過去の経験を考慮し、今日は、麺少なめをオーダー。
ところがどっこい、やっぱり多かった! 最後に残った3〜4本の麺が、どうしても食べられなかった。自転車じゃなかったら、無理してでも食べきったのだが、後のことを考えるとやはり、無謀な行為に思われ、二郎で初めて、ちょこっとだけ、残してしまった。無念である。
posted by tady at 17:18| ローマ ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする