2005年10月08日

メヒコ旅行編3

25年前、僕がプエブラからベラクルスに向かった大きな理由の一つが、当時メキシコで初めての原子力発電所の建設現場を見てみたいと言うことだった。
ベラクルスに近い、メキシコ湾岸沿いのラグーナス・ヴェルデスというところで、原発が建設中だったのだ。
バスを乗り継いで、どうにかラグーナス・ヴェルデスに着いたのだが、その日はちょうど土曜日だった。メキシコは結構いい加減なので、本来なら立ち入り出来ないような場所でも、頼み込めば入れてくれたりする。それを期待して、建設現場のゲートの所で、メキシコ人に中が見学できないかと聞いてみた。帰ってきた答えは、日本人がイッパイ働いているから、その人たちに聞いてみたらってことだった。
僕は、まさか日本人がいるとは思わなかったので、びっくり。ところがゲート前で待っていると、次々と日本人の乗った車が出てきた。それも、普段メキシコでは見ないような車ばかり。彼らはアメリカから来ているらしかった。その中の一人に声をかけ、中を見学させてくれないかと聞いたところ、今日は土曜日だからダメだと言われた。平日はずっと現場に缶詰状態で働いているようで、土曜日には、羽を伸ばしに町に繰り出すらしく、その貴重な自由時間を譲るわけにはいかないということらしい。
それにしても、こんな所で、日本人技術者が働いているとは思わなかった。
結局中に入れてもらえず、僕は宿を探さなければならない時間になっていた。途中バスで通過した村に、宿泊施設があったのを目にしていたので、とにかくそこに戻ろうと道路を歩き始めた。徒歩でどれくらいの時間がかかるかは分からないのだけれど、他に交通手段がないのだから仕方ない。
トボトボと歩き始めると、後ろからやって来たジープが止まった。運転していたメキシコ人はラグーナス・ヴェルデスで働いている人だった。「どこまで行くのか?」と聞かれたので、宿のあるところまでと答えると、じゃあ乗せて行ってやろうという。僕はありがたく彼の申し出に甘えて、車で送ってもらうことにした。
宿のある村には、二つの宿泊施設があったのを見ていたので、僕は安い方に泊まろうと考えながら歩いていたのだが、車に乗せてくれた人が、こっちの方が良いよと、そのうちの一つの宿の前で降ろしてくれた。
早速チェックインをすると、宿の人が「お前は日本人か?」と聞く。そうだと答えると、実は別の日本人が泊まっているという答えが帰ってきた。僕自身は、原発問題に元々興味があって、観光客など絶対来ないようなその地を訪れていたわけで、よもやそんな場所に日本人がいるとは思っていなかった。原発建設現場で働いている日本人たちは、そんな宿に泊まるわけはない。
驚いて、その日本人を訪ねてみると、二人組の人たちで、北米大陸をローラースケートで縦断する旅の途中だという。ローラースケートで走る人と、サポートとして自転車で伴走している人の二人組だったのだ。
ローラースケートで走っている人は、アメリカ建国200周年の時に、ローラースケートでアメリカを横断した人で、今回は北米大陸縦断中だということだった。
彼のアメリカ横断の旅は、後に吉田ルイ子監督による「ロングラン」という映画になっている。もちろんその時は、映画も存在せず、そんな人とは思いもしなかった。
ここで逢ったも何かの縁ってな具合で、その晩は、3人して大酒を飲んだ。
メキシコ人はビールを飲む時にもライムと塩で飲む。本来はテキーラを飲む時の作法なのだが、ライムと塩でビールを飲むと苦みが消えて美味しいのだという。日本でも、ちょっとしたお店でメキシコのコロナビールを頼むとライムが付いてくるけどね。ドイツに留学していたメキシコ人の友人は、折角のビールの美味しい苦みを消してしまうのは邪道だと言って憤慨していたが、確かに酸味と塩辛さでビールの苦みは消える。
辺鄙な海岸沿いの村だから、ビールは手に入っても、つまみが無かった。その時に彼ら言ったのは、ビールのつまみには、梅干しが良いってことだった。梅干しを食べながらビールを飲むとライムと塩と同じで、酸味と塩辛さでビールの味がまろやかになるというのだ。
そんな講釈話をしながら、大変な量のビールを飲んだことを覚えている。
翌日朝早く出発する予定だった彼らは、二日酔いで出発できず、急ぐ旅でもない僕も翌日はのんびり。結局二日酔いが治りかけた午後には、再びみんなで飲み始めていた。
さすがにその日は、大酒を控え、ほどほどで切り上げて就寝。
次の日の朝早く、彼らは北米大陸縦断の旅へと再び出発したのだった。
posted by tady at 21:59| ローマ ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

I Dialoghi Mancati di Antonio Tabucchi

かなり以前にイタリアで買って、読まずに放っておいたアントニ・タッブキの戯曲短編2作が収められた本。発行年月日を見たら1999年3月になっている。
旅行中にちょこっと読むのに良いかもと思って、今回の小笠原行きに持っていて読み終えた。

タイトルを直訳すれば「語られなかった会話」とでもなるのだろか。
タッブキが、ポルトガル人の作家フルディナンド・ペソアの研究者であることはよく知られているが、この作品は、もしかしたら、ペソアとイタリアの作家ルイジ・ピランデッロが会っていたかもしれないっていう想像を元にして書いた戯曲だ。舞台は1935年のポルトガルの精神病院。そこに入院したペソアが、独白の形で様々なことを語り、電話でピランデッロと話すという設定だ。
戯曲ってこともあるし、かなりの短編でもあるからか、今ひとつ面白くなかった。
もう一編は、「Il tempo stringe=時間がない」という作品で、これは主人公が訪ねた兄が、交通事故に逢い、病院で死亡した直後という設定で、弟が兄に対して、それまでの人生で思ったことを次々と語りかけていくと言う内容。しかし、兄は既に亡く。葬儀の準備が進む中、時間がどんどん無くなっていく。
こっちの方は、中々面白かった。
posted by tady at 09:00| ローマ ??| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする