2006年02月28日

イタリア語は英語に冒されているか?

イタリア語のニュースを読みながら、ネットを徘徊していたら、Treccaniってサイトを見つけた。
http://www.treccani.it/site/www/index.htm
(Firefoxだとうまく表示されないところがあります)
イタリアの百科事典を出版している会社らしい。きっと知っている人は知っている有名なところだと思う。
そこの特集記事に、「Italiano malato di English?」っていうのがあった。
7人のイタリア語の専門家に、現在のイタリア語が、英語からどれくらいの影響を受けているのかを聞いている。
http://www.treccani.it/site/lingua_linguaggi/speciale.htm
それぞれかなりの長文で、全部を丁寧に読んではいない。
一番最初にある、イタリアでも有名な言語学者Tullio De Mauroのインタビューにはざっと目を通した。
それによれば、イタリア語に入ってきている英語は、増えてはいるが日常的にそれほど使われているわけではないようだ。また、現在の政府は、学校教育のスローガンとして「3つのI」っていうのを掲げているそうで(Inglese=英語、Informatica=情報、Impresa=事業)、4つめのI、つまりItaliano=イタリア語が、学校教育の中で軽んじられているのが問題だとも言っている。
外国語を学ぶ場合に、まず必要なのは、母国語の理解能力の高さであるとも述べている。
また、ある調査によると、イタリア人の90%は、イタリア語を話すことが出来るが、その3分2が、読み書きに問題を抱えているという。英語による影響を心配するよりも、識字率が大きく下がる危険性をはらんでいるこの現状の方が心配だという。

ざっと読んだだけなので、本当に概要だけなのだが、時間がある時に、他の人の話も含めて、じっくりと読んでみたい記事だ。

さらに、このサイトには、イタリア語勉強しようという人には、とっても役に立つページがあった。
http://www.treccani.it/site/lingua_linguaggi/index.htm
右側のArchivioって文字の下にあるメニューをそれぞれクリックすると、へーっていうような質問と回答がある。
Questit lessicoは、言葉についてのQ&A
Quesiti grammaticaは、文法について
Quesiti variaは、その他の質問
Sinonimi regionaliは、地域ごとの方言比較
Cruciverbaは、クロスワード
Quizは、クイズ
といった感じだ。
イタリア語の分かる人にとっては、とっても面白いと思う。(このブログの読者にはあんまりいないかな? イタリア語って面白いんだけどなぁー、、、)僕自身は、最近嵌ってしまっている。別のページには、辞書検索もある。

この記事に出ていた分からない略語を探すうちに、アカデミア・デッラ・クルスカ
http://www.accademiadellacrusca.it/index.php
のサイトも見つけた。
アカデミア・デッラ・クルスカとは、1583年にフィレンツェに設立された、言語学アカデミーで、1612年に「クルスカ辞典」を出版している。イタリア語がイタリア語として誕生したのは1861年のイタリア統一以降なわけだが、ダンテの時代より、イタリア半島の言語を統一しようとという動きはずっとあって、クルスカは、その中で非常に重要な役割を担っていた。
イタリアで勉強している時に、この話を聞いたのだけれど、webサイトがあるのは知らなかった。このサイトにも、辞書検索機能があるので、これからもお世話になりそうだ。
posted by tady at 14:19| ローマ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

今週食べたラーメン2月第4週

月曜日はお休み。
火曜日は、ラー博にて、龍上海の赤湯からみそラーメンと春木屋でミニラーメンを食す。
赤湯からみそラーメンは、最初に一口スープを飲んで、やっぱり入場料を取ってまで営業しているフードテーマパークのお店は、レベルが高いなぁーと感じさせるものだった。辛みそも美味しかった。
折角入ったのだからと、春木屋でも食べることにする。ただ、龍上海で、普通盛りを食べてしまったので、こちらはミニラーメン。
おー昔、中央線沿線をウロウロしていたころ、荻窪の春木屋では何度か食べたことがあって、僕の中では、東京ラーメン系では一番うまいと思っていた。今回もその期待は裏切られなかった。
スープを一口飲んだ途端に、あー懐かしい味だー!と思いましたね。かなりお腹は苦しかったのだけれど、スープまでほとんど飲んでしまいました。
これはかなりマニアックな話になりますが、春木屋は、大友克洋の漫画「アキラ」の中にも、その店名が出てくるくらい、当時から有名でした。確認のページは第1巻242ページです。
水曜日はお休み。
木曜日は、二郎に行く時間はなく、でも極太麺が食べたくて、彦助でつけめん。以前食べた時は、やたらしょっぱくて、スープ割りもなかったのだけれど、今回は、ちゃんとスープも付いてきました。相変わらず、汁はしょっぱかったけれど、スープで割れたので、大満足。
そいえば、脇に置いてあった麺箱には浅草開化楼とありました。麺は、有名な製麺所のものだったんですね。
金曜日は、ここのところ過労気味だったせいか、発熱。仕事が終わった後は、速攻で家に帰り、お酒も飲まずに寝ちゃいました。
土曜日は、お昼過ぎまで寝ていて、かなりお腹が減ってきたので、スタミナを付ける意味も込めて、関内二郎へ。2時頃到着すると、相変わらずの行列でしたが、前回ほどではなく、20分ほどで着席。いつものように、小+ニラキムチニンニクヤサイでした。しかし、病み上がりにはやはりちときつかったのか、最後の一口を食べた時に、胃に痛みが走りました。その後は別に異常はなかったのだけれど、注意せねばと反省。
隣は、バイトがお休みの助手さんでありました。汁なしを食べてたけど、途中からスープを注ぎ足してもらっていて、そういうのもありかって思いましたね。
日曜日は、白河中華で「支那そば」。実は支那っていうのは、中国に対する差別的呼称ってことで、あんまり使いたくないのだけれど、この日は、魚介系出汁のスープが飲みたくてやむなく頼む。それにしても、なぜ、中華そばが鶏のスープで、支那そばが和風というのかは、判然としない。ちなみに、今使っているIMEでは「しな」はデフォでは変換されません。
支那という呼び方は、秦とか清から来ているらしいし、英語のChinaや他の欧米系の言葉の語源もやはり同じらしい。東シナ海は、未だに日本では一般的に使われている。
でも、国の呼称として中国の事を支那と呼ぶのは、やはり歴史的からみがあって、問題だと僕は思ってます。
でも、こんな風に言ってる人もいます。
http://homepage2.nifty.com/o-tajima/sina.html
一般論として、右翼の人たちは、支那肯定派ってことでしょう。
では、中国の人はどう思っているのか?
東京の神保町と水道橋の間にある「北京亭」の箸袋に丁寧な解説が書かれています。
参考URL
http://hatanaka.txt-nifty.com/ronda/2004/05/post_1.html
このお店、ラーメンも美味しいです。(^_^)
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2006年02月26日

NHKスペシャル「永ちゃん」を見て

僕がキャロルを初めて見たのは、愛川欽也が司会をしているテレビ番組だった。かれこれ30年以上前のことだと思う。
その時に聞いた「ファンキー・モンキー・ベイビー」は確かに衝撃的だったけど、今更ロックンロールかよって思った記憶がある。当時中学生だった僕は、ビートルズを卒業して、ピンクフロイドに心酔していた時期だった。
キャロルの解散コンサートを扱ったNHKの番組も見ている。当時その番組のディレクターだった龍村仁が、この番組が元でNHKを去ったことも知っている。その後彼は「地球交響楽・ガイア」シリーズを製作していたりする。僕自身はガイアは全く見ていない。
だから、NHKで矢沢永吉を取り上げて、番組にするというのがとっても奇異に映った。これは全く余談だけれど、8年前に亡くなった僕の父親も同じ永吉って名前だったんだけど、僕自身は、何故か矢沢にはなんの愛着もない。
でも、40代のおじさんたちと「矢沢」を扱う番組ってことなので、見てみた。
見始めて直ぐに、レポーターが重松清だったので、「あー、やっぱりな」って思ってしまった。
彼は良い作家だと思う。日本人の小市民的心情を描かせると実にうまい。彼はNHKのお気に入りの作家みたいだ。ただ、彼が太平洋のビキニ環礁についてのドキュメンタリーをレポートした時に、非常にがっかりした記憶がある。核兵器という国際政治の中における暗闘の元となった物を扱い、また人類の歴史の中で二度と繰り返してはならない出来事をレポートしているはずなのに、そういった世界に目を向けるような視点が全くなかったからだ。
今回の番組も良くできていたと思う。みんな一生懸命生きてるよ!ってメッセージは伝わってきた。でも、だからなに? って気持ちがどうしても残る。
「矢沢」を好きだろうが、好きじゃなかろうが、一生懸命生きてる人は、みんな一生懸命生きているのだ。でも、そういう人たちが報われないのはなぜ? ってところまで突っ込んでいかない。
それは、政治であったり、制度であったり、個々人が作り上げている日本という社会であるわけで、そこに切り込んでいかなければ、「永ちゃんも頑張ってる。だから僕も頑張る」で終わってしまう、単なるガス抜きの番組でしかない。一見前向きに見えるようで、互いの傷口を舐め合い、仲間内で励まし合って、元気を出そうよってだけでは、本当に世の中は良くならないような気がする。
永ちゃんを見て、元気をもらう人がいてもいいし、それで頑張れるなら幸せなことだと思う。それは否定しない。でも、永ちゃんを好きならばこそ、アーティストとしての彼を、ガス抜きの道具に使ってはならないと思う。
海外のアーティストを見て思うのは、全員とは言わないまでも、きちんと意識を持っている人は、自ら政治や社会のためになることに一歩踏み込んでいる。U2のボノやつい先日、リオで無料コンサートをやったRolling Stonesだってそうだ。エルトン・ジョンだって、ゲイのために頑張ってたりする。日本人でそういったことをきんちんと意識を持ってやっているのは、坂本龍一とか、オノ・ヨーコがいるけれど、まだまだ少ないような気がする。
ビッグになればなるほど、多くの金が動くわけだし、アーティスト個人の意思ではどうにもならない部分も出てくるのであろうと想像はできるが、だからこそ、例えば永ちゃんにも、そういった意識を持ってもらえればなぁーなんて思ってしまった。
そうしたら、この番組だって、もっと違った物になっていたと思うし、もしかしたら、NHK自体、こんな番組は作れなかったかもしれない。
さて、みなさんはどう思います?
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ベル・パエゼ6

ホーム・ステイすることになった家は、ローマの街中にあるものの、いわゆる庶民の人たちが多く住んでいるところで、決して大きな家ではなかった。僕がステイすることで、4歳の女の子は、自分の部屋を取られてしまって、ソファーで寝ることになった。
すぐそばには、大きな市場があって、毎朝多くの店が立ち、活気にあふれていた。

イタリアに到着した初日の晩、留学団体のスタッフが、夜の街に、ビールを飲みに連れて行ってくれた。一番最初に覚えた単語は、ビヤホール=ビレッリア=Birreriaだったと思う。(これは後日談だが、そのお店にもう一度行ってみたいと思って探したのだが、結局見つけることは出来なかった)。
日本では、グイグイと飲むビールを、みんなチビリチビリと飲んでいたのが印象的だった。
イタリアでは、ワインは水みたいなもので、実際、ミネラルウォーターとハウスワインの価格は、ワインの方が安いくらいだ。やはりワインの国である。
それに比べてビールはやや高い。当時の若者たちは、折角夜外出するなら、ちょっと高めのビールを飲みたいって雰囲気があったのではないかと、今振り返って見て、思う。だからチビチビ。

帰りは、車で送ってくれるというので、ステイする家のすぐそばまで来たところで、ここでいいというと、危ないから、家の前まで送るという。そしてきちんと建物の玄関のドアを開けて、その中に入るまで見送ってくれた。やはりローマはいろいろとヤバイ町なのかもしれないと実感。
もっとも、ローマに生活に慣れてくると、よく、一人で映画を見に行ったり、コンサートに行ったりと、夜で歩くようになったが、それは言葉が出来、状況判断が出来るようになってからのことだ。
さて、ステイ先の家には、すぐに、語学研修のためのキャンプに行くことになっていて、最初はわずか数日の滞在だった。それでも、一般的なイタリア人にとっては、バカンスシーズンだったわけで、わざわざ僕のために、バカンスに行くのを遅らせてくれていたらしい。
スペイン語は分かったものの、イタリア語はチンプンカンプン。朝起きると、なにやら夫婦喧嘩をしている様子。遠慮しながら部屋を出る。また、そのころ、ご飯のメニューが僕だけ違っていた。なんとなく居づらくなってしまう。
ところが、これは大きな勘違いだったことが後から分かる。
夫婦喧嘩だと思ったのは、単なる普通の日常会話。メニューが違ったのは、家族は残り物を食べていたのに、僕にはきちんと作ってくれていたから。
今だから、笑い話になるのだが、異文化との出会いってこんなものなのかもしれないと思う。
数日後、僕は、語学研修キャンプに参加するためにマントバ近郊の村へと向かい、家族はバカンスへと出かけた。
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ボニン・アイランドpart2その11

1月1日続き
お雑煮遅めのお昼を食べた後は、元旦から通常業務。海洋センターにとっては(多分小笠原の多くの宿やお店にとっても)書き入れ時だからだ。
年末のうちにやりきれなかった、海洋センター敷地内の落ち葉拾いとか、海洋センターの目の前の海岸のごみ拾いなどもする。
夕食は、差し入れのあった魚の塩焼きやお手製の島寿司、それに御節とご馳走。みんなで楽しい夕食となる。
夕食後、僕は自転車を借りて、洋上オフ会の続きともいえる、父島オフ会に向かう。元旦から、それも父島で集まるオフ会っていうのも、いろんなオフ会がある中でも、きっとかなーり変わっているかも、、、
1次会ちょっとこじゃれたお店で、自己紹介を中心に。首都圏以外から来ていた人も居たり、初めて小笠原を訪れる人から数十回って人まで様々。総勢11人のオフ会だった。

2次会は、4名でカラオケのあるスナックへ。そこで働いている人も、ネット仲間。
お客さんは、地元の人がほとんどってお店で、知り合いでも居なければ、絶対入らないお店かもしれない。でも、雰囲気はとってもフレンドリー。
洋上で一緒だった、聴覚障害者の人も2次会に参加。カラオケを歌ってくれた。1次会では席が離れていたので、他の人が筆談で会話していたのだけれど、2次会は、もっぱら僕が筆談してました。音が聞こえないのにどうやってカラオケを覚える? って聞いたら、自分でも音程が合っているかどうか分からないとのこと。彼は、耳の聞こえない人よりも、耳の聞こえる人と仕事をしているので、カラオケにも良く行くとのこと。筆談で話しながら、手話を勉強しておけばよかったと思った。
で、彼のカラオケ。実に良かった。北島三郎の歌を歌ったのだけれど、途中にせりふがあり、そこは、手話でせりふが語られる。カラオケの画面に流れる歌詞と、彼の手話を同時に見ると、手話の意味が分かるのが面白かった。歌っている時は、マイクを持っているので、ちょっと片手だけの手話になるんだけど、「カラオケで学ぶ手話」見たいなビデオがあれば、手話もずっと学びやすくなるのではないのかと思った。彼が聴覚障害者だとは知らなかったお店のお客さんたちも、一緒に拍手してくれて、とってもいい雰囲気だった。
彼との筆談で、手話にも方言があることを知った。黒って色は、髪の毛を撫ぜるしぐさなのだそうだが、オフ会を主催した方は、白髪だったので、「僕の場合は白になっちゃうね」なんて話もでた。
僕も何曲か歌って、ちょうどよい酔い加減で、海洋センターまで自転車で戻った。
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2006年02月25日

大人も子どももわかるイスラム世界の「大疑問」 読了

久しぶりに本を買った。いつもは図書館で済ませている。
というのも、知人に、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教について分かりやすい本はないだろうか? というメールをもらったのがきっかけ。
イタリアにちょっと住んでいたので、カトリックのことは、なんとなく耳学問で知っているのだが、ちゃんと知っているかというと、????
で、ネットで調べたら、この本が見つかった。
著者は、池上彰。もしかしてあの人?って思ったらやっぱりそうだった。そう、NHKの週間子どもニュースのキャスターをやっていた人。
イスラム教だけでなく、キリスト教、ユダヤ教についても書かれていて、入門書として、概略を把握するにはとってもいい。
ただ、ちょっと古いので、湾岸戦争までで、イラク戦争については当然書かれていないし、9.11後なのだけれど、映画「9.11」で触れていたような、ブッシュ一族とオサマ・ビンラディンの一族との関係などについても書かれていない。まあ、宗教についての入門書なので、宗教戦争の背後にある経済戦争やメジャーの暗躍なんていうのは、書かれていなくて当然かもしれない。
自分の中であやふやな基礎の基礎を再確認するにはいいと思った。
また、自分が学校で習った知識が、古くなっているってことにも気がつかされた。
例えば、大乗仏教と小乗仏教とオー昔習ったけど、現在では、小乗仏教は使わないそうだ。これは知らなかった。
posted by tady at 18:14| ローマ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トリノ五輪で報道されないこと

あとちょっとで、トリノ五輪も終わる。メダルメダルと大騒ぎしているマスコミに、もっときちんと報道してほしいことがあったりする。
次回の夏季五輪、北京大会にかかわる問題であり、ついこの間も、サッカーのアジア大会のときに、反日運動が噴出し、様々なことが取りざたされた中国が抱える問題のひとつ、チベットのことだ。
国際社会の一員として、北京五輪を成功させるためには、チベットの問題を解決しなければならないだろう。
トリノでは、イタリア−チベット協会が支援して、3人のチベット人が、北京でのオリンピック開催に反対して、トリノ五輪が開催されている期間、ハンストを行っているという。
http://www.socialpress.it/breve.php3?id_breve=1126

Beppeのブログにもこのハンストは紹介されていた。
http://www.beppegrillo.it/2006/02/tibet_medaglia.html
トリノには、選手が2000人で、報道陣が3000人押しかけているそうで、せめて数行でいいから、このことを書いてほしいとBeppeは、訴えている。
posted by tady at 12:10| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

イタリア、国連への拠出金カット

イタリア経済が低迷するなか、イタリア外務省は、国連への拠出金をカットすることにしたらしい。その額はおよそ5200万ユーロだそうだ。
これは2月16日にこっそりと決まったことらしく、まずマニフェスト紙が報道、その後レップブリカが、詳しく報道した。
http://www.repubblica.it/2006/b/sezioni/cronaca/taglioorganizintern/taglioorganizintern/taglioorganizintern.html

Oms, Fao, Unicef, Unesco, Acnurにはイタリアからお金が出ることはない。この決定は一時的なもので、イタリアの景気が回復すれば、再開するらしい。

さて、国連機関の略号なんだけど、イタリア語の場合は、英語とかなり違うことがある。
国連は、UN(United Nations)が英語、イタリア語はONU(Organizzazione delle Nazioni Unite)
OMS(Organizzasione Mondiale della Sanita')は、世界保健機関のことで、英語だとWHO(World Health Organization)
ローマに本部のあるFAO(国連食糧農業機構)は、なぜか英語のまま、UNICEFやUNESCOも英語と同じ。
Acnur(Alto Commissariato Onu per i Rifugiati)は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のこと。
そういえば、北大西洋条約機構(NATO)も英語ではNATOだった。スペイン語だとOTANになるんだけど、、、

略語と言えば、イタリアの政府機関もそれぞれ別の呼称を持っている。たとえば「外務省が決定した」ってときも、外務省とは書かず、「Farnesina」と書いたりする。これは外務省がある場所の名前。
ちなみに、こういった略号を一覧表にしてくれているサイトがあった、僕の分からなくなると、よく利用する。
http://homepage3.nifty.com/bologna/sede.html
この手の略号は、新聞に頻出する割には、辞書に載っていなかったりするので、理解するためには、こまめにイタリア語の新聞を読むしかない。
posted by tady at 13:19| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

La Dolce Vita

いまさらながらというか、恥ずかしながらというか、フェリーニの「甘い生活」を、今日、初めて最初から最後までBS放送で見た。
La Dolce Vita(甘い生活)は、La vita amara(苦い生活)だってことが良く分かった。しかし、マルチェロ・マストロヤンニのなんと格好いいこと! イタリアの伊達男そのままって感じだった。
他にも、考えさせられるシーンがいっぱいあった。字幕だけではきっと分からないのだと思うけど、自分の住んでいる地下室が水浸しになっていた女性は、言葉から南部出身の人に設定されていた。上流階級では、英語や英語なまりのイタリア語が話され、イタリアがあこがれ憎むアメリカが表現されていたように思う。自殺してしまったスタイナーの言葉は、重かった。ふと、ホリエモンの栄光と没落を思ってしまうようなせりふだった。
そして、なんといってもラストシーン。ペルージャ出身の田舎娘とマルチェロ・マストロヤンニの言葉を介さないやりとりは、ローマの退廃したDolce Vitaが、いかにVita amaraであるのかを的確に表現していたし、彼女の笑顔が最後に映し出される時、都会で自堕落な生活をしている僕自身のことを、思わず振り返ってしまった。
1960年製作の映画とは思えないほど、現代の都市生活の虚ろさを表現している。美しく着飾り、ハイソでセレブな連中の内実がいかに苦悩に満ち、どうしようもないのかってことも良く分かる。階級社会が厳然として未だに存在するイタリアにおいては、貴族階級の生活は、イタリア経済が斜陽になったとしても、現在も変わることなく存在し続けていると思う。実際、僕の友人は、かつて(戦前)貴族になり損ねたという家系の人で、かなりの資産を持っていた。友人は、左派系の考え方だったので、いたってフランクで、資産を持っていることをある意味恥と感じているような人だが、彼の兄という人は、保守系で、地方の大金持ちって感じで、一度お城のような住まいに招かれて、食事をしたことがあるが、「甘い生活」にあるように、幽霊が出るような家であった(実際幽霊が出るって話だ)。時代の移り変わりとともに、現在は、多少違ってきているのかもしれないが、イタリアの金持ちは、ほんとうに金持ちで、貧しい人たちはほんとうに貧しい。そこらへんに、マフィアが未だに存在している原因もあると思う。
この映画を見ながら、そんなことを考えてしまった。

2月25日追記
忘れてました。この映画には、あのチェレンターノの若かりし姿が映っていました。パーティーで、ロックを歌っているのがそうです。
posted by tady at 23:17| ローマ | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WABIAN-2イタリア上陸

早稲田大学の高西研究室が開発をしているWABIAN-2がイタリアに上陸するらしい。
http://www.takanishi.mech.waseda.ac.jp/research/wabian/index_j.htm
ヒューマノイド型二足歩行ロボットであるWABIANのイタリア版を、早稲田大学の協力の元、ピサにあるSant'Anna高等専門学校が、製作することになったというニュース。
http://www.repubblica.it/2005/j/sezioni/scienza_e_tecnologia/robot3/robotumano/robotumano.html
将来的には、感情表現が出来るまでにしたいとのこと。
感情表現だったら、日本人よりもイタリア人の方が、大げさで、得意かもしれない、、、、
posted by tady at 16:06| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

隣の芝生?

ラジオの番組(ネットから録音したやつね)を聞いていたら、先日報道された調査について取り上げていた。
http://www.repubblica.it/2006/b/sezioni/cronaca/italiani/italiani/italiani.html
記事の見出しを見たときに。このブログに書こうかどうしようか迷っていたんだけど、その番組に電話してきて、話している人たちの声を聞いていると、イタリアの状況がかなり深刻らしいってことが感じられて、改めて報道された記事を読み直した。
イタリアに住むイタリア人の37.8%が、海外に移住してもいいと考えているっていうのが、その内容。これはEurispesという団体が行った調査の結果だそうだ。Eurispesというのは、1993年までは、ISTITUTO DI STUDI POLITICI ECONOMICI E SOCIALI=政治経済社会研究所って名前だったそうで、1993年に改組されて、Eurispesとなった。営利を目的としない学術研究機関だそうだ。
http://www.eurispes.it/
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpyi200401/b0219.html
この調査結果によると、18歳から24歳までの層では、実に54.1%が海外に移住してもいいと考えているそうで、25歳から34歳で50.5%。学歴で見ると、専門学校卒(45.9%)や大卒(55.2%)人のほうが、海外移住したいと思っている。
職業でいうと、失業者や学生の比率が高く、政治的傾向では中道左派や左派の人の比率が高い。
移住したい国のトップはスペインだそうで、フランスとイギリスがその後に続く。
移住したい理由としては、仕事に就ける可能性があるっていうのが1番。
内務省によると現在およそ400万のイタリア人が海外に住んでおり、トップはドイツだそうだ。

ラジオでの言っていたのだけれど、現在のイタリアは、月々の収入だけでは生活が成り立たなくなっているようで、貯金を取り崩しつつ生活している人がかなりいるようだ。生活に掛かるコストも高く、仕事はなく、政治的にも先が見えないとなると、イタリアを捨てて出て行くしかないって思ってしまうのかもしれない。
多くの日本人が憧れるイタリアなのだけれど、現実は厳しそうだ。隣の芝生は青く見えるものなのかもしれない。
posted by tady at 22:20| ローマ ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ipod shuffleを買った。

先日の日曜日、ipod shuffleを買った。
僕の場合、音楽を聴くためではない。
以前は、パソコンに向かっている時は、だいたいインターネットラジオでイタリアの放送を聞いていたのだけれど、ここのところ、会社で仕事中は聞けないし、自宅でも長時間パソコンの前に座ることがあまりなくなってしまって、イタリア語を聞く機会が減ってしまった。
そこで、考えていたのが、ストリーミングラジオをパソコンに録音して、メモリーオーディオにデータを移し、パソコンの前にいない時でも聞けるようにしようということ。
メモリーオーディオも、ちょっと前までは、結構高かったのだけれど、ここのところ随分と安くなってきたので、なにか適当なのはないかなと探していたのだ。
で、アップルがipodの値下げをして、shuffleだったら、そんなに高くないしってことで買ってしまった。
仕事場でも、パソコンで仕事をしながら、録音できるし(スピーカーは付いていないので聞けないけど、、、)それをMP3に変換して、shuffleに入れれば、後は持ち歩ける。

って訳で、久しぶりに、イタリア語の放送を聞いた。やっぱり面白い。一番良く聞いているのは、RTL102.5というラジオ局
http://www.rtl.it/mediaplayer/rtl1025.asx
聴取者が、電話をかけてくる番組などでは、様々な方言なまりのイタリア語が聞けるし、ニュース番組も面白い。音楽も、今イタリアで何が流行っているかとかわかるし、、、
また、ローマのローカル局radioolgiataのローカルニュースとかも、なかなか。
http://www.radiololgiata.net/media/olgiata.asx
「昨日の××時ころ、●●通りのゴミ箱に、車が突っ込んで大破しました」なんてニュースが流れてくると、ローマの片隅のニュースを、日本の片隅で聞いているわけで、つくづく、地球は狭くなったと感じる。
なによりも、現地に行かないとわからない現場の空気みたいなものが、ほんの少しだけだけれど、感じることが出来るのが嬉しい。
posted by tady at 16:11| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

容疑者Xの献身 読了

東野圭吾の「容疑者Xの献身」を読み終わった。
東野圭吾の小説は、以前「秘密」を読んだんだけど、どうも好みではなかった。文体が生理的に嫌いなのだ。でも、直木賞をとった作品ってことで読もうと思って、図書館から借りてきた。「秘密」も日本推理作家協会賞っていうのをとっているらしい。
読み始めてすぐに、もうだめ。主人公が、学校へ向かう通勤風景を描写し、ダメ押しのように彼は教師だったなんていうのは、もうやめて!って感じ。学校へ向かってるんだから、わざわざ教師だと書く必要もないだろうにって思ってしまう。
ことごとくそんな感じで、最後まで読むのはしんどいなーーと思いつつ読み進めると、それなりに読めてしまった。
大江健三郎とか中上健次とか、結構好きで、癖のある文章なんだけど、その世界に入ると、実に心地いい。
まあ、そこまではいかないけど、文体が気にならないほどにストーリーが面白かったってことかもしれない。
posted by tady at 21:38| ローマ ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日のVignetta2006-2-19

マニフェスト紙に、久しぶりにVauroの風刺漫画が出ていた。
http://www.ilmanifesto.it/Quotidiano-archivio/19-Febbraio-2006/vauro.htm

Calderoli se ne va
Roberto mettiti la maglietta che prendi freddo.
Mamma!

カルデロリは去る
ロベルト、このシャツを着て行きなさい、寒いから
マンッマ!

カルデロリが起こした問題については、日本のマスコミも報じているので、詳しくは書かなくてもいいかな。
http://www.asahi.com/international/update/0218/008.html
http://www.asahi.com/international/update/0218/007.html

北部同盟(カルデロリの所属する政党)は、与党から離れると息巻いていたみたいだけど、結局、選挙を前に、元の鞘に収まる気配だ。
それにしても、一人の政治家が不用意に行ったことで、リビアのベンガジでは、死者が出ているわけで、政治家の思い上がりもいい加減止めてもらいたいと思う。これはイタリアの政治家のみならず、訳の分からない事言ってるどこぞの国の外務大臣とかも、同じだよな。
posted by tady at 16:26| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第56回サンレモ音楽祭

2月27日から3月4日まで、第56回サンレモ音楽祭が開催される。
いわゆるイタリアの流行歌のコンクールなわけで、僕はあんまり関心がない。大半が商業主義的アーチストってわけで、歌われるのは「サンレモ風」の曲ばっかりってことだ。
この音楽祭も、一時期は、かなり低迷したらしい。それでも、日本の紅白歌合戦みたいなもんで、まだ続いてる。
イタリア国営放送RAIが専用ページを立ち上げている。
http://www.sanremo.rai.it/sanremo
i Giovani si Raccontanoってところをクリックすると、今年出場する若手歌手のビデオクリップが見られるページに飛ぶようだ。
部門としては、男性部門、女性部門、グループ、クラシック、と若手に分かれている。
興味のある方はRAIのサイトをあちこちのぞいてみてください。

それと、つい最近、1967年にサンレモ音楽祭に出場中にピストル自殺したとされる、ルイジ・テンコの再調査が行われ、結果が出た。当時は、自殺他殺おりまぜ、いろんな噂が乱れ飛んだようだが、やはり自殺だったとの結論だ。

ショービジネスの裏側は、きっといろいろとあるんだろうな。
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2006年02月20日

Serpica Naroって知ってる?

ミラノファッション界で、かなり有名な日本人デザイナーがいるのを知ってる?
彼女の名前はSerpica Naro。アングロサクソンと日本人の血を引いていると言われている。
去年、ミラノのファッションシーンにデビューしたばかり。今年も何やらイベントをやったらしい。
でも、知らなくても仕方がないかも、だって彼女は存在しない存在だから、、、
http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/2006/02_Febbraio/17/serpica.shtml

Serpica Naroは、San Precarioのアナグラムになっている。アナグラムっていうのは、文字を並び替えてあるってことね。
で、San Precarioって言うのは、直訳すると「聖なる臨時雇い労働者」ってことで、臨時労働者の守護聖人ってことらしい。
ここには、祈りの歌まであるみたい。
http://www.chainworkers.org/chainw/noi/azioni/29feb04.htm

で、その実態はと言うと、臨時雇用の人たちが作ったノー・グローバルの団体。
http://www.sanprecario.info/
そのメンバーで、ミラノのファッション業界で下働きをしている人たちが、実在しないアングロサクソンと日本人の血を引くというSerpica Naroという架空の人物を作り出し、昨年のミラノコレクションに登場したのだ。
実在の人物だと思っていたファッション業界の連中は、事実を知らされてビックリしたらしい。
その時の話は、ここにある。イタリア語だけど、、、
http://www.repubblica.it/2005/b/sezioni/spettacoli_e_cultura/modanoglobal/intervistaserpica/intervistaserpica.html
200人が7日でこの虚像を作り上げたとある。
ちゃんとwebサイトまであるのだ。
http://www.serpicanaro.com/
シンボルマークがPDFがあるので、ダウンロードして印刷して使える。

そして、この間の17日の金曜日、ミラノに再びSerpica Naroが登場してイベントを行ったっていうのが、最初に挙げたニュース。
23日には、今年のアクション計画を発表する記者会見を行うらしい。

それにしても、雇用の安定していない人たちの抗議行動を、洒落っ気を失わずに、ファッショナブルにやってしまうっていうのが、いかにもイタリアっぽくて、面白い。
posted by tady at 13:51| ローマ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

ボニン・アイランドpart2その10

1月1日
前浜のお祭り広場でカウントダウンを終え、海洋センターに戻って寝たのは元旦の1時過ぎだった。
朝は、いつもと同じように7時ごろ起床。シャワーを浴びて、酔いを飛ばす。
午前中は、サイフォンを使った水槽清掃と、完全に水を抜いて、塩素を使っての水槽清掃を行う。
前回と違ったのは、塩素を使った場合に、亀への影響を考慮して中和剤を使用するようになっていたこと。
亀の飼育は試行錯誤の連続って感じみたいだ。
小笠原の海洋センターの飼育層の規模は、小さい稚ガメのときは、およそ300頭を飼育しているという。日本でもあんまりない規模だということだ。そんな「老舗」の海洋センターでも、まだまだ難しい問題があるみたい。
与えている餌の成分とかもいろいろ試しているみたい。脂肪分が高すぎると、肥満亀が育っちゃうとか、前回の時は、小さい水槽に亀を入れて飼育する際、ストレスから、互いに噛み合ってしまうことがあるとのことで、それを防ぐために、満腹感を与えるために、魚養殖用の浮き餌だけでなく、寒天にうなぎ粉を溶かして固めたものを与えていたのだが、寒天ダイエットがブームになって、寒天の値段が上がってしまって、買えなくなっちゃったそうだ。
「いしかり」の寄航もあってか、元旦から、お客さんがひっきりなしに来ていた。スタッフは、その対応でとても忙しそう。僕は、お客さんに説明することなどできないので、できることをとにかくやる。
小笠原は、1月1日が海開きで、村を上げての一大イベントが行われる。その中のひとつとして、海洋センターが行うウミガメの放流がある。今年は、飼育水槽で、およそ5ヶ月間育てた60頭の亀さんたちを放流することになっていた。放流の前に、所長さんからお年玉をもらう。海洋センターのロゴの入ったトレーナー。放流に行く時には着ていくようにと言われる。つまり、海洋センターのスタッフとして行けってことらしい。なんか嬉しいやらこそばゆいやらって心持だった。ほんとに短期間しか滞在できないことが申し訳ない。それでも、観光客の人たちから見れば、海洋センターのトレーナーを着て、放流のために立ち働いていれば、スタッフとして見られるんだろうなぁーと不安も感じる。
11時半から、放流する亀さんたちを運ぶために、プラスッチクの箱に移して、軽トラで前浜まで運ぶ。生まれてから5ヶ月ほど経つと、亀の大きくなり、識別タグをつけることが可能となるそうで、今回放流した亀さんたちにもみんなついていた。タグ付け作業は、かなり大変だったみたい。
朝は、あんまりいい天気ではなかったのだけれど、お昼には太陽も出て、とってもいい天気になった。海岸に亀さんの入った容器を下ろし、観光客の人たちがそろったところで、いよいよ放流。亀についての説明のあと、容器から亀さんたちを出して、主に子供たちに亀を持ってもらう。
みんなで砂浜に一列に並び、亀を話すと、元気なやつは一目散に海に、中にはウロウロといつまでも海に入らない亀も居たりする。亀にも個性があるのだ。
kamehoryu.jpg
後から聞いたのだが、ちょっとしたハプニングもあったらしい。というのは、放流会を見に来ていたおばあちゃんが、孫に亀を見せたくて、手に持ったまま、海と反対側に孫を探しに行ってしまったとか。
今回、海洋センターに居ても、お客さんの中に、なんの断りもなく、水槽に手を突っ込んで、亀を触ったり、捕まえたりする人が多かった。これはスタッフの人も言っていた。
思うに、普通の時は、小笠原に来る人って、小笠原の自然に憧れて来る人が多いのだと思うのだけれど、年末年始は、観光に来る人が多いのかもしれない。ましてや豪華客船で来るような人たちは、貧乏旅行で来て、ユースホステルに泊まってるような若者とは違うんだろうなと思った。
放流会が終わって、後片付けをしている時に、聴覚障害者の人たちがやってきて、放流会を見られなかったのだけれど、次はいつ見ることができるのかという話があったようだ。幸い、一度に放流し切れなかった亀さんがいて、その日の午後に聴覚障害者の人たちと一緒に放流することになった。

元旦だって言うのに、朝、ちょこっとご飯を食べただけで、お雑煮も食べていなかった。海洋センターに帰ると、所長さんが白味噌仕立てのお雑煮が出来ていた。僕は関東出身なんで、初めて白味噌のお雑煮を食べた。美味しかった。
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今週食べたラーメン2月第3週

前の土日に、ラーメンが食べられなかったので、月曜日こそ二郎に行こうと思っていた。
ところが、ガーン! 月曜日の昼間に、仕事が終わったら行こうと思っていた関内二郎が夜の部は臨休するというメルマガを受信。うろたえる。それならばと、川崎二郎に向かう。JR川崎駅で降りて、駅ビル地下に出来たラーメンシンフォニーの宣伝を横目に見つつ、旧東海道を「二郎が食べたい、二郎が食べたい」と歩く。さあ、この通りを渡ればもうすぐ二郎ってところで、信号待ちをしながら、イヤーな雰囲気。どう見ても、電気がついていない。店の前に行って見ると、案の定臨休の張り紙が!orz 完全な厄日であった。しかたがないので、トボトボと駅まで戻り、ラーメンシンフォニーで、めじろに入る。以前藤沢にあったころに一度食べに行ったことがあるのだが、そのときは、パンチの効いたラーメンだなって感じたことを覚えている。ところが、美味しいには美味しいのだけれど、どうもその時に比べると、いまいちの味。やっぱり厄日だった。
火曜日、気を取り直して、夜関内二郎に向かう。臨休後だったので、長蛇の列を予想するも、それほどではなく、わりと早く座れた。疲れ気味だし、ニンニクマシを頼もうと、ヤサイニンニクマシと言ったのだが、ニンニクナシと聞こえたようで、ニンニクが全く入っていなかった。orz
水曜日は、それならばと川崎二郎にリベンジ。前回食べたときは、麺がヤワヤワの茹ですぎだったのだが、今回はばっちり、いやうまかった。
木曜日、ちょっと急いでいたので、途中でラーメン甲子園に立ち寄り、徳福を食す。ラーメン甲子園の中では一番まともと思っていたのに、、、orz。麺の湯で加減なのか、前回食べたときよりあきらかにまずかった。orz ほんと今週はついていない。
金曜日は、久しぶりにあう知人たちと町田の蕎麦屋で飲み会。蕎麦屋とはいっても、そば寿司、そば味噌、ニシンの甘露煮、鴨肉、そば豆腐、おつくり、天ぷらと実に盛りだくさん。最後にそばで締めだった。
土曜日はお休み。
日曜は、週の締めとして再び関内二郎夜の部へ。いやしかし、すんごい行列だった。30人はいたと思う。1時間ほど待ってようやく食べられた。前回のリベンジってことで、ニンニク多目で頼んだ。いやうまかったけど、やっぱり入れすぎはよくないかも、後半かなり生ニンニクが辛かった。
今週も良く食べた。ちょっと血圧と脂肪が気になる。そろそろ控えないといけないかとも思うのだが、、、
posted by tady at 21:15| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

裁判官の親父たちは何を考えているのか!

イタリアの裁判所で、とんでもない判決が下りて、マスコミを含めて、総スカンを食っているようだ。
14歳の女の子が、義理の父親から、性的暴行を受け、父親が訴えられた裁判で、その女の子が性的暴行を受ける以前に、他の男性と性的関係を持ったことがあり、処女ではなかったのだから、父親の罪は、それほど重くないって判決だった。
いったい、裁判官の親父たちは、何を考えているんだろう? ウニタ紙の今日の社説もこの問題を取り上げているけど、その中で、「性的暴行は、倫理や道徳感の問題ではなく、人に対する犯罪だ」とあった。倫理的に、道徳的に良くないことだから罰せられるのではない。人に危害を加える行為だから罰せられるのだ。ってことだ。
この女の子が処女であろうとなかろうと、義理の父親が、その子の尊厳を踏みにじり、危害を加えたことが問題なのに、、、
これは何もイタリアだけの問題ではないと思う。日本の親父たちだって、きっと同じように考えているヤカラは、たくさんいるんじゃないだろうか?
posted by tady at 23:52| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国はBeppe Grilloが嫌い?

Beppe Grilloのブログに面白いことが出ていた。中国は、ベッペ・グリッロのイメージをブロックしているという。
google chinaのイメージ検索
http://images.google.cn/imghp?hl=zh-CN
で、Beppe Grilloを検索しても、彼のイメージが出てこないというのだ。
同様にdalai lamaと入力して検索すると、あの有名な人物の顔は出てこないという。
しかし、彼は、「webのいいところは、検閲していることが筒抜けになってしまうことで、移り変わりの速い世界だから、バレちゃうとすぐに方針を変えるかも」と言う。
で、実際にやってみた。
http://images.google.cn/images?svnum=10&hl=zh-CN&lr=&cr=countryCN&q=beppe+grillo
にアクセスすると、確かに出てこない。
ダライラマも
http://images.google.cn/images?svnum=10&hl=zh-CN&lr=&cr=countryCN&q=dalai+lama
だと出てこない。
ところが、
http://images.google.cn/images?svnum=10&hl=zh-CN&lr=&q=beppe+grillo&btnG=%E6%90%9C%E7%B4%A2
http://images.google.cn/images?svnum=10&hl=zh-CN&lr=&q=dalai+lama&btnG=%E6%90%9C%E7%B4%A2
では、ちゃんと出てくる。
どうやらcr=countryCNで指定しているところが怪しい。グーグルの検索方法を詳しく調べてみようと思う。
言葉のエンコードの問題もあるのかもしれない。

言葉のエンコードの問題と言えば、エキサイトの翻訳ページの笑える話が、出ていた。
http://blog.livedoor.jp/r3vip/archives/50560412.html

エキサイトの翻訳ページに行って英語→日本語翻訳を選択し、「うほmoon」と入れて翻訳すると、、、、
http://www.excite.co.jp/world/
また、中国語→日本語翻訳のところで、「ハードディスク」と入れて翻訳すると、、、
http://www.excite.co.jp/world/chinese/
これは、言語よるエンコーディングの違いによるものだと思うけど、それにしても笑えるし、こういったことをよく思いつくもんだと感心してしまった。
posted by tady at 23:21| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日暮らし 読了

宮部みゆきの日暮らし上下を読み終わった。
井筒平四郎と弓之助が主人公の時代物である。
内容は「ぼんくら」の続編。しかし、「ぼんくら」の内容は読んだはずなんだけど、すっかり忘れてしまった。
宮部みゆきの時代物は、現代物に比べて、舞台設定のためか、あんまり説教臭さがない。
下巻後半の弓之助の活躍は、なにやら京極堂っぽくって、おかしかった。京極夏彦と同じ事務所だから、影響を受けているのかな? 以前も同じようなことを書いたけど、、、

posted by tady at 16:58| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

見たい! Grilloのshow

2月15日から19日までの5日間、ローマのPalalottomaticaという劇場で、Beppe Grilloのショー、「Incantesimi」が行われているらしい。
チケットは、前売り発売開始後1時間半で、6000枚全部が売り切れたそうだ。
彼のような、かなり辛らつに世の中を批判するコメディアンの人気が高いってことは、イタリア社会の健全性を現していると同時に、不満を持っている人も多いってことなのかもしれない。
レップブリカの記事にもあったけれど、彼の話す内容は、きちんとしたデータを基いていて、決してデマゴーグではないっていうところも、人気があるゆえんかもしれない。
それにして、見てみたいなぁーーーー
posted by tady at 11:25| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二代目ララ・クラフト決まる

テレビゲームはやらないけれど、トゥーム・ライダーぐらいは知っている。
実写版のアンジェリーナ・ジョリーの力強さは良かった。全部はちゃんと見てないけど、、、
で、2代目のララ・クラフトが決まったようだ。
Karima Adebibe。ロンドン生まれの20歳で、両親はモロッコ出身。ちょいと調べてみたら、一昨年公開の「エイリアンVSプレデター」にちょい役で出てるみたい。
http://www.corriere.it/gallery/Spettacoli/vuoto.shtml?2006/02_Febbraio/lara_croft/1&1
で、彼女の写真が見られるよ。
posted by tady at 10:24| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月16日

十字架と学校

イタリアの学校には宗教の時間がある。今は、強制ではないようだが、かつては、全員が受けなければならなかったらしい。ここで言う宗教とは、もちろんカトリック教のことだ。
こういったカトリックの教義のことをcatechismo(カテキズモ)と呼ぶ。
イタリア社会とカトリックの関係は、中々難しい。なんと言っても、総本山のヴァチカン市国がある。離婚法や中絶法といった、カトリックの教義と相反するような法律が出来た時も、国民を二分しての国民投票を行うことで、決定してきた。
今日のイタリアの新聞各紙に、学校の教室に掲げられている十字架について、国務院の判断が示されたという記事が出ている。国務院って日本では聞き慣れないが、イタリアの行政関係を治める一番上の役所だ。
http://www.repubblica.it/2006/b/sezioni/scuola_e_universita/servizi/crocifisso1/crocifisso1/crocifisso1.html
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Cronache/2006/02_Febbraio/15/crocifisso.shtml

学校の教室に十字架は掲げておくべきだというのが、その結論だ。
学校における十字架は、「学校の備品」でも「宗教的礼拝の対象」でもなく、「市民社会の価値を高めるためのシンボルとして最適である」というのがその主旨のようだ。

もともとは、パドヴァに住む、フィンランド人の女性が、自分の子供が通う学校の教室に十字架があることに疑問を抱き、裁判に訴えた。裁判所の結論は、学校の十字架は、1924年と1927年に出来た学校の備品を定める法律に従って、取り付けられているので、その是非については、裁判所の判断する事項ではないってことで、却下されてしまったようだ。その上訴審の判決と言うことらしい。

レップブリカのサイトでは、この判決についてのアンケートが行われていて、
http://www.repubblica.it/speciale/poll/2006/politica/crocifisso1_risultato.html
現在のところ、

十字架は、市民社会のシンボルとして、教育的価値があるので、学校の教室に掲げておくべきだ。という問いに、
はい 44%
いいえ 55%
分からない 1%
という結果になっている。かなり微妙な感じだ。

日本の若者たちが、信仰とは関係なく、十字架をアクセサリーとして身につけているのを見るたびに、僕は違和感を持つ。十字架は単なるファッションでしかないのだろう。
しかし、以前イタリアに住んでいた時に、知人の女性が言った「キリスト教なんてもうたくさんだ!」という言葉が、未だに忘れられない。彼女は、イタリアのフェミニズム運動の元活動家で、彼女が子供だった頃に教え込まれた、男尊女卑的なキリスト教の教えの呪縛から解き放たれるまで、いかに苦労したかを語ってくれたのだ。
キリスト教も、イスラム教も、そして女性を穢れたものとしてみる仏教も、男性優位の宗教であることに変わりはない。
その一方で、信仰とは強制されるものではなく、自らが信じるものであり、他人がはたでとやかく言うものでもないと思っている。信じている人が幸せならば、それでいいとも思う。

この十字架と学校の報道を見て、やはりどうしても、日本の学校の中の日の丸と君が代を思い浮かべてしまった。日の丸も君が代も、信じなければ非国民であると強制された時代があった。
そして、ここに来て、それがまたぞろ復活しようとしている。
今のところ、トリノの空には、日の丸は揚がっていなし、君が代も流れていない。
posted by tady at 14:01| ローマ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

お薦めwebコラム「ウミガメの独り言」

以前、このブログにもコメントをお寄せ頂いたSさんがwebコラムを公開されている。
昨日、改めて、1回から30回までを通して読んだ。
ウミガメの保護研究を通して、世界の動きが見えてくる、そんなコラムだ。
ご本人の了解を得ることができましたので、ご紹介します。
http://www.elna.or.jp/column/no1.html

連載は2002年から始まって、不定期で2〜3ヶ月に一度更新されているとのこと。
いろいろと考えさせられるテーマがいっぱい提示されていて、自分の何かやらなければという気持ちにさせられました。
posted by tady at 11:04| ローマ | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

イタリア政府の粋なはからい

バレンタインデーに、カップルで公営の博物館・美術館を訪れると、一人分がタダになるってキャンペーンを、イタリア文化省が行っている。
http://www.beniculturali.it/news/comunicati/dettagliocomunicati.asp?Id=2068
同省のサイトで発表があったのは、今年の1月17日のことらしい。今回が初めての試みとか。

その後、ゲイのカップルでもいいのか?って話が出たらしく、ブッティジョーネ大臣は、ゲイやレズのカップルでもOKと発表。
発表のあった時期からして、これを選挙のための人気取りと言っては、申し訳ないかも、、、
って訳で、粋な計らいとしてご紹介。
文化省のサイトには、恋人や愛情を描いた多くの美術作品に接する機会として最適ってなことが書いてある。
posted by tady at 14:47| ローマ | Comment(0) | TrackBack(1) | イタリアのニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖Valentine Dayって、、、、

今日は2月14日、バレンタインデーであります。日本では、女性から男性にチョコレートを贈ることになってるようですが、まあ、これも商業主義が作り出した、悪しき習慣でありましょう。
イタリアでは、恋人たちの日として、互いに贈り物を交換します。花がふさわしいようではありますが、、、

バレンタインっていうのは、何も野球の監督ではなくて、キリスト教の聖人の一人であります。
イタリアでは、ウンブリア州にあるテルニという町の守護聖人で、彼のお墓もそこにあります。
テルニ市のwebサイトには、ちゃんとSan Valentino(=イタリア語ではこう書きます)の解説ページがあったりします。
http://www.comune.terni.it/san.asp

生まれたのは176年前後で、テルニの司教に任命されたのは197年のことだそうです。計算すると21歳の時ってわけですね。
さらに、wikipediaでキリスト教の歴史やローマ帝国の歴史をお手軽に紐解いてみると、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%B8%9D%E5%9B%BD
ローマ帝国によってキリスト教が公認されるのは、313年のミラノ勅令によってであることがわかりますから、Valentinoの時代は、キリスト教はまだまだ迫害されていたわけです。
イタリア語にはpagano=異教徒って言葉がありますが、Valentinoの逸話にも、paganoが登場します。当時の状況を頭に置いておくと、理解しやすいかも、、、
そして、おそらく273年に、彼は、時の皇帝アウレリアーノの命により、ローマに連行されて、打ち首になり、殉教します。その日が2月14日だったわけです。これも、生まれた年から計算すると、97歳の長寿だったわけですね。
「その時歴史が動いた」風に言えば、キリスト教が認められるまで、あと40年でした。
その後遺体は、テルニに運ばれて、埋葬され、今は教会が建っているというわけです。
で、なんで恋人の守護聖人と言われるのかというと、いくつかの逸話があるからです。
例えば、
喧嘩していた恋人同士を仲直りさせた話
これはLa rosa della riconciliazione(=和睦のバラ)の逸話として知られているようです。
手短に要約すると、喧嘩していた恋人同士に、バラの花を差し出し、お互いにトゲが刺さらないように、二人で握りなさいと説いて、仲直りをさせたというもの。

クリスチャンの娘と異教徒の青年の恋の話
これはL'amore sublime(=崇高なる愛)の逸話
クリスチャンの娘と異教徒の青年が恋に落ち、Valentinoは、異教徒の青年をキリスト教に改宗させるも、娘は結核にかかりあまり長くは生きられない。青年は、彼女無しでは自分は生きていけないと訴え、Valentinoは、ずっと二人でいられるよう、地上の愛ではない永遠の愛を与えたって話。まあ、単純に考えれば、心中話だと思うんですけどね、、、信者の方には不謹慎かもしれませんが、、、、

ちょっといいなと思う話は、Valentinoは、庭に花をいっぱい作っていて、そこには子供たちがいつも遊びにきていたそうです。で、夕方になると、子供たち一人一人に花を渡して、これをお母さんに持って行きなさいと言ったという話。子供たちは、それで道草をすることなく、母親の元に直ぐに帰って行き、親子の愛と家族の愛を育むようにし向けたそうです。
もっとも、現代では、共働きや父子家庭もあるだろうから、必ずしも家に母親がいるわけではないかもしれないし、おじさんが優しく寄ってきて、子供に花などあげたら、それこそ変態扱いされて、逮捕されてしまうかも、、、まあ、当時は牧歌的時代であったのでしょう。

さて、どうしてバレンタインデーが盛んになったのかってことになると、ローマの異教徒たちが行っていた、彼らの豊穣の神ルペルクス Lupercusのお祭りを止めさせて、その代わりとなるものとして、持ってきたのがこのValentinoの祭りってことのようです。彼の死後200年たってからのことです。
どうやらルペルクスのお祭りって、その場でその後1年間付き合う相手を見つけるためのお祭りみたいです。fertilitàってイタリア語は、豊穣と訳せますが、同時に多産なって意味もあって、子作りのための祭りって意味にもとれます。多分、キリスト教で問題になったのは、異教徒のお祭りは、1年経つと相手をかえて、また1年ってことだったらしく、きっとそれは不謹慎だってことだったんじゃないかと想像します。
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2006年02月13日

世界一小さい国が生まれるかも、、、

コリエレの記事に、太平洋で誕生するかもしれない、世界一小さい国の話が出ていた。
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Esteri/2006/02_Febbraio/12/tokelau.shtml
それは、3つの島からなるトケラウ諸島だ。現在は、ニュージーランド(=アロテアロアと先住民はこう呼ぶので、こっちの名前を使いたいのだけれど、話の内容的には、白人優位のニュージーランド政府って感じなので、ここではニュージーランドにします。)領となっている。

そこで、現在、国民投票が行われており、その結果如何によっては、世界で一番小さい国が誕生するかもしれないそうだ。
人口は1500人。飛行場も道路もなく、首都となる町もないそうで、広さは12平方キロメートルだそうだ。ちなみに小笠原は2000人くらいだそうだから、小笠原よりも小さい。

早速、ネットで調べてみたら、記念切手の発行とかで、一部では有名な国みたいだ。
http://www.ne.jp/asahi/plant/stamps/stamps/tokelau.htm
なぜか、地球の友(現在はFEOって呼ぶみたい)のサイトにも載っていた。
http://www.foejapan.org/pacific/countries/tokelau.html
こんなのもあった。
http://www.watanabesato.co.jp/wldculture/dnames/tk.html
さらに英文では、
http://en.wikipedia.org/wiki/Tokelau

国民投票を行う有権者は600人で、4人の国連監視員が派遣されているという。

歴史的には、1889年に大英帝国に組み込まれ、1925年(コリエレの記事は1926年)にニュージーランドに移管されたそうだ。
経済的な自立は難しく、ニュージーランドからの援助が不可欠ってことらしい。国民投票の結果にかかわらず、援助は続けていくと、ニュージーランド側は言っている。
「パパラギ」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4651930077/503-7658647-3213540
ってロングセラーの本があるけれど、ふとその本を思い出してしまった。

ちなみに、太平洋島嶼国の多くは、欧米の侵略を受けて、植民地となっていた歴史がある。現在も尚、ハワイやニューカレドニア(カナクっていうのが島の先住民が呼ぶ名前)、タヒチなど植民地状態が続いているところはたくさんある。
そんな中で、唯一の例外が、ニュージーランドで、ニュージーランドにやってきた白人たちは、先住民との間で「ワイタンギ条約」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AE%E6%9D%A1%E7%B4%84
っていう条約を交わしている。白人支配が優位なのは変わらないのだろうけれど、ニュージーランドは、他の白人支配が優位な太平洋の国とは、ちょっと感じが違うようだ。

後、参考として、これもコリエレの記事に資料としてあった、世界の小さい国一覧を挙げておきます。

ヴァチカン市国 面積0.44平方キロ 人口900人
モナコ公国 面積1.95平方キロ 人口32000人
ナウル 面積21平方キロ 人口9900人
ツバル 面積26平方キロ 人口10000人
サンマリノ 面積61.2平方キロ 人口27000人
ってことだそうです。

大国の横暴な振る舞いや、民族間の紛争など暗いニュースの中で、新しい国が誕生するって言うのにちょっと目を引かれて、紹介しました。
太平洋の国だって、問題を抱えているのだけれど、多数決の民主主義に寄らない、全員のコンセンサスを得て物事を決定していこうという「パシフィック・ウェー」っていう考え方があって、こういった世の中だからこそ、学ぶべき事があるんじゃないかと、かなり以前から思っている。そういう割には、最近全然勉強してないけど、、、、orz

ちょっと古いけど、こんな文献もあるようだ。「アジア・太平洋マイクロステート研究会」の存在は、以前から知っていたけど、まだ、読んでないので、内容は分かりません。
http://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/opac/books-query?mode=1&key=&code=20613702
http://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/opac/books-query?mode=1&key=&code=20613718
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2006年02月12日

ボニン・アイランドpart2その9

12月30日
買出しで、念願の魚サンを購入。魚サンの説明は前に説明してます。
夕食は、みんなで鍋を作って食たべる。
寝るときは、軽い上掛けだけで全然寒くないのに、やっぱり小笠原だなぁーと実感。
12月31日
この日は、朝からお客さんがたくさん。海洋センターだけではないのだが、年末年始は観光客の人たちが集中して訪れる期間なので、結構忙しい。
いつものように、水槽の清掃と、水槽から出したカメさんたちを磨く。飼育水槽で飼っているカメさんたちは、海水はオーバーフローになっていて、常に新しい海水が流れ込んでくるようになっていはいても、どうしても、甲羅にコケが生えてきたりする。
小亀たちもずいぶんと大きくなっていて、丁寧に甲羅を磨いているときに、海洋センターのスタッフの人に、甲羅磨きのコツを教えてもらった。
カメたちが小さいときは、簡単に手のひらに乗るので、歯ブラシなどを使って、甲羅を磨いてあげるのだが、大きくなると、手のひらには収まらない。バタバタと暴れるカメさんをおとなしくさせるためには、前足の付け根をしっかりとホールドすると、おとなしくなる。また、カメの甲羅には、模様があるのだけれど、その筋に沿って、亀の子たわしでこすると、甲羅についたコケがきれいに落ちる。新しい発見だった。
午後は、海洋センター施設内の清掃等。新年を迎えるための準備。バタバタと忙しい。
通常の仕事が終わると、所長さんのお手伝いをして、おせち料理の仕込をみんなで行った。
夕食は、海洋センターの支援者の人が送ってくれた年越しそばをみんなで食べた。とっても美味しいそばだった。海洋センターのお付き合いのある人たちも来たりして、結構にぎやかだった。
紅白歌合戦や、格闘技の中継などを見ながら、みんなでのんびり。いよいよ新年って段階で、カウントダウンを見に行くことになり、車で出発。外はそぼ降る雨。
大村浜のお祭り広場で行われていたカウントダウンイベント会場に到着する直前に新年。
花火が上がって、二見湾に停泊していたおがさわら丸と、観光船いしかりが、花火の光に照らし出された。年末には、豪華客船「飛鳥」が寄航したそうだが、年末年始には、同じく「いしかり」が来ていた。
写真をとったんだけど、雨の中で、夜ってこともあって、花火の写真もカウントダウン会場の写真もブレブレボケボケでした。orz
会場では、島太鼓の演奏が行われていた。和太鼓とはやっぱりちょっと違う感じだった。
カウントダウンも終わり、初詣は、雨が降っているし込んでいるだろうってことで、後日にすることにして、海洋センターに戻った。
中々良い、新年だった。
posted by tady at 21:01| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今週食べたラーメン2月第2週

月曜日、とっても寒かったので、鍋でもやろうと、仕事が終わった後、鶏肉と牡蠣をスーパーに買いに行ったのだが、あまりにもお腹が減ってしまったので、時々行く「しらいし」で食べてしまった。このラーメン屋、ネットで見ると評価は分かれているようだが、そこそこ美味しいと僕は思っている。
火曜は、ラーメン甲子園の最後の一店、源屋を食べる。長浜ラーメンの流れを汲むってことだ。同じ、ラーメン甲子園に入っている九州系ラーメンでは、もっとも口に合うかも。でもここも1回来ればいいかな。ラーメン甲子園全店を食べた感じでは、今回(6ヶ月ごとに入れ替わる)のお店では、リピートしたいと思ったのは、徳福くらいかな。
水曜は、ラーメンはお休み。
木曜は、再び関内二郎へ。月曜から臨休が続いていたせいか、この日の行列はかなり長かった。席が空いて、座ったら、隣の人はすり鉢を食べていた(ラーメン二郎の小ラーメンの量でも半端ではないのだが、大ラーメンの上を行くすり鉢とか横綱丼ってのがある。麺の量は、信じられないくらい多い。「ラーメン二郎 横綱丼」をキーワードにググルと、写真が見られるかも)。
僕は、小ラーメン+にらキムチ、ニンニクヤサイを食べた。調子に乗って、スープをかなり飲んでしまったので、後々とっても喉が渇いた。グル(グルタミン酸ソーダ)がかなり使ってあるのだろう。体にはとっても悪いというのは、分かっているのだけれど、やめられない。
二郎を食べていて、最近思うことなのだが、ラーメンって啜るものって思っていたんだけど、二郎はやっぱり食べるものって感じがする。食べ終わって、顎とこめかみが痛くなるラーメンは、そうそうない。それくらい麺が太く、野菜が多くて、スルスルってよりも、ズルズルムシャムシャって感じが二郎を食べているときの表現だと思う。
パスタも好きで、だいたいアルデンテで食べるのだけれど、それでもこれほど顎が疲れることはあんまりない。よく二郎は中毒になるといわれ、僕もそれを実感しているわけだが、それは、グルタミン酸ソーダ(簡単に言えば化学調味料=味の素中毒)のためだといわれるのだが、どうも、それだけではないような気がする。咀嚼することによって、脳になんらかの影響があるのではないだろうか?(ほんとかなぁ)
金曜日は、小笠原関係のネット仲間のオフ会が横浜であり、中華料理を食べた後カラオケ。久しぶりに懐かしい歌を歌ってしまった。酒を飲んだ後には、ラーメンが食べたくなり、帰宅途中の最寄の駅で、以前は、よく食べた屋台のラーメン屋さんを探すが見つからず、普通のラーメン屋さんで、普通のラーメンを食べる。最終バスまでの時間がなくて、スープを飲めなかったのが残念。たまには、こういったラーメンも良い。
今週末は、入院中の身内が一時帰宅してたりして、ラーメンを食べに行く時間がなかった。
posted by tady at 19:26| ローマ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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