先週の土曜日に中道右派の反政府全国デモがローマで行われたことを書いたんだけど、イタリアでどのように評価されているのかが、気になっていた。
中道右派系のメディアは自画自賛な訳で、政治的立場を鮮明にしている左派系の新聞が参考になるだろうってことで、il manifestoの記事を読もうと思った。ただ、il manifestoのオンライン記事は、記事が書かれた当日は、購読者のみが全文を読めるようになっていて、翌日まで待たないと読めない。速報性という意味では、時代にマッチしていないわけだけれど、この新聞は、事件を速報するってよりも、オピニオン紙的存在なので、まあその辺は致し方ないし、多少遅れても情報の価値が変わるわけではない。また、オンラインで無料で読めるのは1週間分だけで、バックナンバーを読むためには、やはりお金を払って定期購読しなければならない。深刻な財政難の中頑張ってるんで、それも致し方ないと思う。
で、時差もあるので、今日になって日曜日の記事が読めるようになった。早速アクセスしてみると、社説にきちんと書いてあった。
http://www.ilmanifesto.it/Quotidiano-archivio/03-Dicembre-2006/art1.html
1週間でリンク切れになるので、イタリア語で読みたい方は、早いうちにどうぞ。
社説のタイトルは「過小評価してはいけない」。書いたのは編集長のValentino Parlatoだ。
概要は
200万人というのは大げさにしても、このデモを過小評価するのは誤りだ。
前回の選挙における中道左派と中道右派の得票差はわずかなものであった。
つまり、忘れてはいけないのは、現在のイタリア社会において、ベルルスコーニイズモ=ベルルスコーニ主義が広く普及していると言うことだ。
また、中道左派においては、アステンショニズモ=棄権主義=政治に対する不信感から、敢えて選挙で棄権する傾向が増えていると言うことだ。
確かに、今回のデモは、組織動員もあっただろうし、フォルツァ・イタリアから金がばら撒かれたかもしれないが、それをもって、「ローマの休日=あご足つきでローマに遊びに行くというニュアンスか?」と言ってしまってはいけない。
サン・ジョヴァンニ広場における集会は、まじめなものであった。みな集会に参加しており、生き生きとしていた。
さらに深刻なのは、多くの家族連れが参加していたことであり、ベルルスコーニの演説で、みな家族主義に酔いしれていた。
ベルルスコーニの演説は、この日のメインであり、聖なるものであったが、内容は空虚なものだった。具体的な政策を語ることはなく、スローガンに次ぐスローガンであったが、破壊力のあるものだった。
現在の政権は、人民に敵対するだけでなく、嘘にまみれており、「野蛮なる共産主義」に基礎を置いていると述べ。前回の選挙の票数の再カウントを主張した(これは、このブログにも書いたけど、白票が違法に右派に書き換えられていたっていうドキュメンタリーがあって、今話題になっているからだ)。
フィーニ(国民同盟のトップ、国民同盟は旧ファシスト党の流れを汲む)も、自らの信頼性をアピールするために、発言をし、ベルルスコーニは、アレッサンドラ・ムッソリーニ(ムッソリーニの孫で、最右翼の政党の代表)とさえも和解せざるを得なくなっている。
そして、中道左派は、市民の懐から金を奪い取るスリだと糾弾しているけど、どうだろう?
率直に言って、ベルルスコーニがプロディを攻撃することで存在を認め、プロディはベルルスコーニを敵として存在することを認めることで、お互いに支えあっているのではないかと言う疑惑を感じてしまう。もしそうだとするならば、哀れなのはイタリアだ。
いずれにしても、問題なのは政治道徳の正常化だ。
サン・ジョバンニ広場を埋めた人々は、ベルルスコーニ主義的エゴイストの主張をしたわけだが、しかし、これは政治倫理の正常化を求めるメッセージに他ならない。少なくともそうであると信じたい。
かなり、強引に要約しているので、翻訳ミスも含めて正確さに欠けることをあらかじめ言っておきます。ただ、僕の理解としてはこんな感じってことです。
で、この社説の中にあるプロディとベルルスコーニの支えあう関係を裏付けるような記事がコリエレに出ている。
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Politica/2006/12_Dicembre/05/verderami.shtml
選挙法に関する国民投票が現在進められているのだが、プロディもベルルスコーニも、国民投票によって現在の選挙法を変えることに賛成だってと言うのだ。
これは、現在の選挙法は、ベルルスコーニ政権のときに、政権与党に有利になるように改革されたんだけど、当時はもちろん野党は反対。でも今となっては、与党から下野した野党のベルルスコーニにとっては都合の悪い選挙法ってことになる。
で、プロディもベルルスコーニも、今の選挙法を国民投票によって変える事に賛成ってことらしい。
これって、国民や国のことは全く考えずに、自分たち政治家のことだけを考えているってことだ。
国民のことはそっちのけで、郵政民営化反対議員を復党させた(反対したのに復党した)現在の自民党の姿と重なるような気がする。

