2010年05月30日

ネタメモ10−5−30

ISTAT(イタリア国立統計研究所)の年報が発表になっている。
http://www.istat.it/dati/catalogo/20100526_00/
レポート全文をダウンロードしたのだが、全文で389ページもあり、要約だけでも24ページ。読むのが大変。
イタリアのマスコミは、この年報を元に、不況によりニートが増加していると報じている。
http://www.repubblica.it/economia/2010/05/26/news/rapporto_istat-4330673/
それによると、イタリアのニートの人口は、200万人以上になるという。
日本のニートの状況についてもネットでちょっと調べたのだが、きちんとした統計数字ってのがないようなのだ。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3450.html
ちょっと時間をかけて、ISTATの年報を読んで、日本のニートについて調べてみようかと思っていたら、更新が滞ってしまった。
もう少し、お待ちを
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2010年05月23日

ドント・ストップ・ザ・ダンス 読了

柴田よしきの「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を読み終わった。
「流星さがし」を読んで、ちょっと面白かったので、同じ作者の本を図書館から借りてきた。
読み始めてすぐに分かったのは、どうやらシリーズものらしいということ。
それも、いわゆるハードボイルドものらしい。
ネットでちょっと調べてみると、ファンもいる「花咲慎一郎」シリーズであることが分かった。
大沢在昌の「新宿鮫」シリーズのような硬派ではなく、もう少し柔らかいハードボイルドって感じ。
保育園の園長と私立探偵の二足のわらじを履く花咲慎一郎=通称ハナちゃんが主人公。
シリーズを通して読んでいないので、物語の端々に出てくる過去の話は分からないのだけれど、十分に楽しめた。過去の作品から、読んでみようかなと思う。

この手の作品っていうのは、主人公にきちんとした倫理観が設定されていることで、途中説教臭くなるところもあるけれど、物語が進んで行くところがあって、その倫理観を受け入れられないと、読んでいてストレスが溜まる。
この作品も、作者の年齢にふさわしい、ある意味一般受けする凡庸な倫理観が設定されていて、まあ安心して読むことができる。
説教臭い部分も、子供を育てる保育園の園長って設定が、うまーく作用している。
アクションいっぱいの硬派のハードボイルドではないけれど、これもありかなって気がする。
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今週食べたラーメン10年5月第4週

先週から今週にかけては、キツい勤務だった。4連勤の後1日休みで、再び4連勤。
休みだったのは18日。この日は午前中買い物を済ませて、午後からスパに行った。
途中、最近開店した新店「風雷人」でラーメンを食べる。
以前は居酒屋だったところで、先日通りかかった時に、ノボリが出ていて、新しい店が出来たんだぁーと思ったのだが、今回が初訪問となる。
外には、スープにこだわっているという宣伝文句の書かれた看板が出ていた。
入店してメニューを見ると、ラーメンは風でつけ麺は雷ってカテゴリー別けになっていた。
注文したのは風ラーメン。
出てきたラーメンのスープを一口飲むと、なにやら薄い。味は良いのだけれど、コクがないのだ。
麺は中太縮れ麺で、表面がツルツルしていて、角張った四角い麺。トッピングは、チャーシュー、極太のメンマ、海苔、白髪ネギ、半熟玉半分などで、いい感じなのだが、どうも全体のバランスが悪い。量も値段の割に少なくて、満足感はあまり得られなかった。
厨房では店員たちが何やら味の研究っぽい会話を交わしていたので、今後に期待ってところだろうか?

後半の4連勤を終えて、日曜日が休み。実は、友人からBBQの誘いがあって、希望休としてとった日曜日休みだったのだが、キャンセルとなってしまった。最も天気が悪くて、正解だったかもしれない。
同時にこの日は、亡くなった父親の命日だったので、朝から家人を連れて墓参り。その後買い物を済ませて、ラーメンを食べにいこうと思ったのだが、雨足は強くなる一方で、疲労もかなりあり、近くのスーパー銭湯へ行く事にする。ちょっと回り道をして、「ガキ大将」で、坦々麺を食べる。以前、ネットでなかなかいけると書き込みがあったので、試してみた次第。
トレイに乗って出てきた坦々麺には、自分で擦ってねという感じで、小型のすり鉢にごまが入ったものと、小皿に揚げにんにくチップと辛味噌が乗ったものが付いてきた。
ごまを擦り、にんにくチップと辛味噌を入れて食べると、なかなか美味しい。
ただ、値段(960円)の割に量が少なく、コストパフォーマンスは悪い。
この値段を出すのなら、もっと美味しいラーメンを食べられる店は、いくらでもありそうだ。
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2010年05月22日

David di Donatello 2010

イタリア映画祭があったこともあって、映画のネタが続くのだが、イタリア映画界における最も権威のある賞、ドナッテッロ賞の発表があった。
今年のイタリア映画祭で上映されたいくつかの作品が受賞していることもあり、記事にすることにした。
ドナッテッロ賞の公式サイトにある今年の受賞作品をざっと紹介しておく。
ネタ元はここ
http://www.daviddidonatello.it/vincitori2010.htm

最優秀作品賞
L'uomo che verra'
イタリア映画祭では、「やがて来る者」の邦題で上映された作品である。

最優秀監督賞
マルコ・ベッロキオ
作品「Vincere」イタリア映画祭では、「勝利を」の邦題で上映された。

最優秀新人監督賞
Valerio Miele
作品「Dicei inverni」
調べてみたら、昨年の東京国際映画祭で「テン・ウィンターズ」の邦題で、上映されたようです。
http://puntarelle.exblog.jp/12171451/
残念ながら僕は未見。ちょっと見てみたいかも、、、

最優秀脚本賞
Francesco Bruni、Francesco Piccolo、Paolo Virzi
作品「la prima cosa bella」
この映画の監督Paolo Virziは、昨年のイタリア映画祭で、上映された「見わたすかぎり人生=原題Tutta la vita davanti」の監督。残念ながら僕は映画祭では見ていない。作品自体は、イタリアの友人から送ってもらって、手元にあるのだが、時間が無くて途中までしか見ていない。
その彼の最新作がこれ。今年の1月に一般公開されたばかりのようで、来年のイタリア映画祭で取り上げてくれれば、いいのだけれど、、、、

最優秀制作会社
Arancia film、Rai cinema
作品「L'uomo che verra'」

最優秀主演女優賞
Micaela Ramazotti
作品「La prima cosa bella」

最優秀主演男優賞
Valerio Mastandrea
作品「La prima cosa bella」

Valerio Mastandreaは、今年のイタリア映画祭では、「ジュリアは夕べにでかけない」で主演していた。

最優秀助演女優賞
Ilaria Occhini
作品「Mine vaganti」
この映画は、今年の3月に公開されたばかりの映画で、監督はFerzan Ozpetek。公式サイトはここ
http://www.minevaganti.net/
オズペテック監督作品は、イタリア映画祭の常連だ。これも来年のイタリア映画祭で見れたならいいなw

最優秀助演男優賞
Enio Fantastichini
作品「Mine vaganti」

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2010年05月19日

無理 読了

奥田英朗の「無理」を読み終わった。
「空中ブランコ」で直木賞を受賞した作家である。
受賞前から読んでいるのだが、「イン・ザ・プール」や「空中ブランコ」などの、いわゆる伊良部シリーズは面白くて好きだ。
一方、彼には、漢字二つの作品がある。「邪魔」「最悪」がそうだ。この「無理」もそのカテゴリーに入る。
軽妙で、読みやすく、笑いのある伊良部シリーズに対して、漢字二文字作品は、いずれも重くて、読みづらく、暗い。
最初に「邪魔」を読んだときは、何度投げ出そうと思ったことか。それに比べるとこの「無理」は、まだ読みやすい。また、漢字二文字シリーズは、長い。それだけ作者が力を込めているってことなのだろうが、伊良部シリーズの軽妙さをイメージして、読むと、がっかりするかもしれない。

東北の地方都市を舞台とし、季節は冬。寒さと雪に降りこめられた人々の「悲惨」が、これでもかって感じで描かれていく。登場人物は、雑多。多くの人々を描くことで、北の地方都市の閉塞感を、立体的に描こうとしているのかもしれない。
ただ、最後に大団円を設けているところが、以前の作品とちょっと違うかも、、、いかにも小説って感じのこじつけではあるけれど、、、
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2010年05月18日

イタリア映画祭2010その12「やがて来る者」

今回のイタリア映画祭で、最後に見たのが、Giorgito Diritti監督作品「やがて来る者=原題L'uomo che verra'」だった。今回の映画祭のプログラムには、彼のインタビューが載っていたが、その冒頭の解説では、ここ数年のイタリア映画界でもっとも謎めいた存在と書かれていた。
というのも、彼が自主制作した長編映画「Il vento fa il suo giro(日本では未公開で、プログラムの中では『風は自分の道を巡る』と訳されていた)」が、各国で賞を受賞し、イタリアではミラノの単館上映で1年半のロングランされた。しかし、実際に彼のこの作品を見たイタリア人は、ごく限られた人たちだったからだ。
幸運にも、僕はイタリア人の友人が面白い映画があるからとDVDを送ってくれて、この作品を見ている。このブログでも記事にしているので、詳しくはそっちを見てほしい。

で、今回の作品なのだが、第二次大戦中に、イタリアで実際に起きた、ナチスドイツによるイタリアの村人の集団虐殺を描いたものだ。イタリアでは「マルザボットの虐殺」として知られているそうだ。
主人公は、幼い少女。彼女は生まれたばかりの弟を亡くして以来口が聞けなくなっている。そんな彼女が住む村は、ナチスドイツとパルチザンの戦いの最前線にあった。パルチザンのゲリラ攻撃に手を焼くナチスドイツ軍は、ついに村人全員をパルチザンのメンバーとみなし、老人や女子供も含めて虐殺してしまう。
その中で生き延びた主人公の少女は、生まれたばかりの弟と共に、「やがて来る者」を待つ。

歴史的考えれば、「やがて来る者」とは、イタリアを「解放」した連合軍=アメリカ軍ってことになるのだと思う。

この映画も、彼の前作同様、舞台となったボローニャ近郊の村の方言が使われている。アルバ・ロルヴァケルやマヤ・サンサといった現在のイタリア映画を代表する女優たちも出演しているが、彼女達も方言で演じている。
映像も、前作同様、そこに住む人々とそれを取り巻く自然を丹念に映し出し、物語りに重厚さをもたらしていた。ある意味、イタリア・ネオレアリスモの系譜を感じさせる作品だった。
この作品の直前に上映された「元カノ/カレ」と対極をなす作品である。
商業主義がはびこっている日本では、あまり一般受けするとは思えないこの監督の作品が一般公開されることは、まずないと思うのだが、機会があったら、是非見てほしい映画だ。
ちなみに、イタリアでもっとも権威のあるイタリア映画に与えられるドナテッロ賞の今年の受賞作品である。
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2010年05月17日

今週食べたラーメン10年5月第3週+α

12日、13日と連休。12日は天気が悪く、午前中買い物などをして、お昼に上野毛二郎に行く。GW中は、休みの支店も多く、また、僕は休みにはイタリア映画祭に行っていたので、久々の二郎だった。やっぱり二郎はうまい。脂は多いし、化学調味料たっぷりなんだけど、どうしても食べたくなってしまう。この日もかなーりしょっぱかったけれど、スープもずいぶん飲んでしまった。
ここのところ疲れが溜まっていて、この日は贅沢をしていつも行く日帰り温泉により、午後はお湯に浸かり、レストルームで本を読んだり午睡したりして、ちょっとだけ疲れがとれた。

翌13日は、天気予報では晴れってことだったので、朝早く起きて、丹沢にシダンゴ山に登ってきた。新緑の季節、それほど高くなくて、お手頃で緑の多そうな山ってことで選んでみた。
小田急線の新松田に9時半ちょっと前に到着。バスで寄(やどりき)まで行き、そこから登り始める。幹線道路から脇道に入ると、バスはどんどん山の中へ。所々に藤が綺麗に咲いていた。深い渓谷を左手に見ながらしばらく行くとまわりが開けて集落が現れた。すると間もなく終点の寄のバス停に到着。
バス停から中津川に架かる橋を渡ろうとすると、杖をついた地元のおじいさんが、「登山かね?」と声をかけてくる。「ええ、シダンゴ山に登ろうと思って」と答えると「あの山がそうじゃ」と山を示してくれた。天気も良く、ウグイスなどが鳴いていて、実にのどか。山々の緑は、トーンの違う緑のジグソーパズルのように山肌を彩っていた。
舗装されたお茶畑の間を通る細い農道を登り始める。これがまた急な坂道で、すぐに息があがってしまう。すぐ目の前を、同じバスに乗ってきた初老の男性3人組が登っていた。途中で彼らを追い抜いて、猪よけのゲートを開けていよいよ山の中へ。比較的歩きやすい雑木林の中の道をひたすら登る。山肌を吹き抜けてくる風が、ヒンヤリとして汗ばんだ肌に気持ちよかった。
1時間ちょっとで山頂に到着。360度見渡せる山頂ってことが有名らしいのだが、北側には丹沢の山々が見え、南側には市街地が広がり、その向こうに海が見えた。残念ながら丹沢山系の向こう側にある富士山は雲に隠れて見えなかった。
汗ばんだ体に風が心地よく、しばらく山頂にある木製の台の上にひっくり返っていた。やがて、やはりバスで一緒だった初老の単独登山の男性が到着し、その後から3人組もやってきて、それぞれお弁当を食べていた。3人組のお一人は、昨年秋にも登っていたそうで、その時に撮った富士山がくっきりと写っている写真を見せてもらった。
その後宮地山を経由して下山。バスの時間までかなりあったので、中津川沿いの遊歩道を寄のバス停までのんびりと歩きながら戻る。川の流れを見ながら、その回りには目に痛いほどの緑。実にいい感じ。
寄のバス停に到着するも、バスの時間まではまだまだ。脇にある寄自然休養村管理センターの中を覗いたら、桜の花の塩漬けが売っていたので、お土産に買う。後で知ったのだが、秦野やこのあたりは、桜の花の塩漬けが特産品らしい。
13時35分発のバスで新松田に戻り、途中鶴巻温泉で下車して、二宮で塩ラーメンを食べる。実は別のラーメン屋を考えていたのだが、ちょとお昼休みに入っていて閉まっており、仕方なく二宮で食べた。でも、塩ラーメン美味しかった。
その後は、いつもの弘法の里の湯で温泉に浸かり、帰宅。
健康的な汗をかき、良い空気を吸って、かなりリフレッシュできた。
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2010年05月15日

イタリア映画祭2010その11「元カノ∕カレ」

11本目に見たのが、Fausto Brizzi監督作品「元カノ∕カレ=原題Ex」である。イタリア語でExとは、元を意味する。元大臣なんて時に、Ex-ministroなんて使う。この映画では、Ex-ragazzo∕aって意味なのだろう。
多分、今回のイタリア映画祭でもっとも人気というか評判の良かったのが、この作品ではないかと推測する。
僕自身も、今回の映画祭のチラシを見て、一番気になっていた作品だ。
この監督は、日本では未公開で、僕もまだ見ていないのだが、イタリアで大ヒットした映画「NOtte prima degli esami=卒業試験前夜」の監督であるからだ。

この作品も実に良くできている。イタリア映画祭で上映される作品のほとんどが、いわゆる玄人受けするようなものが多い。作品としての質は高いのだが、一般受けするかというと、そうでもない。日本の映画に例えると、「釣りバカ日誌」とか「寅さん映画」は含まれていない。僕的には、そういったイタリアB級映画も見たいのだが、「朝日新聞」主催ってことで、格調の高い映画でないとダメみたいなのだ。
そんな中で、一般受けする商業映画(日本的に言うと、フジテレビが作る例えば「踊る大捜査線」みたいな)として作られたのが、この映画ってことになる。

映画の冒頭で、大学で心理学を教える登場人物の一人セルジョ(Claudio Bisioが演じている。彼は僕の好きな監督、サルバトーレス映画の常連でもある)が、人は恋に落ちるとドーパミンが出てきて幸せになるのだが、それは2年しか続かない。だから、恋は科学的に見て2年で終わる。つまり、男も女も、みんな元カレ・元カノになっちゃうんだと講義する。
そんな、元カレと元カノの物語なのだ。
しかし、話はそれほど単純ではない。好きになり、結婚し、子供が出来、でも冷めてしまってわかれても、男女の関係は割り切れないのだ。
この作品には、6つのカップルが登場する。
まだ結婚もしていないラブラブのカップルなのだが、彼女の転勤により遠距離恋愛を強いられてしまうジュリアとマルクのカップル。
長年連れ添い、子供たちも巣立とうとしているのだが、喧嘩の絶えないルカとロレダーナ。
判事であるルカは、離婚調停の裁判を抱えており、その調停の当事者であるフィリッポとカテリーナ。
失恋の痛手から神父になってしまったコッラードは、皮肉なことに、その失恋相手であるエリザの結婚式の神父を務めることになってしまう。
自由奔放な女性モニークの恋人であるパオロは、彼女の元カレで、警察官であるダヴィデに、彼女に近づくなと追い回されてしまう。
そして、恋は2年で終わると講義しているセルジョは、元妻の突然の事故死によって、恋人との関係を断ち、二人の娘と一緒に住むことになる。

これだけの複雑な6組の愛と憎悪の物語を、笑いを交えながら手堅くまとめてしまうのは、すごい。監督の手腕もさることながら、ヒットする商業映画を作るって意図が明確にあるからなのだろう。
そして、いずれのカップルにもハッピーエンドが待っている。ハリウッド映画のような虚仮威し的映像表現はないのだけれど、イタリア的男女間の情愛を実に一般受けするように作っている。
出演している俳優達も皆名優ぞろいだ。お金をかけてるなぁーって感じ。
きっとこの映画は、日本でも一般公開されると思う。
作り物ではあるのだけれど、見終わったあとに、ちょっとジーンとくるようないい映画だ。もちろんそれを計算して作っているのだと思うけれど、、、、それも悪くない。
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2010年05月14日

イタリア映画祭2010その10「それもこれもユダのせい」

さて、10本目。Davide Ferrario監督作品「それもこれもユダのせい=原題Tutta colpa di Guida」がその作品だった。
受刑囚たちの文化活動のために、舞台を創作することを依頼された演出家が主人公である。若い前衛劇の演出家であるイレーナ(ポーランド出身のKasia Smutniakが演じている)は、刑務所に勤務する神父ドン・イリディオに、受刑者たちが演じる舞台の演出を依頼される。自身は、キリスト教を信じているわけでもなく、ましてや男ばかりの受刑者たちにどのような劇を演じてもらうのか躊躇するのだが、受け入れる。
様々な罪で、収監されている受刑者たちを前に、彼女の試行錯誤が続く。
結局、キリストの受難(十字架への張り付け)をテーマに創作劇を行うことにするのがだ、犯罪を犯しているとはいえ、仁義を通す受刑者たちは、誰も裏切り者であるユダを演じようとはしない。
彼女の演出が、あまりにも前衛的でキリスト教の教義に反すると反対する神父。いかにも事なかれ主義にみえる刑務所長。自らの表現にこだわるイレーナ。そして、どう演じていいのか戸惑う受刑者たち。さらに、刑務所長とイレーナが恋仲になってしまい、それに反発する受刑者たち。

紆余曲折がありながらも、受刑者たちの心が一つとなり、舞台本番となる直前に、ラジオから政府が恩赦を行うというニュースが流れ、大半の受刑者たちは、釈放となる。

今回も監督が来日していたのだが、残念ながら、僕が見たのは2回目の上映で、監督の舞台挨拶も、上映後の質疑応答もなかった。会場で販売されていたプログラムによると、きちんとした脚本はなく、実際の刑務所で、受刑者たちを出演者として、製作を行う中で、作品が出来上がっていったということのなので、いろいろと聞いてみたいことはあったのだが、、、

映画の最後に、恩赦で刑務所を出て行く受刑者たちのシーンがあり、その後にドキュメンタリーとしての映像が流れる。映画の中では、娑婆に出て行く出演者たちが、現実には映画の撮影も終わり、本来の囚人として獄に戻っていく姿が映されている。
夢と現実の境界が明らさまに描かれているのだが、その一方で、映画に出演した本当の犯罪者であり受刑者である彼らは、どんなことを思ったのか、気になってしまった。

彼の作品は、イタリア映画祭の常連になりつつあり、監督自身も彼の作品が上映される年は、いつも来日している。僕が最初に見たのは、2005年のイタリア映画祭で見た「Dopo mezzanotte」だった。イタリア映画祭でのタイトルは、原題の日本語訳である「真夜中を過ぎて」だったが、2006年に日本でも一般公開となり、その時の邦題は「トリノ、24時からの恋人たち」となっていた。また、2007年のイタリア映画祭では、「プリモ・レーヴィの道」も上映されている。
いずれの映画も、いかにもイタリアの左翼インテリが作った作品って感じで、僕好みであった。

今回の作品も実に彼らしく、犯罪者とキリスト教と信者ではない人をうまく絡み合わせて、面白いものになっていた。
イレーナが、自分はキリスト教の信者ではないので、キリスト教に則した作品を作ってほしいといわれても出来ないと答えるシーンがあって、その時に、じゃああなたは無神論じゃなのか?と言われ、そうではないと答えるのだが、このへんの信仰に対する微妙な感じが面白かった。
イタリア語的に言うと、信者=credenteと、信者ではないnon credenteがあって、さらに神の存在自体を認めない無神論者=ateoってのがあって、イタリアの文化的には、信者ではなくても、神の存在を否定しないnon credenteは、許容範囲なのだけれど、無神論者は、許容範囲を越えてしまうって話を以前聞いたことがあるのだが、まさにそれだった。

出演者のほとんどが、プロの俳優ではなく素人、それも実際の受刑者たちであるっていうのも、この作品の面白さであり、いかにもフェラーリオらしい、実験的な作品であった。
映画として成り立たせるために、見ている側からすれば、それはないだろう!って展開もあったのだが、それを差し引いても、十分に楽しめる作品だった。
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2010年05月13日

イタリア映画祭2010その9「まっさらな光のもとで」

ようやく9本め。Francesca Comencini監督作品「まっさらな光のもとで=原題Lo spazio bianco」は、ナポリの夜間学校の教師であるアラフォー女性マリア(Margherita Buyが演じている)である。バツイチで子供はない。しかし、年下の彼氏の子を身ごもってしまう。彼と別れ、一人で産む決心をするのだが、6ヶ月で早産してしまう。子供が生まれたものの、果たして生き延びるのかどうか分からないまま、母親としての実感も持てず、保育器の中の子供を見つめる。タイトルの直訳は、白い空間なのだが、これは保育器の置かれている病室を意味しているのだろう。
そんな彼女を何くれと無く支えるのが教師仲間のファブリツィオだ。見ていると、なんとなく彼はゲイではないかって印象を持った。
母親にもなれず、かといって仕事にも戻れないという宙ぶらりんな状態の中で、マリアは、保育器の中にいる他の赤ん坊たちの母親から学び、仕事を再開し、夜間学校の生徒達に励まされ、保育器から子供が出てくるのを待つ。
社会派のコメンチーニ監督らしく、隣人にマフィアの裁判を抱える女性判事が越してきて、厳重な警備がしかれたりするのだが、いかにもナポリならありそうな設定に思わずにんまりしてしまった。また、その警備の中、女二人で、家にやってくる蟻の退治の仕方を語るなんて場面は、笑えた。

主演のMargherita Buyは、アラフォー世代の独身女性を実にうまく演じていた。「もうひとつの世界」の修道女と比較すると面白い。

ベニーニの連れ合いであるニコレッタ・ブラスキが主演した、職場でのいじめを描いた「ママは負けない」も良かったけれど、この作品も、女性らしい視点で描かれていて、なかなか良かった。
ただ、日本での一般公開はないだろな。
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2010年05月12日

イタリア映画祭2010その8「重なりあう時」

初日、2日目と映画を見て、連続で休みは取れないので、GW中の3日と4日に後半を見た。
3日の1本目は、Guiseppe Capotondi監督作品「重なりあう時=原題La doppia ora」だった。
彼の長編映画初作品である。ミステリー仕立ての作品で、ホラー映画的シーンもあったりして、娯楽作品としては、そこそこ楽しめた。イタリアンホラーっていうと、ダリオ・アルジェントや、イタリア系アメリカ人のデ・パルマなんかを思い出すのだが、その系譜をちょっとだけ感じた。
「勝利を」で、ムッソリーニを演じたFilippo Timiが、同じ俳優とは思えない全く別の演技をしているのも面白かった。

重なりあう時とは、例えば10時10分10秒みたいな、時間と分と秒が同じ数字になる時のことを指している。そんな時に、気がついたら、願い事をするとかなうというのが、タイトルの意味だ。
作品内容は、トリノのホテルで働くスロベニア出身の女性ソーニャ(ロシア、サンクトペテルブルグ出身のKsenia Rappoportが演じている)が、出会い系のイベントで、元警官で、現在は金持ちの別荘の警備員をしているグイド(「勝利を」でムッソリーニを演じているFilippo Timi)と知り合うところから始まる。恋仲となった二人は、ある日グイドが警備する別荘に遊びにいく。屋敷中に張り巡らされている防犯センサーを切り、敷地内の森を散策する二人。するとそこに、窃盗団がやってくる。二人は拘束され、窃盗団は別荘の中にある美術品をごっそり盗んで行く。ソーニャにちょっかいを出そうとした窃盗団の一人に飛びかかったグイドは、銃で打たれてしまう。
ソーニャは、彼の体を貫通した銃弾を額に受け、一時昏睡状態となるのだが、どうにか生還し、元の職場で働きだす。しかし、彼女の元へ、死んだはずのグイドがやってくる。
グイドの影に怯え、混乱する彼女。

ここからはネタバレになってしまうのだが、まあ、日本で公開されることは、なさそうだから書いてしまう。
とりあえず、追記で書くので、映画を見てみたいって人は見ないでねw続きを読む
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2010年05月10日

イタリア映画祭2010その7「もうひとつの世界」

7本目に見たのは、今回のイタリア映画祭で、特別上映された旧作2本のうちのひとつ。Giuseppe Piccioni監督の1998年作品「もうひとつの世界=原題FUori dal mondo」だった。
彼の最新作「ジュリアは夕べに出かけない」も上映されている。
新旧作品を比較するのも面白い。

この作品の内容は、終生誓願(=キリスト教に身を捧げ一生修道女として生きると宣言「宣立と言うらしい」すること)を控えた修道女カテリーナが、ひょんなことから捨て子を拾うことになる。その赤ちゃんは、病院で治療を受けるのだが、その間に、彼女のは赤ん坊が包まれていたセーターから、捨てた親を探そうとする。その過程で、知り合うのがクリーニング店を経営するエルネストだ。
もしかすると自分の子かもしれないと思うエルネスト。一方で、赤ん坊を世話することで、果たして結婚もせず一生修道女として生きるという決意に揺らぎが生じるカテリーナ。
二人して、母親かもしれないクリーニング店の元従業員である女性を探すことになる。
病院に預けられていた赤ん坊は、里子に出されることになるのだが、その期限を前に、カテリーナは、母親を見つけ出す。
その少女は、ある事情からどうしてもその子を捨てざるを得なかったことが分かる。
作品の中では、明確に描いてはいないのだが、少女の両親は離婚しており、一緒に住んでいた母親の新しい男=義理の父親に強姦されて出来た子供であることが暗示される。

原題のFuori dal mondoを直訳すると、世界の外側ってことになるのだが、カテリーナにとっては、信仰に生きようとする世界の外側を意味し、独身中年男のエルネストにとっては、今までの生活からは考えられない「家族」の出現を意味する。
この捨て子を巡る一連の出来事から、二人は改めて現在の自分の有り様を考え、新たな視点で世界を見るようになる。

来日していた監督との質疑応答が上映後にあったのだが、その中で、監督は、修道女を描くと不幸が訪れると言われていたのだが、この作品ではそんなことはなかったと話していた。
また、自分自身はキリスト教を信仰しているわけではないが、小さい頃からキリスト教の中で育ってきたので、一般的なイタリア人が知っている程度には、修道女についても描くことができたと語っていた。
宗教と信仰の問題っていうのは、どんな宗教であれ、常に抱えている問題であろう。今回上映された作品の中の「それもこれもユダのせい」を見たときにも感じたことなので、後で書こうと思う。
主演はマルゲリータ・ブイで、この作品ではストイックな修道女を演じているのだが、やはり今回の映画祭で上映された「まっさらな光のもとで」では、未熟児の私生児を産むアラフォー女性を演じていたりして、これもまた比べてみると面白い。

字幕なのだが、1998年の作品ってことで、当時作成された日本語版なのかどうかわからないのだが、イタリア語を聞きながら字幕を読んでいると、字幕の訳がぜんぜん熟れてなくて、オイオイって思うところがたくさんあった。
イタリア映画際の別の楽しみ方として、熟れた翻訳の場合は、誰が字幕翻訳をやったのかをチェックするのも面白いのだが、この作品の翻訳者は、あまり見たことのない名前だった。
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今週食べたラーメン10年5月第2週

GW中の3日・4日と休みを取って、イタリア映画祭後半を見に行った。
映画のことは、別に書くとして、都会に出たのでラーメンである。
3日は、その日の1本目を見て、お昼。有楽町近辺で食べようと思っていたラーメン屋、数奇屋橋ラーメンと美豚は休み。仕方なく、松富でラーメンを食べる。ここは、映画祭の旅に食べる、1年に一度の店。味は、昨年とさほど変わっていなかった。
2本目を見て、3本目は既に見ていたので、しばし時間が空いたので、秋葉原に行ってみた。久々に訪れる秋葉原だったが、GW中ってこともあって、結構な人手だった。これといって欲しいパソコンパーツもなく、ただぶらぶらと散策。それにしても秋葉原の変化は早い。
最近、秋葉原周辺にはラーメン屋の新店がいろいろと出来ているのだが、ここのところ二郎系を食べていなかったので、以前「大二郎」があったところにリニューアルオープンしていた「影武者」でラーメンを食べる。「大二郎」よりは二郎っぽかった。食べ終わってぶらぶらしていると、麺屋武蔵の新店「厳虎」を発見。これも二郎インスパイア系らしいので、今度機会があったら食べてみようと思う。
それでも時間が余ったので、秋葉原から有楽町まで、徒歩で戻って、4本目の映画を見て、帰宅。さすがにラーメン2食たべていたので、夜は食べる気にならなかった。

翌4日は、昼からの上映の2本目とその次の3本目を見る。早めに有楽町に向かい、途中「はしご」でダンダン麺中辛を食べる。この店も毎年イタリア映画祭の時に食べるのだが、いつも食べていた店は閉店していて、本店を訪れる。微妙に味が違っていて、本店のほうが美味しかった。
ラーメンで腹が膨れて、映画を見たのだが、睡魔に教われることもなく、見終わる。多分、今回のイタリア映画祭で、一番面白かったかも、会場からも笑いが漏れていた。
3本目は、一転、かなり深刻なテーマの映画で、こちらも面白かった。
見終わって、帰宅する途中、中目黒で途中下車。最近出来た「春木屋」の新店で中華そばを食べた。雰囲気はかなりモダンな感じの店構えだったが、時々ここのラーメンが食べたくなると行くラー博の春木屋と遜色なく美味しかった。
さすがに運動もせず、座ってずーっと映画を見ているだけなのに、1日2杯もラーメンを食べていたので、ちょっと体が重くなってしまったw
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2010年05月09日

イタリア映画祭2010その6「ハートの問題」

6本目に見たのは、Francesca Archibugi監督作品、「ハートの問題=原題Questione di cuore」だ。
僕にとって、アルキブージ監督というと、Mignon e' partitaの監督ってイメージがある。昔、友人の娘の友達が言っていたことなのだが、彼女達の世代にとっては、カルト的な作品のようだ。現在のアラサー世代のイタリアの女性たちってことなになる。
女性監督ならではの、細やかな映像表現が、気に入っている。

また、日本でも公開されたウンブリア州の地震を描いた「明日、陽はふたたび=原題Domani」も印象深い。昨年は、アクィラであった地震で、多くの被災者がでたのだけれど、その魁ともいえる作品だった。

さて、今回の作品だが、ハートの問題とは、文字通りの心臓の問題=病気と、友情の問題がかけてある。
同じ日に、心臓のトラブルで病院のICUで出会った二人が主人公である。人気脚本家で、芸能界に様々な人脈を持ちつつも、本当の友情を得ることの出来ないアルベルト(アントニオ・アルバネーゼが演じている)と、ローマの下町で、自動車整備工場を経営するアンジェロ(キム・ロッシ・スチュアートが演じている)が、その二人だ。
二枚目の役が多いキム・ロッシ・シュチュァートが、しがないローマの下町の自動車整備工を演じているのだけれど、これがまた良い。
僕は、ローマに2年住んだことがあるのだけれど、彼のローマ方言が妙に懐かしかった。
この作品「ハートの問題」は、実にハート・ウォーミングな作品である。
イタリア映画祭だけでなく、日本での一般公開が望まれる作品だと思った。
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2010年05月08日

イタリア映画祭2010その5「勝利を」

今回のイタリア映画祭で、5本目に見たのが、Marco Bellocchio監督作品「勝利を=原題Vincere」だ。
ベニート・ムッソリーニに恋をし、彼の子供を産みながら、その関係を認められることなく、狂人扱いされて精神病院に隔離されてしまったイーダ(Ida Dalser)の半生を描いた作品である。
この様な女性がいたということを、監督自身も知らず、イタリア国営放送RAIのドキュメンタリーで知ったそうで、僕もこの映画を見て初めて知った。
ムッソリーニと言えばファシズムとすぐ連想するのだけれど、実は、彼は元社会主義者で、イタリア社会党の機関紙Avanti!の編集長を務めたこともある人物である。また、彼の名前ベニートは、メキシコで、先住民から選ばれた初の大統領であるベニート・ファレスの名前から来ているんだそうだ。
そんな彼が、社会主義と袂を別ち、ファシズムを作り上げ独裁者となる過程で、若きムッソリーニを経済的も支援した女性がイーダだった。
しかし、彼が権力の座に付き、公には、ラケーレという妻を持っていたために、イーダは、権力によって、彼女の存在自体を抹消されてしまう。
精神病院に隔離というよりも監禁されていながら、正気を失うことなく、自らの存在を訴えつづけるGiovanna Mezzogiornoの演技は、鬼気迫る物がある。
同時に、若き日のムッソリーニを演じたFilippo Timiの演技も、まさに怪演。後で書くけど、今回のイタリア映画祭では、「重なりあう時」という作品でも、Filippo Timiが主演しているのだが、比較してみると全くの別人ではないかと言うくらい演技に幅があるのも面白かった。この映画では、ムッソリーニの隠し子が成長した時の役も演じていて、後半に出てくる彼の演技もまた、すごい。

政治的な善悪とは関係なく(ファシズムを礼賛しているわけでもなく、また批判しているわけでもない)、一人の女性の生き方を描いた作品として、見るべきなのだろう。
ただ、ここでもやっぱり、昔の話かって感じはした。現在のイタリアの政治状況を考えれば、映画というメディアが持つ力を、現状を変革する力として使えないのかなぁーと思ってしまったのだ。
監督が来日していて、上映後に質疑応答があり、現在の政界にも、アレッサンドラ・ムッソリーニっていうムッソリーニの子孫がいるわけで、この作品がどんな風に受け止められたのか気になったのだが、会場から「アレッサンドラ・ムッソリーニの反応はどうだったのか?」って質問があり、監督の答えは「史実を描いているので、ムッソリーニ家側からの具体的なコメントはなにもなかった」と答えていた。
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2010年05月07日

流星さがし 読了

柴田よしきの「流星さがし」を読み終わった。
全く知らない作家だったのだが、図書館で目についたので借りてみた。
京都の人権派弁護士事務所から東京の大手弁護士事務所へやってきた、若い駆け出しの弁護士が主人公。その彼が担当する事件がオムニバス形式で描かれている。いわゆる短篇連作ってやつだ。
この形式は、垣根涼介の「君たちに明日はない」と同じだ。
読みやすいと言えば読みやすいけど、読み足りないっていうか、もう少し話を膨らませてくれるともっと面白いのにって思ってしまう。
通勤途中でお気楽に読むにはいいかも。
後、最近思うのだが、この本も含めて、使われている写植の書体が、どうも僕の目にはしっくりこないことが多い。昔の活版印刷とまでは望まないが、本を1冊デザインするときに、読みやすい書体を選んでほしいもんだ。
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イタリア映画祭2010その4「バール・マルゲリータに集う仲間たち」

イタリア映画祭2日目の4月29日最初の映画は、原題「Gli amici del Bar Margherita」だった。
監督はPupi Avati。昨年のイタリア映画祭で上映された「Il papa' di Giovanna」監督である。この作品は「ボローニャの夕暮れ」というタイトルで、日本での一般公開されることになったようだが、残念ながら僕は見ていない。
今回の映画は、1954年のボローニャにあるバール、マルゲリータに集まる常連たちの話。
イタリアのバールというのは、日本で言う昔の喫茶店みたいなところで、常連の茶飲み友達が集まる場所である。自分の住んでいる地区の、バールの常連となって、その仲間に入れてもらえるってことは、ちょっとした名誉なわけだ。
映画は、そこの常連に加えてもらおうとする若者が主人公で、彼の目から見た常連達(みな一癖も二癖もあるような変わった連中)を描いている。
特に印象に残ったのは、ルイジ・ロ・カーショが演じるシシリアからやってきたチンピラだった。見ていて、田代まさしを思い出してしまった。「ペッピーノの百歩」や「輝ける青春」をはじめとするロ・カーショの演技からは想像出来ない軽薄さで、彼の役者としての幅の広さを感じた。
ストーリー自体は、古き良きイタリアの話で、こういう映画が出てくるって事自体が、現在のイタリアの閉塞感を表しているのかな? なんて思ってしまった。
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イタリア映画祭2010その3「コスモナウタ」

今回のイタリア映画祭で見た3本目は、Susanna Nicchiarelli監督作品、原題Cosmonautaだ。

邦題では、宇宙飛行士となっているが、作品を見ると、当時のソ連の宇宙飛行士は、コスモナウタで、アメリカの宇宙飛行士は、アストロナウタとイタリアでは呼んでいたらしい。

米ソが宇宙開発競争をやっていた1960年代初頭の、イタリア共産党に心酔する女の子が主人公である。

東西冷戦が緊迫度を増し、イタリアでは共産党が野党第1党となり、社会的緊張感が高まって、テロの時代に突入する直前の、ある意味牧歌的な時代が描かれている。

主人公の女の子は、亡くなった父親が共産党員で、その影響を受け、小さい頃から反骨精神の塊みたいな行動をとる。

コムニオーネ=聖体拝領(10歳前後に、カトリックの信者として初めて聖体拝領を行う儀式があり、それをプリマ・コムニオーネと呼ぶ)の時に、主人公の彼女は、自分は共産主義者だからと会場から逃げ出したり、彼女の兄が行方不明となったときに、学校の宗教の授業で、皆が無事に見つかるように祈りを捧げるのだが、彼女だけは、神に祈らない。
また、左翼政党=社会党と共産党の対立なんかも描かれていて、イタリアの政治の歴史を知っていると、なかなか面白い。

監督が来日していて、上映後に質疑応答があって、その時に語っていたのは、アメリカがアポロ計画によって月面着陸を成功させたことで、それ以前のソ連が優位を保っていた時代。最初の人工衛星スプートニックの打ち上げに成功したり、犬を乗せたロケットを打ち上げたり、そしてガガーリンが初の宇宙飛行に成功したことが、忘れ去られてしまった。だから、歴史的にあまり注目されなくなってしまった、その時代を描きたかったってなことを言っていた。

年齢的には、監督自身が経験したはずのない時代のことなのだが(彼女は1975年ローマ生まれ)、時代の雰囲気を実によく伝えている。

ただ、現在のイタリアの政治状況や、若者の置かれた状況を考えると、どうしても、あの頃は良かったっていうノスタルジックな映画って思ってしまう。
音楽は、当時流行っていた曲を、現在のミュージシャンがカバーする形で、新しいテイクとなっていて、新鮮ではあったけれど、、、
まあ、長編映画初作品ってことなので、今後の作品に期待したい。
posted by tady at 00:30| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

巡礼 読了

橋本治の「巡礼」を読み終わった。
実に久しぶりに、彼の本を手に取った。
大昔、「桃尻娘」シリーズや映画評などは、よく読んでいたのだが、ここ最近は、とんとご無沙汰していた。
内容は、ゴミ屋敷とその周辺住民の話である。しかし、そこは治ちゃん、都市近郊の街がどのように発展し、そこにはどのような家族の歴史を持つ住民たちが住んでいるのかってことを、作り話ながら、結構掘り下げて描写している。
当時、桃尻娘たちの高校生の会話が、実にリアルだったのだけれど、この作品でも、彼女達が年を取ったであろうおばさんたちの会話が、面白かった。
主人公ともいえるゴミ屋敷の住人である老人(男性)の心理描写がいまひとつって感じはしたのだが、小品なので致し方ないか、、、
posted by tady at 10:44| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

今週食べたラーメン10年4月第5週

GWに入り、毎年恒例のイタリア映画祭が始まって、どうにか休みを取って28日と29日に都心に出かけた。
映画の話は別に書くのだけれど、めったに都心に出かけることがないので、この機会に、あまり行かないラーメン屋を回ってみた。
28日は、映画祭の初日で、最初の上映はお昼過ぎだった。
というわけで、昼は、映画祭が開催される有楽町周辺のラーメン屋をターゲットにした。
今年で10回目となる映画祭にほとんど毎年通っているのだが、どうしても行けてないラーメン屋があって、今年こそと思って行ったら営業していた。
それは、有楽町のビルの地下にある「中本」。ラーメンで中本と言えば、蒙古タンメンを連想するのだが、ここは、全く関係がない。
営業時間が極端に短くて、土日祝日は休み。平日も月曜日から木曜日は昼営業のみで、かろうじて金曜日だけ夜の営業があるって店だ。
有楽町の一等地に店を構えていて、こんな営業時間で経営が成り立っているのかと思ってしまう。
今回はGWに入る前日の平日の木曜日が28日だったので、営業していた。
ネットで見ると、まずくてうまい店なんてコメントもあった。お勧めは盛り合わせらしい。
で、盛り合わせラーメンを注文。
出てきたラーメンは、チャーシューが3枚乗って、メンマとか卵もトッピングされている醤油ラーメン。一口食べて、こりゃまずいって味だ。スープに濃くも出汁の味もほとんど無くて、乾麺を使う竹岡式ラーメンの方がよっぽど美味しいと思うほどの薄さ。
麺は中太麺で、食べごたえはあるのだけれど、スープとはまったく絡まない。ただ、チャーシューだけはいい味。
なんてまずいラーメンなんだろうと食べ進み、最後にスープを飲むと、これが美味しいのだ。
こんなマズウマラーメンは、初めて食べた。
この日は映画を3本見て、上映が終わったのは8時すぎ。小腹が空いたので、帰宅途中で日吉のRyu-yaで中華そばを食べる。開店当初に一度食べているのだが、改めて再訪。でも、麺がどうも僕の好みではなかった。
29日も映画祭へ。この日は朝から夜まで4本の映画を見る。上映の合間を縫って、お昼に有楽町の美豚に向かうが、お休み。仕方なく、前日食べた中本の並びにある、万世ラーメンで、パーコー麺を食べた。大昔、霞ヶ関で働いていた頃、霞ヶ関ビルの1階にある万世ラーメンをよく食べに行っていたので、懐かしい味。ただ、パーコーのサイズは小さくなっていた。
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2010年4月のアクセス解析

4月のアクセス解析を記録しておこうと思って、前月のアクセス数を参照しようとしたら、3月のアクセス解析を載せていないことに気がついた。
アクセス数を気にするようなブログではないのだけれど、見にきてくれている人たちに、報告する義務はあるんじゃないかと思っていて、毎月書くようにしていたはずなのに、なんたる失態!
で、3月と4月のアクセス解析を載せておく。
まず、3月。
訪問者数は、2276人。ページヴューは、14795。更新した記事の数は、19だった。
4月はというと
訪問者数2168人で、ページヴューは14922。更新した記事の数は、17だった。

こんなブログでも、毎月2千人以上の人が訪問し、1万以上ページヴューがあるのだから、慢心することなく、初心(月ごとの訪問者数が3桁の頃)を忘れてはならないと、改めて自戒。
全くの趣味のブログなわけで、社会的な影響力なんて、なーんもないのだけれど、情報を発信しているってことは、少なくともそれを読んでくれている読者に対する責任は、あるはず。
そのスタンスだけは、守らなければと思っております。
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2010年05月02日

イタリア映画祭2010その2 「ジュリアは夕べに出かけない」

2本目は、Giuseppe Piccionni監督の、原題「Giulia non esce la sera」だった。
主演は、Valerio Mastandreaで、その相手役は、Valeria Golinoだ。
主人公は、有名な文学賞にノミネートされるほどの、名の売れた作家。一人娘がおり、父親として娘を思っているのだが、夫婦関係は既に気持ちが離れてしまっている。
水泳教室に通わせていた娘が、実は水泳は嫌いだと打ち明ける。もう1年分の費用は前払いしてしまったので、自分が通うことになる。
そこで出会うのが、水泳のインストラクターをやっている女性、ジュリアだ。
妻は既に、新しい家へと引越し、別居状態である彼は、ジュリアに惹かれるようになる。
夕食に誘うのだが、彼女は夜は外出しないのだと拒絶する。
やがて明かになるのは、ジュリアは殺人の罪で有罪となり、服役中で、昼間だけ刑務所の外に出て、水泳のインストラクターをすることを許されているということだった。

ジュリアは、夫も娘も捨て、男のもとへと走り、その男が自分から離れていくことを知り、殺害してしまった過去を持っていた。

主人公の作家と妻の冷えた関係、自ら捨てたのだが、娘と会いたいと願うジュリア、そしてまた作家の娘コンスタンツァの幼い恋などを織り交ぜながら話は進んで行く。

イタリアの刑の制度と日本のそれとはかなり違うので、殺人で有罪判決を受けた囚人が、刑務所の外に出て仕事をしているって設定は、日本人にはちょっと理解するのが難しいかもしれない。
しかし、そういった違いを別にして、ある意味複雑な過去を抱えた男女の恋愛ってことで見れば、理解しやすい。

プールのシーンが多いのだが、見ていて思い出したのは、ナンニ・モレッティの赤いシュートだったりする。
http://www.oeff.jp/article190.html

映画は、悲劇的な結末を向かえるのだが、様々なものを背負い込んでしまったジュリアに対して、主人公の作家が、あまりにも第三者的であるのが、どうにも納得いかなかった。
posted by tady at 00:47| ローマ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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