2011年10月30日

EUのストレステストについて

グリーンピース・ヨーロッパが、EUのストレステストについて記事にしている。僕が見たのは、La Repubblicaの記事だったのだが
http://www.repubblica.it/ambiente/2011/10/28/news/nucleare_sicurezza-24020698/
ネタ元のサイトはこちらで、英文だ。
http://www.greenpeace.org/eu-unit/en/News/2011/stress-test-pr/
インタラクティブ・マップで、ヨーロッパにある個々の原発について詳しく見ることが出来る。

ストレステストも、各国でかなりのばらつきがあるようで、記事にもあるけど、チェコ共和国のレポートは、6基ある原発についてわずか7ページのみ、一方スロヴェニアには1基しか原発がないが、レポートは177ページあると書かれている。

福島で実際に起きてしまった、複数の原発の同時多発事故や、航空機が原発に突っ込んだ場合などは、ストレステストの項目としてEUが定めているようだが、多くの国で無視しているともある。

EUの定めた正式なレポートの提出期限は10月31日だそうで、各国から提出されるレポートを元に、中間報告書が作成され、12月9日に開催されるEU各国のエネルギー担当大臣会議で、議論されることになるという。
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2011年10月21日

ブログ停止中に読んだ本2

『月と蟹』 道尾秀介著第144回直木賞受賞作だそうだ。彼の作品はいくつか読んでいるのだが、いずれも暗い。なんか情念とでもいうものを感じる。
この作品は、鎌倉が舞台で、子供たちが主人公。でもその子供たちも、母子家庭の母親の再婚だったり、家庭内での虐待だったりといった問題を抱えている。そんな鬱屈した子供たちが向かうのは、海で捕まえてきたヤドカリを生贄にすることだったりする。
瑞々しい文体で子供たちの世界を描くなんていう爽快感はない。
むしろ、現代の子供たちが置かれている閉塞感みたいなものを強く感じる。それでも読んでしまうのは、子供たちの健気さだ。
小説という作り物ではあるのだけれど、、、、、
ただ、考えてしまうのは、3.11以降の被災地における子供たちの置かれている状況のことだ。
特に、放射能汚染が厳しい福島で、日々の生活を送っている子供たちのことを考えると、小説の比ではないと思ってしまう。
事実は小説より奇なりなんていうけど、今の政府や自治体の子供たちへの対応を見ていると、奇異を通り越してグロテスクでさえある。
この作品についてのインタビュー記事の中で(発行元の文芸春秋社のサイトhttp://bunshun.jp/pick-up/tsukitokani/にある)、作者はこれからも子どもを主人公にした小説を書いていきたいを述べている。
福島後の放射能汚染の中に置かれた子供たちの状況について、子供たちの視点から作品を書いてくれないかなぁーなんて思ってしまう。

『ばんば憑き』・『チヨ子』 宮部みゆき著
「ばんば憑き」は、時代物シリーズの短編集だ。相変わらず、ストーリーテラーとしての巧さを感じるが、作者の長編を読んできて人は、物足りなさを感じるかもしれない。
一方「チヨ子」の方は、現代物の短編集。今まで発表されてきた作品を、文庫本としてまとめたものだ。ベースにあるのは、初期の頃から、彼女が描いてきた超能力だったり、理解できない不思議な現象である。どの作品も、あり得ないけどあったら面白いなとか、もしかしたらあるかもしれないとう読者の心をうまーくすぐる。

『悪の教典』 貴志祐介著
この人の作品を評するのに、サイコって言葉がよく使われているように思うのだが、これもそういったアブノーマルな作品だ。
高校の一クラスの生徒を全員殺戮してしまう教師って話なのだが、この手の作品が、小説として成り立ち得ている(=印刷され発行され売られる)のは、思うに、「バトル・ロワイアル」があったからなんだろうなぁー。
「悪の教典」というタイトルならば、本当の「悪」とは、大量殺戮ではなくて、生かさず殺さず、人の生き血を吸って、自らの私腹を肥やしているような、今の政治家だったり、東電の幹部のことを描いてくれなきゃと思うのですが、、、
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2011年10月19日

ブログ停止中に読んだ本1

再開に際して、イタリアの脱原発国民投票と現在進行中の原子炉解体・廃炉の問題や放射性廃棄物に関することなどを記事にしようと意気込んではみたものの、資料を読めば読むほどまとめるのに手間取ってしまって、記事に出来ずにいる。ということで、とりあえず、ブログを更新していなかった間に読んだ本の感想を書いておこうと思う。

『天使の報酬』 真保裕一著
いわゆる「外交官黒田シリーズ」の一つで、既にテレビドラマとして映像化されている「外交官黒田康作」の原作である。僕はドラマは見ていない。
ロサンゼルスで誘拐された日本の女子留学生の発見と保護が基本的な物語の流れなのだが、その過程で明らかとなるボリビア人の存在、そしてある薬剤の開発と許認可に関わる人物の登場など、それなりに面白い。読んでいると、かつての「小役人シリーズ」を彷彿とさせる描写などもあり、いい感じなのだが、せっかく登場するボリビアの話が中途半端だったり、もう少し突っ込んでくれよって部分もあって、ちょっと残念。
作者は、時代小説に力を入れているようだが、今だからこそ、かつての「連鎖」で扱った食品汚染の問題や「取引」で扱ったODAがらみの談合などの問題を、放射能汚染された食品や懲りずにまだやろうとしている原発輸出の問題などと絡めて、作品にして欲しいなと思ったりする。

『欧亜純白』・『カルテット』・『絆回廊』 大沢在昌著
手練のベストセラー作家で、非常に読みやすい文章で、物語世界に没頭できるし、読後感もそれなりのカタルシスを与えてくれるので、読んでない作品があると、ついつい手に取ってしまう作家の一人だ。
六本木から新宿へと物語の舞台を移しつつ、作品を書いているっていう印象があったのだが、しばらく前から、日本で暗躍する中国マフィアやロシアンマフィアが登場するようになってきていた。「欧亜純白」は、そんな物語の流れをぜーんぶ繋げてみましたって感じの作品だ。時代の流れというか、社会の変化に敏感に反応しつつ、作品を描いていくってのが、ベストセラー作家の必須条件なのかもしれないけれど、昔のような熱気というか、引き込まれ具合はそれほどない。荒唐無稽なあり得ないお話とは違って、いかにもありそうなお話だけに、リアリティがいまいちだと、没頭できないのかもしれない。
「カルテット」も、角度を変えて、同じ題材を扱っている作品と言っていいと思う。「欧亜純白」よりもずっと軽いので、さっさと読めてしまう。でも、「あー面白かった」っていう満足感はあまりないかな。
「絆回廊」は「新宿鮫字リーズ」の最新刊なのだけれど、これもまた以前のような、ページを繰るのがもどかしいというような作品ではなかった。
最近なんだかパワーが落ちてるのかな?

『ひまわり事件』 荻原浩著
彼の作品では「明日の記憶」が印象深いのだが、この小説もなかなか面白かった。
同族経営の老人ホームと幼稚園が舞台で、老人たちと子どもたちが主人公という、現代の高齢化社会と少子化社会を象徴するような舞台設定となっている。お受験を押し付けられる子どもたちだったり、介護を食い物にしようという経営者側の思惑なども絡んで、物語は進んでいく。なにが事件かというと、老人ホームに入居している団塊の世代=全共闘世代の老人の反乱だったりするのだが、この辺は、これから起こり得るかもしれないと思わせる題材だ。
老齢化・少子化社会と、老後に突入する団塊の世代の反乱っていうテーマは、これからも小説として出てきそうだし、別の視点からもう少しシリアスに描いたら、さらに面白くなるのではないかと思った。
posted by tady at 21:33| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

ブログ再開

4か月ほど、ブログの更新をしていなかった。
3.11の震災があり、その後の福島第一原発の事故による放射能汚染の広がりに、気持ちが萎えてしまった。
読んだ本の話とか、食べたラーメンの話などしている場合じゃないだろうって気持ちもあったし、UstreamやTwitterで流れてくるマスメディアに載らない情報を読んでいると、ほんとうにこの国は、どうなってしまうんだろうか? っていう鬱々とした気持ちになってしまったのだ。別に僕自身が鬱状態ってわけではなかったのだが、ブログを書こうという「気力」が萎えてしまったのだと思う。

東京で、大きな脱原発(昔は反原発と言ったものだが、、)集会がある時は、なるべく都合をつけて参加してきたし、9月19日の6万人集会へも行った。デモ中の沿道の人々の反応は、以前では考えられないくらい好意的で、何かが変わりつつあると感じたのだが、マスコミの報道は、通り一遍で、今までと大きく変わることはなかった。

思うに、今の日本の現状は、政治家や財界人、大手報道機関やマスメディアには、理解できない状況に陥っているのではないかということ。
理解できないだけならまだしも、震災と津波により傷ついた人々や放射能から身を守ろうとしている人々の妨げにさえなっているように思ってしまう。

3.11以降、感じていたのは、この震災と原発事故により、日本は震災と原発事故を経験した人と、しなかった人の2種類に分かれるのではないかってことだったのだが、どうやらそうではなく、民衆(と言う言い方が古風ならば市民)の側にいるのか、いないのかってことになりつつあるような気がする。
日本列島の地盤が大きく揺らいだことで、政治家センセイや如何にも知ったような振りをするマスコミが知らないうちに、日本社会の地殻変動が進んできている感じがしている。

そんな中で、どうでもいいようなブログを続けるべきか迷ったのだが、何人かの読者の方から、どうしたの?というメールを頂いたりして、あまり気負うことなく、とりあえず再開してみようかなぁーという気持ちにようやくなってきた今日この頃。そろりそろりとブログを再開しようと思います。
posted by tady at 16:36| ローマ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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