2011年04月24日

久々のデモ

今回の震災で、地震と津波の被害を受けた人たちのことを思うと、軽々には言えないのだけれど、現実的に、復興の最大の妨げとなっているのは、福島の原発事故であることは、否めないと思う。そんなわけで、実に久しぶりに、反原発デモに参加してきた。たまたま勤務シフトで、今日の日曜日が休みだったこともあるんだけど、、、
チェルノブイリ原発事故から25年
くり返すな!原発震災 つくろう!脱原発社会4・24集会&デモ
原発止めよう東京ネットワークが主催した集会で、芝公園に集合し、集会。その後、東電本社前を通って、日比谷公園までのデモであった。主催者発表では4500人の参加ってことだった。あくまでも主催者発表なので、実数はもうすこーし少ないはず、、、、

これは言ってはいけないのかもしれないけれど、イタリアなどでは、こういったことが起こると、少なくとも数万単位。場合によっては数十万単位で人が集まるのが常なので、1万人くらいは集まるのではと思っていたのだけれど、やっぱりここは日本であった。

かつて、チェルノブイリ事故が起きた後には、オーガナイズする側にも関わっていたこともあって、懐かしい顔もチラホラ。
会場入り口で、これもまた久しぶりに「革マル派」と名乗る若者がビラを配っていた。未だ存在しているってことに、びっくり。なんだか過去の遺物を見る思い出もあった。

今年がチェルノブイリ原発事故25周年ってことで、元々ロシアの人を招く計画だったものが、急遽福島原発事故に焦点をあてたものになった。
ロシアからのゲスト、パーベル・ヴドヴィチェンコさんの話のあと、福島現地の人たちからのアピールがあった。
それぞれ、訴えたいことは多々あったのだろうが、緊急の問題として取り上げられていたのは、文部科学省が出した通達撤回の訴えだった。
ほんとにこれは、とんでもない通達で、現在、オンライン署名も行われているので、是非多くの人に署名して欲しい。
http://blog.canpan.info/foejapan/daily/201104/23
署名の1次集約は、明日25日の23時までってことなので、お早くお願いします。

僕は、集会に行く前に署名したんだけど、集会で、現地の人の訴えを聞いて、ほんとに深刻なことだということを実感した。

デモは、団体の旗もあったけれど、多くの参加者は、どこにも属さない友達同士でやってきたって感じの人たちで、デモの最中のシュプレヒコールなんかも、慣れてないようで、ついつい、オイオイって言いたくなるものもあったけど、まあそれはそれとして、楽しく歩いた。
警備の機動隊も、乱闘服ではなく、普通の制服で、デモを規制する指揮車の上には、婦人警官までいて、時代の流れを感じてしまった。

デモを歩きながら思ったことは、原発を止めさせることと震災からの復興ってことをどうシンクロさせていけばいいのだろうってことだった。今回は、緊急の問題として原発を止めること、放射線規制値の引き上げに反対することを訴えたわけだが、これから復興に向けて、政治がどう動いていくのかを、ちゃんと監視して、被災者のマイナスになるような動きがあれば、市民として声をあげていく必要がでてくるだろう。
原発をここまで作ってしまったのは、自民党政権だったわけだし、今回の震災対応のひどさは、民主党政権の責任になるわけだが、それを監視し、糾すのは、市民の務めだと思う。それができないようなら、日本には民主主義はないってことになるだろう。
この震災をきっかけとして、大きなパラダイムシフトの変換が起きなければ、それこそ亡くなった方を含めて、被災者の方に申し訳ない気がする。それを実現するのもまた、政治ではなく、市民の力によると考えるのだが、、、、
posted by tady at 21:51| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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