2011年05月09日

イタリア映画祭2011 その9「われわれは信じていた」

原題「Noi credevamo」。監督はMario Martone。この映画は、今年がイタリア統一150周年にあたるため、それを記念して作成されたものらしい。内容は、イタリア統一前夜から統一直後までを描いたもので、イタリアの当時の歴史を知っていないと、訳がわからないかもしれない。
ある意味、1976年のベルトルッチ監督が撮った316分の大作映画「1900年」、2005年にマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督が撮ったこれも366分の大作映画「輝ける青春」の系譜につらなる映画と言っていいだろう。長さは170分。
「1900年」が、イタリア統一後の1900年代初頭から第二次世界大戦終了までを描き、「輝ける青春」が、1960年代から2000年ごろまでを描いていたのに対し、この作品はそれ以前の1828年から、イタリア統一がなった1861年の後の1862年までを描いている。

イタリア統一のために、共和制を目指した人々や、君主制を求めた人々など、様々な運動があったことがよくわかる。同時にまた、当時のイタリア(統一前なので、国家としてのイタリアは存在していないが、イタリア半島に統一した国家をつくろうとしていた)における、南北の問題、貴族や農園主と小作農や貧しい人々の関係も、つぶさに描かれている。ショッキングな処刑場面なども出てくるのだが、いわゆる紙に書かれた歴史書では、わからない当時の状況が、映像化されることにより、具体的に理解できる。

年代が1828年から1862年と幅があるので、主人公を演じる役者も途中で変わるのだが、後半の主人公を演じたルイジ・ロ・カーショは、渋い演技を見せていた。

タイトルの意味は、ラストシーンで、主人公が語る言葉となっている。「われわれは信じていた」と過去形なのは、イタリア統一を信じて、戦ってきたのに、出来上がった統一国家は、信じていたものとは違っていたという意味でもあり、統一のために途中で死んで行った仲間たちを含めて「われわれ」であるってことなのだ。

3時間弱の映画だったが、その長さをまったく感じさせない、密度の高い作品であった。

イタリア統一前後の思想家たちや活動家たちのことを知っていないと理解が難しい映画なので、日本で公開されることは、あまり期待できないが、例えば、同じ時期の幕末から明治維新にかけての、坂本龍馬や新選組、勝海舟やら西郷隆盛の時代を描いた映画が、外国人に理解されるかというと、それはかなり難しいのと同じだろう。

DVDとして発売されたら、イタリアの歴史を勉強するつもりで、何度か見ているといいかもしれない。日本語の解説冊子でもつけてくれると嬉しいけど、、、、、
posted by tady at 21:36| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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