2011年10月06日

ブログ再開

4か月ほど、ブログの更新をしていなかった。
3.11の震災があり、その後の福島第一原発の事故による放射能汚染の広がりに、気持ちが萎えてしまった。
読んだ本の話とか、食べたラーメンの話などしている場合じゃないだろうって気持ちもあったし、UstreamやTwitterで流れてくるマスメディアに載らない情報を読んでいると、ほんとうにこの国は、どうなってしまうんだろうか? っていう鬱々とした気持ちになってしまったのだ。別に僕自身が鬱状態ってわけではなかったのだが、ブログを書こうという「気力」が萎えてしまったのだと思う。

東京で、大きな脱原発(昔は反原発と言ったものだが、、)集会がある時は、なるべく都合をつけて参加してきたし、9月19日の6万人集会へも行った。デモ中の沿道の人々の反応は、以前では考えられないくらい好意的で、何かが変わりつつあると感じたのだが、マスコミの報道は、通り一遍で、今までと大きく変わることはなかった。

思うに、今の日本の現状は、政治家や財界人、大手報道機関やマスメディアには、理解できない状況に陥っているのではないかということ。
理解できないだけならまだしも、震災と津波により傷ついた人々や放射能から身を守ろうとしている人々の妨げにさえなっているように思ってしまう。

3.11以降、感じていたのは、この震災と原発事故により、日本は震災と原発事故を経験した人と、しなかった人の2種類に分かれるのではないかってことだったのだが、どうやらそうではなく、民衆(と言う言い方が古風ならば市民)の側にいるのか、いないのかってことになりつつあるような気がする。
日本列島の地盤が大きく揺らいだことで、政治家センセイや如何にも知ったような振りをするマスコミが知らないうちに、日本社会の地殻変動が進んできている感じがしている。

そんな中で、どうでもいいようなブログを続けるべきか迷ったのだが、何人かの読者の方から、どうしたの?というメールを頂いたりして、あまり気負うことなく、とりあえず再開してみようかなぁーという気持ちにようやくなってきた今日この頃。そろりそろりとブログを再開しようと思います。
posted by tady at 16:36| ローマ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>日本は震災と原発事故を経験した人と、しなかった人の2種類に分かれるのではないかってことだったのだが、どうやらそうではなく
 更新、おめでとうございます。って、何か変か?? 震災と事故を経験した人としなかった人。いいんじゃないですか、それで? しかし、家庭内に、それを経験した人としなかった人がいるとなかなか不幸です。戦地に行った人と行かなかった人がいるような感じです。
Posted by 更新を待ち続けた読者 at 2011年10月22日 06:28
更新を待ち続けた読者さん、コメントありがとうございます。
そんな読者の方がいらっしゃるとは、うれしい限りです。
おっしゃる通り、今回の震災と原発事故は、第2次世界大戦で、日本が大きく変わったのと同じような事態が起きているのではないかと、僕は感じています。
僕自身は、戦争を経験した年代ではないのですが、、、
特に原発事故は深刻な事態をもたらしていると思います。
事故以前は、存在していなかった放射能が、大量に環境に撒き散らされてしまった今、明らかにそれ以前とは変化しているわけだし、海洋汚染により、日本のみの問題ではなく、地球規模の問題へと発展していくと思うからです。
放射能がDNAを傷つけるものであることから、人間のみならず、植物や昆虫、細菌やウィルスにまで影響が及ぶものだとすれば、微量で、人間には許容範囲であっても、他の生物へのなんらかの変化をもたらすのではないかと、想像するのです。それも長期に渡って、、、
農薬による生態系の破壊を描いたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」の放射能版が起きるのではないかと恐れています。
秋の清々しい天気の日に、ちょっとハイキングに行こうと思うときに、頭をよぎるのは、その地域にホットスポットはなかったかな? ってことだったりして、なんとなく、天気は良いのに、放射能の暗雲が立ちこめているような気分になります。
ブログの更新が出来ずにいたのも、そんなデプレッシングな気分があるからだと思っています。
Posted by tady at 2011年10月22日 09:33
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