2011年01月06日

神の手 読了

久坂部羊の「神の手」を読み終わった。今流行りの医療ミステリーのカテゴリニーに入る作品である。
テーマは安楽死。それに現在日本の医療崩壊の問題も絡めてある。
上下二冊の長編で、それなりに読み応えはあるし、新聞の連載小説だったこともあり、読みやすい。
安楽死の是非を巡る論争の描写には、著者が医者であるってこともあって、それなりのリアリティはある。
マスコミの話やら、安楽死法制定を巡っての政治の動きなど、いかにもありそうな設定で、面白いのだが、読んでいてずっと違和感があった。
それは、死生観に関する宗教的ないし哲学的な部分が欠落しているからだ。ある意味日本的ってことなのかもしれないが、イタリアにおける安楽死の問題についての報道などを読んでいると、カトリックの教えに基づく安楽死の否定をどう乗り越えるのかっていうテーマが、実に重くあって、この作品に描かれているような、安楽死に対する問題定義は、あまりにも即物的に思えてしまったからではないかと思う。
現世の苦痛から逃れるための安楽死っていうのが、この作品の安楽死の定義だと思うのだが、イタリアでは、安楽死を選んだあとの魂が、神によって救済されるかどうかっていう問題も含めての論争が行われていたりする。
作品のタイトルが「神の手」となっているのだが、その神が、読み終わって、なんだかなぁーって神なのが、この作品。
医療ミステリーとしては、そこそこ面白いのだけれど、人の死に関して現象的な部分だけではなく、宗教的な部分にまで、もう一歩踏み込んで、描いてくれたら、さらに感銘を受ける作品になったのにと思ってしまう。
安楽死って、微妙な問題だけに、そこまで踏み込んだ作品を書くのは大変なんだろうなぁーとは思うけど、、、、
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2010年12月16日

光媒の花 を読み終わった

道尾秀介の「光媒の花」を読み終わった。人間の光と影を描いた短編連作である。
連作といっても、それぞれの作品に深い関連性があるわけではない。登場人物が微妙に重なり合いながら、次の話へバトンタッチって感じのやつだ。
第1章隠れ鬼
第2章虫送り
第3章冬の蝶
第4章春の蝶
第5章風媒花
第6章遠い光
という章立てになっているが、タイトルの「光媒の花」は出てこない。
主人公たちは、初老に差し掛かろうという男だったり、小学生の兄妹だったり、思春期の中学生だったり、アラサーと思われる女性や悩める青年だったりする。
それぞれの主人公には、カウンターパートが居て、その人たちのとの関わりにより、自分の、そして相手の、過去と現在の光と影が描かれる。
安易に人を殺してまったりするのは、いただけないが、そうならざるを得ない状況設定はあって、その辺をもう少し納得行く形で書き込んでくれると良かったのになぁーと思う。まあ、短編なので、致し方ないところはあるのだけれど、、、、
読み応えって意味では、ちょっと物足りないけれど、それぞれが物語として十分成り立っている短編集だと思った。

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猫を抱いて象と泳ぐ 読了

小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」を読み終わった。この人の作品は「博士の愛した数式」を読んだことがある。映画化もされていて、なかなか良かった。
今回は、チェスの話である。
タイトルの猫は、主人公にチェスを教えてくれた人の飼い猫であったポーンであり、象は、成長してしまったために、デパートの屋上から降りられなくなって、そこで一生を終えた象、インディラで、彼らが泳ぐのは、チェスの海なのだ。
こう書くと、何がなんだか分からないと思うけど、作品を読み終わると、意味が分かるはずだ。
現実には絶対ありえない話を、物語として構築してしまう文学の面白さを久々に堪能した。
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2010年12月06日

つばさものがたり 読了

雫井脩介の「つばさものがたり」を読み終わった。主人公は、26歳のケーキ職人(この本ではパティシエールと呼んでるけど)である小麦とその甥にあたる叶夢である。
乳がんが転移して、ガンに冒されながら、亡くなった父親が、母親に語った夢である小さなケーキ屋を実現すべく頑張る主人公。
そして、小さいころから天使が見えるという甥の叶夢。小麦を支える兄と兄嫁、そして母親。
今までの彼の作品からすると、ミステリーでもないし、犯罪が起きるわけでもない。しかし、読ませ方が実にうまい。
叶夢にしか見えない天使を舞台回しの黒子に使い、厳しい現実に立ち向かう小麦にどんな救いが待っているのかと、読者の興味をくすぐる。
結末は、ネタバレになるので書かないけれど、爽やかな読後感を残す作品であった。
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2010年12月01日

プライド 読了

真山仁の「プライド」を読み終わった。話題となった「ハゲタカ」や「レッド・ゾーン」を書いた作者の短編集だ。
ひとつひとつの話に、骨があって、筋がとおっているのは、読んでいて面白かった。
最初にある「一俵の重み」は、小説新潮の今年の1月号に発表された作品だそうだが、「事業仕分け」の胡散臭さを既に描いているのには、感心した。元新聞記者だという作者の面目躍如たるもんがある。
特に「絹の道」と「ミツバチが消えた夏」では、日本の農業のあり方に切り込んでいて、短篇ながら読み応えがあった。
巻末にある「あとがきに代えて」を読むと、作者の姿勢が分かって面白い。

日本の農業を扱った長編小説なんてのを読んでみたいな。
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疑心&初陣 読了

今野敏の「隠蔽捜査」シリーズの3と3.5である「疑心」と「初陣」を読み終わった。読後感は、なんだかなぁーって感じ。
「疑心」は、主人公である竜崎が、来日する米大統領の方面警備を任される話なのだが、メインは、そこにやってきた女性キャリアに試み出されるって筋で、いかにもわざとらしい文体も多くて、本来の大統領襲撃テロを計画している犯人探しとチグハグな感じがしてしまった。
一方「初陣」は、もう一人の主人公ともいえる伊丹と竜崎との関係を、ちょっと長いスパンで描いた短篇集ってことで、中途半端な3.5ってことになっているようだ。
それぞれの短篇の間に、時間の流れがあるってことを登場人物の異動で分かるように書いている。シリーズを通して読んでいる人は、それぞれの出来事が、シリーズ内のどこで起きたかがわかり、欠落しているパズルを埋めるような面白みがあるのかもしれない。
「疑心」で登場した女性キャリアがなぜ、竜崎の元にやってきたかの裏話なんてのもあって、これはちょっと笑ってしまった。

いずれにしても、期待はずれのかるーい作品となっている。
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2010年11月20日

プリズン・トリック 読了

遠藤武文の「プリズン・トリック」を読み終わった。第55回江戸川乱歩賞受賞作品である。

刑務所の中で起きた殺人事件の謎解きである。
テーマは面白いし、仕掛けたプロットも面白いのだが、何といっても読みづらい。初の小説作品ってことだから致し方ないのかもしれないけれど、文章が全然こなれてないし、話者がしばしば代わり、ストーリーを追っていくのに骨が折れた。
また、ちょっと無理があるんじゃないって展開もあったりして、とにかく疲れた。

乱歩賞受賞作品って、比較的相性がいいのか、面白く読める作品が多いし、過去の授賞者リストを見ると今や売れっ子作家となった人たちの名前が連なっているんだけど、さて、彼はこれからどう伸びていくんだろうか?
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2010年11月11日

後悔と真実の色 読了

貫井徳郎の「後悔と真実の色」を読み終わった。連続殺人事件の犯人を追う刑事の話なんだけど、刑事同士の確執とか、インターネットの巨大掲示板を犯行予告に使う犯人とか、設定は、それなりに面白い。
登場する刑事の数がやたら多くて、それぞれ一癖二癖あって、章によって語る人称が変わったりするので、最初はやや戸惑ってしまった。
インターネットの掲示板の描写は、明らかに2ちゃんねるがモデルになっていて、IPアドレスの追跡やら、飛ばし携帯の話など、ネット関係をいろいろ調べて書いたことが伺える。

明かになる犯人の意外性ってのは、まあまあ良くできているけれど、その動機付けとなると、ウン? って感じ。
また、それぞれの刑事たちの内面描写も書き込まれているのだけれど、人物造型が、やっぱりちょっと嘘っぽい。
第23回山本周五郎賞受賞作品であるそうだが、こんなものかなぁ
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2010年11月01日

花と流れ星 読了

道尾秀介の「花と流れ星」を読み終わった。今まで何冊か読んでいるのだが、いずれも、なんとなく暗い雰囲気を持つ長編作品だったのに比べ、わりとあっさり読める短篇連作週だ。
これは、ホラー作家道尾と霊現象探求所なる団体の所長、真備庄介が出てくる、真備シリーズと呼ばれているもののひとつらしい。
出版されたのは昨年だが、収録されている作品の初出は2005年から2008年にかけてってことで、初期の作品と言えそうだ。
多くの作家は、こういった短篇を書くことで、腕をあげていくのだろうなって感じで、内容的には習作っぽいものから、話を練って広げたら立派な長編になりそうってものまであって、それなりに面白かった。
彼の作品は、ここ数年、何回も直木賞候補になっているようなので、今後が楽しみって感じかな?
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2010年10月25日

ブレイズメス1990 読了

海堂尊の「ブレイズメス1990」を読み終わった。彼の小説は、いろいろと読んできたけれど、最近は、どうでもいいやって感じで、積極的に読もうとは思わないのだが、図書館で本を探していて、これといった本がなく、新刊のところにあったので、借りてしまった。
設定は、いつものとおりの東城大学で、登場人物も海堂ワールドの人々。内容は、明らかに彼が書いたノンフィクション「外科医 須磨久善」の影響を受けたものだ。
下敷きになっているのが、ノンフィクションだからか、作風がちょっと違っていて、まあまあ真面目。
読みやすい文体であるので、読むのに苦痛は感じないけど、エンタテイメントとしての醍醐味というか、グイグイと物語世界に引きずり込まれるとか、読み終わってある種のカタルシスを感じるとかいうことはない。
借りてしまったので、最後まで読みましたって本だ。
文章は、うまいと思うのだけれど、今まで描いてきた設定から離れて、一皮むけて、もう一つ先の世界へ踏み出してくれれば、もっと面白い小説が書けるのではないかと思うのだが、、、
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2010年10月20日

リア家の人々 読了

橋本治の「リア家の人々」を読み終わった。タイトルからも分かるが、プロットのベースとなっているのは「リア王」だったりするらしい。
戦前、戦中、戦後を生きてきた、文部省の官僚が主人公である。
その父親の娘たちが、3人。
いかにも小説らしい小説で、文体も描写もそれらしい。だが、やっぱり橋本治である。
ネチネチとコネくり回すような、筆運びのところがあったり、設定の背景を説明するような緻密な記述があったりで、いろいろと詰まっている感じ。
後半の1960年代後半の学生運動の時代に関する部分は、興味深かった。
橋本治と言えば、彼が東大在学中にデザインした駒場祭のポスター「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」ってのが有名だが、1948年生まれの彼が、ちょうど20歳の時に、1968年に世界的に吹き荒れた学生運動があったわけで、当時の当事者であった著者が、40数年の歳月を経て、当時の状況を総括しているような内容に読めた。
橋本治に限らず、当時の学生運動を闘った人々が、60歳を越えて、当時の運動とは何だったのかを、振り返り、総括する時期に来ているのかもしれない。それが、これからの日本の行く末にポジティブな形で反映していけばいいと思うのだが、これからの日本を背負っていく、若い世代にどうやってそれを伝えて行くのかってのも、大きな課題なのかもしれない。
ともすると、老人の戯言と、とられてしまうのではないのかな? 今の日本の若者たちには、、、、

ネットの書評にも寂寥感なんて言葉があったけれど、この作品を読み終わった後に、なんか虚しい感じがしてしまった。
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2010年10月07日

オー!ファーザー 読了

伊坂幸太郎の「オー!ファーザー」を読み終わった。タイトル的には、オー!ファーザーズと複数形の方がよかったんじゃないかと思うのだけれど、、、、
母親と4人の父親と一緒に暮らす高校生、由紀夫が主人公である。
それぞれ個性的な性格を持つ4人の父親から、幼少のころより影響を受けて育った由紀夫が、県知事選挙や地方の博徒の親分と絡みながら、いろいろな事件に遭遇するって筋立てである。

いわゆる伊坂ワールドと呼ばれる日常からちょっとずれていながらも、どこかでありえるかもしれないっていうリアリティを保っている。

読んでいて思ったのは、かなり昔に読んだ落合恵子の作品だ。タイトルは忘れてしまったのだが、シングルマザーと独り身の老人たちが一緒に暮らすって内容だったことを記憶している。

家族の絆が薄くなってきている現代。血のつながりはなくても、一緒に暮らすグループホーム(介護施設ではなく)ってのは、成り立ち得ると思う。

傷を舐め合うのではなく、互いに足りない部分を支え合って、様々な年代の人々が共に暮らすあり方っていうのは、現実としてありだと僕は思うし、そういった豊かな人間関係の中で、子供が育っていけば、老人や障害者への思いやりとか、大人の人間関係の厳しさなんかを学んでいけるのではないだろうか?

最近も怪しげな新興宗教が摘発されけれど、あの信者達も、もしかしたら、そういった孤独を心のうちに抱えていて、誰かしらと一緒に居たかったのかもしれない。

日本の場合、戸籍制度とか、「家」の概念とかが強いので、気の合った人同士が、男女の関係なく、共同生活をおくるってのは、社会的には奇異な目で見られがちだけれど、弱者が身を寄せ合うように一緒に住むって形態ではなく、もっと前向きな形で、共同生活のおくれるような「あり方」ってのがあると思うのだけれど、、、、

小説の内容とは全然違うのだけれど、由紀夫と4人の父親の話を読んで、そんなことを思ってしまった。
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2010年09月30日

どこから行っても遠い町 読了

川上弘美の「どこから行っても遠い町」を読み終わった。どこから行っても遠い町を巡る人々の生き方を描いた短篇連作という形になっている。
様々な過去と現在を持った人々が、微妙に関わりあいながら生きている様が、面白い。
「センセイの鞄」でもそうだったけれど、年齢の離れた男女の性愛を、生臭くなることなく描いていたり、親の不倫を覚めた子供の視点で描いていたりと、なかなか面白かった。
生きていくとということには、男女関係が否応なく存在しているわけだが、それをサラっと描いているのが良い。かといって表層的なわけではない。もう一歩突っ込めば、ドロドロになりそうなところを、すっと引いて見るというか、あるいは突き抜けてしまうというか、つまりは、読者に委ねてしまっているってことなのかもしれないけれど、生々しい肉欲の後に残される、思いとか回想をさりげなく綴っているって感じが、この作家らしい。
最後の章は、死んでしまった登場人物が、生きていたころの過去を語るって仕立てになっていて、これはちょっと無理があるかなって思った。
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2010年09月22日

一週間 読了

井上ひさしの「一週間」を読み終わった。小説としては、彼の遺作にあたる。昔、「吉里吉里人」や「四千万歩の男」などを夢中になって読んだのだが、最近はずっとご無沙汰していた。
舞台は終戦後のシベリア。主人公は抑留されている元日本兵。キーワードは、レーニンの手紙。
戦後65年たって、戦争の記憶が薄れていくなかで、あえて、この時代に行われていた不条理を描こうという作者の意図は、分からないでもないのだが、ユーモアを交えての小説仕立てってことからか、今ひとつ、当時の悲惨さが伝わってこなかった。
連載されていたものをまとめて出版されたもので、後書きにも、著者本人の最終校正が行われていない旨の記述があったが、本文中に数ヶ所、明らかな誤植と思われる部分があった。残念である。

もう、ずいぶんと昔になるが、友人たちとログハウスを作ったことがあり、川崎埠頭の一角を借りて、仮組みをしていたときのこと、初老の男性が近づいてきて、僕等の作業をジッと見ていたことがある。話を聞くと、シベリアに抑留されていたことのある人で、僕等のログハウス作りが、やたら丁寧なので、「それじゃ冬までに間に合わないよ」と言っていた。シベリアに抑留されていた当時、捕虜たちは、自分たちの住む家をログハウスで作らされていたそうだが、とにかく急いで作らないと、厳しいシベリアの冬をしのげないってことで、どんどん組み上げて、隙間には、回りにある泥とコケを練ったものを詰め込んで行ったと話していた。
こういう人たちの記憶、大切な歴史の証言っていうものを、記録しておく必要があるんだろうなぁーと思う。
ただ、そういう時間ってもうあまり残されていないのかもしれない。
高齢化社会になり、多くの老人施設ができている現在。そういうところを回れば、効率よく、聞き取り調査や証言の記録を行なえるのではないかと、思ったりもするのだが、誰かそういう視点で、老人施設めぐりをする人って現れないかな?
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2010年09月05日

悼む人 読了

天童荒太の「悼む人」を読み終わった。2年ほど前に話題となっていた本で、図書館で見つけたので早速借りてきた。直木賞受賞作品でもある。
「永遠の仔」は、かなり衝撃的な作品で、「包帯クラブ」は、小説も読んだし映画化されたものも見ている。

この作品では、死者を、その死因や亡くなった人の人柄などに関係なく、悼んで回る主人公。その主人公に影響を受ける雑誌記者。ある事情から夫を殺害した元殺人犯。そして末期癌を患う主人公の母親。こういった登場人物を通して、死について語られる。
主人公が基準としているのは、亡くなった人が、誰を愛し、誰に愛され、誰に感謝されたかという3点だ。
小説の最後は、末期癌の母親が死にゆく場面なのだが、読んでいてふと思ってしまったのは、自分の意志を持って死へと旅立てる人がどれほどいるのだろうか?ってことだった。
老人施設で働いていると、尊厳を持って死に向かうってことの難しさを感じることがしばしばある。
「もう死にたい」とか「殺してください」と口にする老人たちがいる。家族の想いやら、医学の進歩で、自らの意志ではなく、生かされてしまっている老人がいるってことだ。
この仕事を始めて、最初に奇異に感じた言葉に「不穏」というのがあった。不穏というと、僕には政治的な意味での不穏な動きとか、不穏分子なんて言葉が思い浮かぶのだが、老人施設では、落ち着かない、精神的に不安定な老人の状態を不穏と言う。
でも、例えば認知症の老人が不穏になる時は、実は、その時、意識がクリアになっていて、どうして自分はこんなところに居るんだろう?と思っていたりする場合もあるようだ。自分の記憶が欠落していき、家族や自分のことが分からなくなっていく恐怖っていうのは、ものすごいものがあると思うし、もし、自分がそうなったら、「不穏」にもなるだろうなぁーと思っている。

死んでしまった人を悼むことや、「おくりびと」のように見送ることも大切だけど、誰にも看取られず、行方不明になっている高齢者が、どんどん増えている現在、「看取る人」が必要になってくるような気がする。

認知症になり、食事が取れなくなり、経管栄養で生きているような老人たちをどう看取るのかって視点で書かれた小説ってないのかな?
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2010年08月24日

外科医 須磨久善 読了

海堂尊の「外科医 須磨久善」を読み終わった。
作者は言わずと知れた医学界を舞台にしたミステリーを書くベストセラー作家である。まあ、現役の勤務医って肩書きもあるけれど、、、、
その作者が、日本で初めてバチスタ手術を行った外科医、須磨久善について書いたノンフィクションである。
読み始めてすぐに思ったのは、筆が走りすぎていて、ノンフィクションとしての重みがなく、自分は作家で文章ならうまいんだぞ的な作者の姿勢が鼻についてしまった。また、自分は医者だから専門用語だって大丈夫的な部分もあって、描くべき対象である「外科医 須磨久善」の内面とか苦悩っていう部分が、全然描ききれていない感じがした。
人を描くノンフィクションって、抑えた筆致でありながら、これでもかってくらいに貪欲に相手に迫っていく気迫が書き手の側にないと、単なる人物紹介になってしまうのではないかと思っている。
ベストセラー作家が、どんなノンフィクションを書くのだろう? って思って手に取ったのだが、ちょっとがっかりだった。
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2010年08月20日

訣別の森 読了

末浦広海の「訣別の森」を読み終わった。
図書館に行って、書架を眺めていたら、「第54回江戸川乱歩賞受賞作」ってのが目について借りてきた。
北海道を舞台として、ドクターヘリと自衛官と自然保護活動家とロシアンマフィアにヤクザ、そして狼という一見繋がりようがないような登場人物たちが出てくる。
繋がりようがない人物たちを繋げていくストーリーは、なかなか面白いのだが、やっぱり無理やり繋げてるって感じの不自然さがあるのも確か。
アイデアとしては面白いのだけれど、物語が違和感なく展開してくだけのリアリティのある話までは練れていないのがちょっと残念。
受賞後の第一作として「捜査官」てのも書いてるらしいが、アマゾンで見ると2つあるレビューの評価が両極端であった。こういうのってちょっと惹かれるので、機会があったら読んでみようかな?
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2010年08月11日

インパラの朝 読了

中村安希の「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」を読み終わった。
久しぶりに読む、小説ではない本だ。
図書館で一度は手に取ったものの、別の小説の方を借りてしまったのだが、次に行った時にもまだあったので、借りてみた。
バックパックで世界を回る日本の若者は多い。その中で、文章として発表されたものとしては、沢木耕太郎の「深夜特急」が、有名だし、群を抜いて優れていると思う。それ以前には、小田実の「何でもみてやろう」も面白かった。
しかし、いずれも1950年代後半と1970年代の旅行記であり、現在の状況とはかなり違っている。また、旅行者が男性であり、、この「インパラの朝」の著者が女性であることからも、旅行の仕方、視点は違っている。
読み始めてまず思ったのは、旅行記あるいは紀行文ではなく、著者が訪れた場所で感じた感想文的であり、情報が断片的で、全体像が見えてこないって苛立ちだった。
いろいろな経験をし、いろいろなことを感じ、いろいろなことを考えたってことは分かるのだが、軸となるものがはっきりしない感じなのだ。
しかし、読み進むうちに、最終章で、僕の感じていた欲求不満は解消された。

僕自身、若いころはちょこっと海外を旅していたことがあるので、その情景が想像できたり、著者が抱いた感想に共感できる部分は多々あった。
それでも、2年足らずで駆け抜けた旅で、いったいどれくらい世界を見ることができたのだろうって思う部分はある。

昨年18年ぶりに日本で再会したスペイン人の友人が言っていたことを思い出す。
彼は、数年かけて世界一周をした旅行者と話したことがあるそうなのだが、その旅行者が言うには、わずか数年で世界を回って思ったことは、訪れた地の滞在期間が短すぎて、もっと時間をかけて回れば良かったと思ったんだそうだ。
それで、僕の友人は、18年前にイタリアで分かれた後、世界旅行を開始。実に20年近い歳月をかけて、世界を回っている。つい最近スペインに一時帰国したらしいが、昨年会ったときには、アフリカ大陸と中国がまだなので、一度スペインに帰った後、再度旅に出るつもりだと話していた。

ただ、期間の長短はともかく、インターネットで、遠くの国と繋がることのできる時代ではあるが、やはり現地に行って、そこの空気を吸い、食べ物を食べ、人々と接することは、全く別物である。
若いうちならではのそういう経験を、多くの若者がすれば、世界のあり方も少しは変わってくるのじゃないかと思ったりする。
この作品を読んで、刺激を受けるというよりも、懐かしさを感じてしまった僕は、やっぱり年を取ったのかもしれない、、、、
posted by tady at 18:19| ローマ | Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月08日

鉄の骨 読了

池井戸潤の「鉄の骨」を読み終わった。
NHKでドラマ化された原作である。ドラマは見ていない。
ほぼ同時に、同じ作家のまったく傾向の違う作品を読んだわけだが、作家の幅が見られてなかなか面白かった。
こっちの方は、大手ゼネコンの談合問題について、至極真面目に書かれていて、そこそこ読み応えのある作品だった。
民主党はコンクリートから人へってスローガンを掲げているわけだが、コンクリートで物を作る側の人間模様って話だ。
地下鉄建設と橋梁建設が話に出てくるが、それを作ることの是非については描かれていない。
会社が生き延びるために、談合すべきかどうか、入札に当たってのコスト削減をどうするか、ということが話の中心。
コンクリートによって、影響を受ける側の話などが織り込まれるともっと面白くなったかも、、、、
posted by tady at 09:24| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

民王 読了

池井戸潤の「民王」を読み終わった。
図書館に行ったら、NHKでドラマ化された「鉄の骨」とこの「民王」があったので、一緒に借りてきた。
読み始めてすぐに、これはまたもや現代政治を扱った政治小説か?と思っていたら、話はどんどん違う方向へ。
それにしても、阿部、福田、麻生と続いたドウショウモナイ日本国の総理大臣の現実が、早くもこうして小説ネタになるっていうのは、如何に政権交代前の末期的症状の自民党が酷かったのかってことを再認識してしまう。もっとも政権交代後も代わり映えしない状況で、きっと民主党も、早々と小説ネタになるんだろうな。このタイトルからして、点がひとつ足りないだけで、既に民主を揶揄してるともとれるけど、、、、
彼の作品は、江戸川乱歩賞を受賞した「果つる底なき」は読んでいる。シリアスな小説を書く人かと思っていたのだが、こういった「おちゃらけ」た作品も書ける人なんだと再認識。
ありえないバカバカしい設定ではあるが、語られる内容は、結構真面目。現実の政治家よりも、小説に描かれる政治家の方が、まともに思えてしまうのは、なんとも情けない限りだ。この作品でも言っているけど、まともな政治家がいなくなって、政治屋に成り下がってしまってるんだろう。
きちんとしたヴィジョンを持ったまっとうな政治家ってのは、現れないのかなぁーーー
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