2008年06月24日

インディー・ジョーンズ4

この仕事をやっていていいいところは、平日に休みがあることだ。
そういわけで、今日は映画を見てきた。
話題の映画だけど、劇場はガラガラ。
やたらと人が、簡単に殺されるアメリカ映画ってあんまり好きではないのだけれど、インディー・ジョーンズとスター・ウォーズだけは、劇場公開されると毎回見に行ってしまう。
大画面で見る、派手な冒険活劇は、中身はどうでも、もうそれだけでいいやって気になってしまう。

エルヴィス・プレスリーのハウンドドッグで、映画の幕が開いた。時代は1957年に設定されていた。
大冒険活劇にほんの少しのインテリとしての良心をまぶしたかったのか、レッドパージと原爆実験がサラッと出てくる。それでも死なないインディーは、やっぱり漫画だ。
米ソ対立の冷戦時代に設定したのは、やはりあの頃でないと、明確な悪役を設定できなかったからだろう。
そしてアクションの舞台はペルーへと移る。
詳しい内容はネタバレになっちゃうので、書かないけど、最後はなんだか、スピルバーグの先祖返りというか、退行というか、活劇のスケールも、今までの作品に比べて随分と小さくなっちゃった感じだし、ハリソン・フォードもお年で、あんまり派手なアクションはできなくなっているのかもしれない。
最後のクレジットロールを見ていたら、撮影クルーは、ニューメキシコとコネティカット、それにハワイが出てきただけなので、どうやらこの作品、米国内だけで撮影されたみたい。
今は、CGを駆使して、わざわざ大規模なロケをしなくても、何でもできてしまう時代になったからかもしれない。
面白いことは面白かったけど、何となく今までのようなスカッとした気分は味わえなかった。
上映前の宣伝で映された、ハムナプトラ3の方が、面白そうだった。
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2008年06月09日

Biutiful Cauntri

beatufil countryをイタリア語的に書くとこうなる。
美しい国、あるいは美しい田舎って意味であるわけだが、これをタイトルとするドキュメンタリー映画が、Nastro d'argento賞のドキュメンタリー部門で大賞を受賞したらしい。
http://www.lanuovaecologia.it/iniziative/spettacoli/9963.php
ナストロ・ダルジェント賞については、ここ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%
BB%E3%83%80%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E8%B3%9E


もちろん、僕はまだ見ていないのだが、内容は、ecomafiaとナポリのゴミ問題を追ったドキュメンタリー映画らしい。
一般的に、イタリアでは、自国を呼ぶ言葉として、bel paeseって言い方をする。美しい国って意味なんだけど、それをあえて、英語のそれもイタリア語ナイズされたBiutiful Cauntriってタイトルにしたところに、この映画の言わんとするところが込められているような気がする。

海外での上映も決まってきているらしいし、解説付きのDVDブックも発売になるらしい。
機会があったら、ぜひ見てみたいものだ。
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2008年05月06日

イタリア映画祭2008その3

5月5日、休みをもらって、イタリア映画祭に「L'aria  salata」を見に行ってきた。
仕事場に無理を言って、イタリア映画祭開催期間中に、3日だけ休みをもらったのだが、3日目を5日にするか6日にするか悩んだ。これは、「L'aria salata」 を見るか、「Lezioni di volo」見るかって選択があったからだ。
アルキブージは、それなりに有名な監督なので、後からでも見る機会があるかもしれないって気持ちもあり(Mignon e' partitaは、名作だと思っている)、結局L'aria salataを選んだ次第。
しかし、L'aria sakataの前に上映された短篇「Ieri=昨日」が、印象深かった。

「Ieri=昨日」
「昨日」とは、1969年12月12日のことだ。
この日に何があったかというと、ミラノのフォンタナ広場で爆弾テロがあり、17人が死亡、88人が負傷した。
この事件の真相は、未だに闇の中である。
http://it.wikipedia.org/wiki/Strage_di_piazza_Fontana
そして、この事件が、strategia di tensione=緊張戦略と言われている時代の幕を開けた。
緊張戦略とは、イタリアの左翼が使う言葉で、簡単に言うと、「国家」がテロを行うことで、社会の緊張を高め、より強固な治安維持=左翼運動への弾圧を行おうというものだった。
こんな映像もあるので、イタリア語の分かる方はご覧ください。
http://video.google.com/videoplay?docid=-7284660332593988641

この短篇を見始めてすぐに、これはフォンタナ広場の事件についての映画だなと僕は分かったのだけれど、会場にいた観客のどれくらいが、それを理解したかは、分からない。

こうした短篇が未だに作られているってことは、イタリア社会が負った傷が、未だに癒えていないってことの証しなのかもしれない。
主演女優が、「La giusta distanza」のValentina Lodoviniであったのもビックリした。一般的には劇場にかかることのないこういった短篇映画に、名の売れた俳優がきちんと出ているってことに、イタリア映画界の懐の深さを見た。

「L'aria salata=潮風に吹かれて」
さて、本編の方なのだが、映画としてはよくできていると思う。でも、ストーリーが暗く、話の運びにちょっと無理がある。
描こうとした、息子と父親の葛藤は、よく分かるんだけど、それでも作りすぎって感じを持った。悲劇的な結末もまたしかりである。
大衆受けする映画が良いとは思わないし、考えさせられる映画を好むのだけれど、それでも、映画はエンタテイメントであるとするなら、あまりにも暗く、救いがない。
監督は、ドキュメンタリー畑の出身らしいので、分からなくもないのだけれど、僕的には、あんまり楽しめなかった。
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2008年05月04日

イタリア映画祭2008その2

イタリア映画祭2日目の5月2日に見たのは、ドナテッロ賞を受賞したLa ragazza del lago=湖のほとりでとGiorni e Nuvole=日々と雲行きの2本だ。
短篇はIl supplente=代理教師
この短篇が、実によかった。

「代理教師」
会場で購入したプログラムによると、2008年アカデミー賞短篇実写部門にノミネートされた作品だそうだ。
監督はAndrea Jublin。主演も彼がやっている。
子供たちが騒ぎまくっている、いわゆる学級崩壊にちかい教室に、代理教師と自ら宣言する大人が入ってくる。
彼は、学校で教えるであろうことの正反対を子供たちに教え始める。先生に媚を売る子には、媚の売り方で点数を付け、いじめっ子には、クラス全員でいじめるように仕向ける。
教室の大騒ぎを聞きつけて校長がやってくると、「代理教師」は、窓から飛び出し、逃げてしまう。
面白いのはここからで、最後にどんでん返しがあるのだが、ネタバレになってしまうので、書かない。
大人と子供の社会の対比や自らの信念を貫くことの難しさなど、大変示唆にとんだ作品であった。

「湖のほとりで」
さて、この日もっとも期待して見たのが、La ragazza del lagoだ。
原作は、ノルウェーの作家カリン・フォッスムの小説で、上映後、質疑応答に登場した監督、ミライヨーリによると、面白い本はないかと探していて、この原作(イタリア語翻訳)に出会い、読んでみて、これは映画になるってことで、作品にしたらしい。
舞台をイタリアに移すにあたって、Venezia地方の山寄りの街を舞台としている。
出だしは、小学生の女の子が行方不明となる。この段階で、pedofilia=小児偏愛者の話かと思うのだが、さにあらず、その女の子を連れ去った精神障害のある男性と一緒に若い女性の死体を目撃していることがわかる。
誰が彼女を殺したのか? 主人公である刑事の捜査が始まる。
容疑者は多数。女の子を連れ去った男。娘を偏愛する父親。彼女のボーイフレンド。殺された女性がアイスホッケーをやっていた時のコーチ
そして浮かびあがってくるのは、殺された彼女がベビーシッターをしていた障害を持つ子供の親。さらに、殺された女性は、脳腫瘍を患っており、余命わずかだったことも分かってくる。

一方で、捜査を続ける刑事の妻は、認知症で老人ホームに入っている。

映画は、淡々としたトーンで作られているのだが、殺人事件を扱ったミステリーでありながら、現代社会の様々な断面を切り取り、描き出していた。
なぜこの作品が、ドナテッロ賞を受賞したのか、納得のいく作品だった。

「日々と雲行き」
続いて上映されたのが、Giorni e Nuvoleだ。
舞台はジェノバ。共同経営者として、船舶関係の会社の役員をやっていた主人公が、内紛により解雇され、失業者となってしまう。
収入もなく、無為な日々を過ごす主人公。その一方で、パートでもなんでもとにかくお金を稼ごうとする妻。そして、父親とうまく行っていない娘。

それなりに裕福だった中年男が、突然失業者となってしまった時に、家族はどうするのか? 夫婦間の愛情はどうなるのか? 子供との関係は?

そんなことが、かなりリアルに描き出されている作品だった。

娘役を演じたアルバ・ロルヴァルケルが来日しており、上映後の質疑応答に答えてくれたのだが、その際、イタリアにおいては失業問題がかなり深刻なのだが、この作品を日本人はどう理解したのか?という逆質問(観客に対しての質問)があった。
会場からは、日本の現状とあまりにも近く、とてもよく理解できたので、質疑応答に際して、質問が出なかったのではないか、という返答があった。

夫婦の絆、家族の絆を考えさせられる作品だった。
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2008年05月02日

イタリア映画祭2008その1

5月1日から、イタリア映画際が始まった。
http://www.asahi.com/event/it08/
今年は、仕事が休めないこともあり、全作品を見ることはできないのだが、職場に無理を言って、期間中に3日間の休みをもらった。
あらかじめ、イタリアの友人にメールを送り、見た方が良いと思われる作品も聞いておいた。
ただし、聞いたのは20代の若者なので、推薦してくれたのは、比較的若い世代の監督作品が多かった。
そんな中で、選んだのは、初日の1日に上映される作品のうちの2本と2日上映される作品2本。そして、5日に上映される作品のうちの1本と相成った。
で、まずは初日に見た2作品+短篇から

5月1日最初に上映されたのは、フェルザン・オズペテク監督の「Saturno contro=対角に土星」だったんだけど、友人の評価はあまり高くなくパス。
2番目に上映された「Non pensarci=考えてもムダさ」から見ることにした。
5月1日から3日の間は、各作品上映前に、上映される映画関係者の舞台挨拶がある。
「考えてもムダさ」の舞台挨拶は、監督のジャンニ・ザナージと主演のヴァレリオ・マスタアンドレアが来日しており、舞台挨拶があった。
本編上映に先立ち、短篇「たまご」が上映されたが、これもなかなか面白かった。

「考えてもムダさ」
主人公は、故郷からローマに出てきた、一時期はそこそこ売れたロックミュージシャン35歳。
今は、若い連中にちょっとついてけないと感じている。
ライブハウスでコンサートをやったのだが、若いヴォーカリストがダイブをしたのに、誰も受け止めてくれず、肩を打撲してコンサートは中止。予定より早く家に帰ると恋人の浮気現場に出くわしてしまう。
ローマでの生活に失望し、家族のいる故郷に帰るのだが、そこにも様々な問題が山積していた。
パンクロックのギタリストである主人公の実家は、食品加工工場を経営する裕福な家庭。しかし、父親から経営を受け継いだ兄が、経営に失敗し、倒産の危機に直面していた。

この作品を見ようかな? と思ったのは、若くはない主人公の話って解説があったから、、、
感想としては、イタリアの地方のそれなりに裕福だった家庭が没落していく様が、深刻ではなくわりとユーモラスに描かれているってこと。
そして、一家が危機に陥った時、家族はどうするのかっていう描写が面白かった。怪しげなセラピーが出てきたり、水族館でイルカに癒されたり、それでいて、主人公も含めて金策に走り回ったり。
いろいろあるけど、「考えてもムダさ」なるようになるよって感じかもしれない。
ただ、ネガティヴに投げやりなのではない。淡々とやることはやりつつも仕方ないよねって感じ。
ラストシーンが暗示的で、ローマに戻った主人公が、コンサートの最中、ギターを置き、観客に向かってダイブする飛んでるところで終わる。
投げやりに飛ぶのではなく、果たして観客はダイブした自分を受け止めてくれるのだろうか? と思いつつ、それでも人を信じてみるかって思いを込めてのダイブなのだろうと僕は思った。

上映後、主演のマスタアンドレアと監督への質疑応答があった。
映画を見ていて、まだ未見ながら、原作を読んだカオス・カルモとの類似点が気になったので、それについて質問してみた。
僕が似ていると思ったのは、様々な人が主人公に告白をし、抱えている問題を語るってことと、家族・子供の描写だった。

回答は、それほど類似しているとは思えないけど、家族を扱っているという意味では、そうかもしれないってことだった。

全編にクラシックからパンクまで、様々な音楽が使われており、音楽の使い方って意味でも面白い作品だった。

次に上映されたのが、「La guista distanza=まなざしの長さをはかって」だったが、上映に先だって、開会式があり、来日ゲストが舞台に勢ぞろいした。
cinema01.jpg

右から、La ragazza del lago=湖のほとりで」の監督アンドレア・モライヨーリ
Non pensarci=考えてもムダさの監督ジャンニ・ザナージ
La giusta distanaz=まなざしの長さをはかっての女優ヴァレンテーナ・ロドヴィーニ
考えてもムダさ主演のヴァレリオ・マスタアンドレア
Giorni e Nuvole=日々と雲行きの女優アルバ・ロルヴァルケ
である。

「La giusta distanza=まなざしの長さをはかって」
ポー川河口近くの小さな村に、代用教員が赴任していくる。
この若い女性教師マーラは、国際協力の活動をしており、代用教員の仕事が終わった後は、ブラジルにいくことになっていた。
小さな村にやってきた若い女性教師に、村人(特に男たち)は興味津津だ。
その中には、ジャーナリスト目指す青年ジョヴァンニやチュニジアからの移民で自動車修理工場を営むハッサンなどがいる。
地方記者となったジョヴァンニは、ベテラン記者から、記事を書くためには、感情に左右されることなく、報道の対象とLa giusta distanza=正しい距離をとらなければならないと教えられる。
やがてマーラは、ハッサンと恋に落ちるのだが、その後に悲劇が待っている。
その悲劇の真相を解明しようとするジョヴァンニ。

イタリア語の原題の意味は、「正しい距離」である。邦題は、原題の意味を必ずしも正しく伝えていない。
出演女優のヴァレンティーナが上映後の質疑応答で舞台に登場した際、原題の持つ意味について質問してみた。
僕は、この正しい距離というのは、閉鎖的な村に外部からやってきたマーラと村人の距離、移民であるハッサンと恋に落ちたマーラとの男女間の距離、そしてジャーナリストとしてジョヴァンニが感じている報道する側とされる側との距離と捉えていた。
彼女の返答は、自分と違うも=恐怖を感じるものとの距離をどうとるかという意味が込められているのではないかというものだった。そして、映画の結末にも関係するのだが、距離をとるのではなく、その距離を縮めるために飛び込むべきだというメッセージではないかとも語っていた。
前半のマーラとハッサンのラブロマンスと、その後急展開してサスペンスになるという映画の構成は、やや違和感があったが、イタリアの現在を伝えるという意味においては、興味深い作品であった。

ハッサンが、マーラへの募る思いを解消するために、街娼を買おうとするシーンがあるのだが、質疑応答の時に、そんなに娼婦がたくさんいるような治安の悪い村に、若い女性がやってきて、独り住まいをするという役をどんな気持ちで演じたのかという主旨の質問があった。
確かに、日本の社会で生きていると理解しがたいのかもしれないのだが、イタリアでは、各街毎に、そういう街娼の立つ通りや場所があるわけで、イタリアではいたって普通のシーンだと僕なんかは思ったのだが、イタリアという国を知らないと、映画の理解にちょっとギャップがあるのだろうなぁー感じたりもした。
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2008年04月21日

今年のドナテッロ賞は、、、

David di Donatello2008が早々と発表された。
昨年発表があったのは6月だったから、やけに早い感じだ。
Nanni Morettiが主演した話題作「Caos Calmo」は、下馬評は高かったものの、最優秀賞は逃した。
変わって、受賞したのは、Andrea Molaioli監督作品「La ragazza del lago」である。
他の受賞作についてはここ
http://www.daviddidonatello.it/schedaannoultimo.php
主なところを、ざっと訳しておく

最優秀作品賞
La ragazza del lago
(邦題「湖のほとりで)
監督Andrea Molaioli

最優秀監督賞
Andrea Molaioli
作品名La ragazza del lago

最優秀新人監督賞
Andrea Molaioli
作品名La ragazza del lago

最優秀脚本賞
Sandro Petraglia
作品名La ragazza del lago

最優秀プロデューサー賞
Francesca Cima、 Niccola Giuliano
作品名La ragazza del lago

最優秀主演女優賞
Margherita Buy
作品名Giorni e Nuvole

最優秀主演男優賞
Toni Servillo
作品名La ragazza del lago

最優秀助演女優賞
Alba Rohrwacher
作品名Giorni e Nuvole

最優秀助演男優賞
Alessandro Gassman
作品名Caos Calmo


最優秀作品賞を受賞した作品は、今年のイタリア映画祭で「湖のほとりで」という邦題で、上映されることになっている。監督も来日するようだ。
また、最優秀主演女優賞を受賞したMargherita Buyが出演した作品、Giorni e Nuvoleも、邦題「日々と雲行き」として、イタリア映画祭にて上映が予定されている。

イタリア映画際についてはここ
http://www.asahi.com/event/it08/

ここ数年、イタリア映画祭上映作品は、ほとんど見てきたのだが、今年は仕事の都合もあって、全部は見られない。
あらかじめ、イタリア人の友人にメールで問い合わせて、おすすめ作品を聞き、5作品だけは、前売券を買った。
その中に、今回受賞した2作品も入っている。
今年も楽しみだ。
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2008年03月14日

バイクが主役?

自転車には乗るけど、バイクには乗らない。
自動車もできるだけ使わないようにしている。
それでも、バイクや車が持つ魅力は感じている。
ある意味、人間が発明したメカニカルな装置に人間の可能性を見ているからかもしれない。
宮崎アニメの飛行機やらロボット、そしてハウルの動く城なんかも、そういう魅力があるのかもしれない。
ガンダムもしかりであろう。

で、イタリアで、ちょっと面白い展覧会が開かれるらしい。映画に登場したバイクを一同に集めて展示するって趣向みたいだ。
http://www.repubblica.it/2008/03/motori/motori-marzo-2008/
motori-sondaggio-moto-cinema/motori-sondaggio-moto-cinema.html

4月の12日13日に開催されるらしい。

展示されるバイクのランキング投票もネットで行われている。
http://www.repubblica.it/speciale/poll/2008/motori/moto_cinema.html

日本に紹介されていないイタリア映画に登場したバイクもあるが、有名なバイクもあるようだ。
1は、イージー・ライダーで、ピーター・フォンダが乗ったチョッパー
参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%
B8%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC


2は、モーターサイクル・ダイアリーズで、ゲバラ役の
ガエル・ガルシア・ベルナルが乗ったバイク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%
E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%8
3%BB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA


4は、乱暴者で、マーロン・ブランドが乗ったバイク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%B1%E6%9A%B4%E8%80%85

5は、世界最速のインディアンのバイク
http://www.sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/

6は、大脱走で、マックィーンが乗ったバイク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%84%B1%E8%B5%B0

7はミッション・インポッシブル2で、トム・クルーズが乗ったバイク

10は、ローマの休日で、ヘップバーンとグレゴリー・ペックが乗ったヴェスパ

と言った具合だ。

ネット投票の途中経過はここ
http://www.repubblica.it/speciale/poll/2008/motori/moto_cinema_risultati.html
イージー・ライダーとローマの休日が人気のようだ。

こういう趣向を凝らした展覧会は、なかなか面白い。
イージー・ライダーのバイクやローマの休日のヴェスパは、見てみたいもんだ。
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2008年02月01日

「アース」を見てきた。

昨日、「アース」を見てきた。吹替版だったので「earth」じゃなくてやっぱり「アース」になるんだと思う。
美しい映像に、字幕が入らないぶん、吹き替えの方がいいかもしれない。
それにしても、映画館の大きなスクリーンで見ると、ほんと地球の自然って、涙がでるほど美しい。
何万頭という動物の群れや何百万羽という鳥達の群れを捉えた映像は、本当に圧巻!
また、季節の移り変わりを定点カメラ撮影して合成したと思われる映像も実に巧みで素晴らしかった。
BBCのカメラマンたちは、やっぱりすごい。
この映像はどうやって撮ったんだろうというシーンが随所にでてくる。
NHKの「プラネット・アース」で使われた映像なんかもあったけど、やはりTVの画面で見るのと、映画の大スクリーンで見るのとでは、迫力が違った。

ミランコビッチ・サイクルについて昨日ちょこっと触れたけど、地球の地軸の傾きが、現在の地球環境にどれだけ大きな影響を与えたのかって話が、最初にあって、ミョーなところで、関連性を発見。
WWFが特別協賛しているようで、地球温暖化の問題にも触れている。

僕が行った劇場は、平日の昼間ってこともあったんだろうけど、ガラガラ。実にもったいない気がした。この映画は、是非、多くの子供たちに見てほしいと思った。
posted by tady at 15:24| ローマ ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

Caos Calmo公開へ

ナンニ・モレッティ主演(監督はしていない)の映画、Caos Calmoが2月8日に公開されることになっているみたいだ。もちろんイタリアでだけど、、、ベルリン映画祭にも出品が決まっているそうだ。

予告編やメーキングの一部がネットでも見られる。
Corriere della seraにあったメーキングは10分以上あって、制作の舞台裏が見られて面白かった。
http://mediacenter.corriere.it/MediaCenter/action/player?
idCanale=Cinema&filtro=Tutti&pagina=1&passo=5&uuid=
f326eed4-ce7a-11dc-b326-0003ba99c667&navName=1

予告編やキャストなどはここ
http://www.cinemaitaliano.info/caoscalmo

これらを見る限り、かなり原作に近い形で映画化されたようだ。
気になっているのは、ナンニが演じる主人公の娘役の少女だ。名前がBlu Yoshimiという。日系の子なのか、それとも単に名前だけなのか、調べて見たけどこれがデビュー作みたいで詳細は見つからなかった。

いずれにしても、日本での公開が決まって欲しい映画だ。ダメだったら、DVD化されるのを待って、ネットで買うしかないかな、、、
posted by tady at 16:18| ローマ ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

トルナトーレの注目作品

ジュゼッペ・トルナトーレ監督のLa sconosciuta=邦題「題名のない子守唄」が、アカデミー外国映画賞にノミネートされているんだそうだ。残念ながら僕は未見。
トルナトーレと言えば、古くは「ニューシネマ・パラダイス」、そしてモニカ・ベルッチの妖艶な魅力いっぱいの「マレーナ」が日本でもヒットした。
そして、いよいよ国際的な陣容による初監督作品を今年の末から撮り始めるらしい。
http://www.adnkronos.com/IGN/Spettacolo/?id=1.0.1772440997

タイトルは既に決まっていて「The Lady」。そのレイディーは誰かというと、ビルマ民主化闘争を闘っているスー・チーさんだという。
資金は日本とアメリカが3千万ドルを出資。キャストは今のところトップシークレットなんだそうだ。

昨年は、日本人ジャーナリストがビルマで殺害されているし、最近もパキスタンのブット元首相が暗殺されていたりする。
公開は来年になるんだと思うけど、果たしてどんな作品になり、どのような反響を呼ぶのか、大変興味があるところだ。
posted by tady at 19:58| ローマ ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

「カイト・ランナー」って?

「カイト・ランナー」って映画がアメリカでプレミアム上映され、12月14日から全米で公開されることになっているらしい。
http://www.kiterunnermovie.com/

この作品は、アフガニスタン出身のアメリカ人、Khaled Hosseiniの世界的ベストセラーの小説を映画化したものだそうだ。日本語版も「カイト・ランナー」というタイトルで昨年出版されているようだ。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BB%E3
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僕はまだ読んでいない。

公開前から既に来年のオスカーかもという下馬評も出ているようだが、公開に先立ち、映画に主演した子供たち(アフガニスタン人)を、国外に連れ出して保護しているという。
というのも、子供たちが演じたシーンの中に、アフガニスタンの原理主義者たちを批判する部分があり、子供たちに対する報復があるかもしれないという懸念があるかららしい。
http://www.lastampa.it/redazione/cmsSezioni/esteri/200712articoli/28176girata.asp

映画自体は、アフガニスタンで公開されることはなさそうなのだが、海賊版のDVDが出回ることは確実だと思われ、それを該当するグループが見た場合、報復テロがありうるという判断があるようだ。

それだけの力作ってことなんだろうが、このブログの意見は、かなり正しいように思う。
http://jiten4u.iza.ne.jp/blog/entry/413338/

真実を伝えることと、エンタテイメントによる金稼ぎの狭間で、子供たちが自分の故郷を離れなければならないという事態が生じていることを危惧してしまう。
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2007年08月30日

SiCKO

今日、マイケル・ムーアの新作「シッコ」を見てきた。
アメリカ保険医療制度を告発した映画だ。
ムーアの映画は、シリアスドキュメンタリーというよりも、エンタテイメント・ドキュメンタリーなので、作ってる部分もずいぶん感じられたけど、それでも、アメリカの保険制度と、その利用者がが置かれている深刻な状況がよく解った。
最初のシーンが、とっても痛そうなシーンで、どうなることかと思ったけど、それはやはりエンタテイメントなので、まずは掴みはOKって感じの計算された導入なんだろう。

詳しく書くとネタバレになってしまうので、これから見る人に申し訳ないので、概要のみにしておく。

カナダとアメリカを比較する部分は、彼の以前の作品でもあった手法で、国境をひとつ隔てただけで、国というのはこんなにも変わるってことがよく分かるし、政治と言うものが如何に重要であるかを痛感させられてる。

その後、イギリス、フランスとの比較が続くのだが、社会の基礎であるべき国民の健康維持を国家がきちんと行うということの大切さを痛感する。ただ、あまりにも手放しに礼讃しているのは、ちょっと気になった。アメリカ人的な単純さ故なのか、計算されたものなのか?
フランスに在住するアメリカ人の言葉が印象に残る。「フランス国家は国民を恐れており、国民に抗議されないように国家を運営しているが、アメリカは逆で、国民が国家を恐れており、国家の言いなりになっている」という話だ。長い物には巻かれろとか出る杭は打たれるということわざのある日本の状況が頭に浮かんだ。

もうひとつ、反共の国であるアメリカでは、国民皆保険の導入が、社会主義的政策であるという理由から、行われていないとこの映画は伝えているわけだが、インタビューを受けたイギリスの学者? が、民主主義により、女性参政権が認められたのと同じように、国民が平等に医療を受けられるのは、民主的なことであるという言葉も説得力があった。
ムーアの漏らす感想として、イギリスの保険制度の基礎が、第2次世界大戦直後に作られたのは、戦争により多くの被害を受けた国民の間に、アメリカの9.11直後にあったような互いに助け合おうという連帯感があったからではないかというも印象に残る。アメリカは、外国から侵略された歴史を持っていないことが影響しているのかもしれない。

ちょっとびっくりしたのは、9.11の際に、ボランティアで捜索活動や瓦礫の後片付けを行った多くの人々が、吸い込んだ粉じんなどにより、肺の病を患っているという事実だ。そして、それらの人々も、アメリカの医療制度の矛盾の中に生きている。

ムーアは、それらの治療を受けることのできない9.11の英雄たちを、船に載せてグァンタナモを目指すのだが、ここは完全に茶番だ。彼が示したかったのは、その後訪れるキューバの医療体制だろう。
キューバが医療に力を入れていることは、以前見たカストロのインタビュー映画「コマンダンテ」でも紹介されていた。
チェ・ゲバラの娘が出てきて語った言葉も、つい頷いてしまったし、高い理想を掲げることの大切さも感じた。

今のアメリカが、民主主義をないがしろにして、政治家を巻き込んで、金儲け一辺倒の資本主義をひた走っているさまが、いやというほど紹介されているが、なんだか、日本の将来を見せられているような気がしてしまった。

結構話題になっている映画のようで、ネットで検索すると、いろんな人がこの映画の感想を書いている。いろいろ読んで、実際に見ていると良いと思う。

2時間ちょっとの映画だったけど、あっという間に見終わった。
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2007年07月17日

ファーストフード・ネイション

今さらって感じのネタなのだけれど、イタリアで「ファーストフード・ネイション」が公開されるらしい。
http://www.filmfilm.it/articolo.asp?idarticolo=2545&from=titolo
これは、邦訳もされている「ファストフードが世界を食いつくす」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/479421071X/exblog-
22?dev-t=DJUT61OBEY1IR&camp=2025&link_code=xm2

って本を原作として映画化されたもので、昨年のカンヌ映画祭で上映されているそうだ。
http://hamchu.exblog.jp/3644295
僕は原作も読んでないし、映画も見ていないのだけれど、日本で公開されるようなら、ちょっと見てみたい。

ここが、英語版の公式ホームページだ。
http://www.foxsearchlight.com/fastfoodnation/

日本語で書かれたブログもいろいろあるようで、中には、「スーパー・サイズ・ミー」の方がより衝撃的っていう感想が書いてあるところもあった。

ネットでこの映画について、調べていたら、こんなページも発見。

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/b061ecf298dd12e9dd1591be4f4abb9d/24
また、こんなのもあった。
http://www.fastfoodmaps.com/index.php
これを見ると、アメリカがいかにファーストフードに毒されているのかがよく分かる。

うがった見方かもしれないけれど、なんでアメリカと言う国家が、暴力的であるのかっていう原因の一端は、もしかしたら、ファーストフードばかりを食べているからなのではないか? と思ってしまう。
日本も気をつけないと、特に若い世代の連中は、ヤバいかもしれない。

まずは、この映画が、日本で公開されることを期待したい。
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2007年07月03日

Sexy映画を見よう???

EUが、ヨーロッパ映画の普及のためのスポット広告を流しているようなのだが、そのうちの一つが、話題(問題?)となっているようだ。
http://www.repubblica.it/2007/07/sezioni/spettacoli_e_cultura/
spot-cinema-europeo/spot-cinema-europeo/spot-cinema-europeo.html

というのも、ヨーロッパ映画のセックスシーンを繋いだもので、最後に「Let's come togheter」、「毎年多くの人々がヨーロッパ映画を見ている」という字幕がでるのだ。
直接的なシーンはないものの、いろんな形のあのシーンが出てくる。
http://tv.repubblica.it/home_page.php?playmode=
player&cont_id=11357&fromplayer=11357&stream=video&showtab=Copertina

人々の注意を惹きつけるためには、こういった手法もありなのかもしれないけれど、ヨーロッパ映画ってそんなのばっかし? みたいな誤解を受けてしまう気もするのだが、、、、
そして何よりも、映画の作り手の側が、どう感じるのだろうと思ってしまった。
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2007年06月17日

コマンダンテ

オリバーストーンが撮った、フィデル・カストロへのインタビュードキュメンタリー映画「コマンダンテ」を見てきた。
インタビューは2002年2月に行われたものだそうだ。オリバー・ストーン自身がキューバに赴き、カストロに30時間に渡ってインタビューしている様子を100分にまとめてある。
劇場に入って座ると、すぐ脇にいた中年カップルが、「どうやら全編インタビューらいしいよ。それだとちょっとしんどいね」などと話しているのを耳にした。僕自身も、午前中に庭仕事などをやっていたので、きっと睡魔に襲われるだろうなと思いつつ、見始めたのだが、あっという間の100分だった。
時に、社会派監督であるストーンから、厳しい質問がなされるのだが、それをうまーくはぐらかしたり、あるいは乗せられて今まで話したことが無いということを話してしまったり、そしてなによりも、キューバ革命の理想を、80歳という年齢で情熱を持って語る姿は、実に魅力的だった。バックにはノリのいいラテン・ミュージックが流れ、キューバの歴史を振り返りながら、まったく眠くなることなく、見終えてしまった。

アメリカでは、2003年のサンダンス映画祭で一度上映されてきりで、その後は政府の許可が降りずに上映されていないそうなのだが、カストロの魅力故のことであろうと、納得してしまった。
カストロが存命中に、キューバを訪れたくなった。

政治家、あるいは独裁者としてメディアで報じられるカストロだが、この映画を見ると、彼が素晴らしい思想家であ
ることが良く分かる。
映画を見ながら考えていたのは、日本には、これだけの思想とカリスマ性を持った政治家はいないなぁーってことだった。

徹底した無神論者でありながら、人々を癒す宗教は、認めるという発言や、自分は、自分自身にとっては独裁者だが、国民に対しては、国民の奴隷であるという発言、世界を変えるには、もはや武力では無理である。あるいは、環境問題を解決しないと世界は早晩滅ぶであろう。などという発言は、政治家としてのポーズである部分もあるのだろうが、実に考えさせられる。
キューバが、第三世界への無性医療援助を行っていることは、あちこちで読んだが、この映画の中でも、カストロとストーンが、医大を訪れる場面があり、そこには、ラテンアメリカの多くの国から来た若者達が学んでいた。

スタッフなどのクレジットはすべてスペイン語。ストーンが英語で話、30年もカストロの通訳をやっていると言う女性が、即座にスペイン語で通訳し、カストロがスペイン語で答える。その内容が日本語字幕になるわけだが、字幕では伝えきれていない部分も結構あった。また、有名な作家などの文章がスペイン語字幕で出たりもして、頭の中で英語とスペイン語と日本語がゴチャゴチャになってきて、なかなか大変ではありました。
DVDにでもなったら、発言内容を確認しながら、もう一度見てみたい映画でした。
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2007年06月15日

David di Donatello賞2007発表

今年のドナテッロ賞が発表された。イタリアのアカデミー賞と言われる賞だ。

最優秀作品賞は、ジュゼッペ・トルナトーレ監督のLa Sconosciuta(邦題「題名のない子守唄」今秋公開予定)。

トルナトーレと言えば、「ニューシネマ・パラダイス」が日本でも大ヒットした監督で、知っている人も多いと思う。

最優秀監督賞も同監督が受賞している。

 

最優秀新人監督賞は、今年のイタリア映画祭でも上映された、キム・ロッシ・スチュアートが「気ままに生きて」で受している。

最優秀脚本賞は、サンドロ・ペトラーリャで、作品名はMio fratello e' figlio unico。ペトラーリャは、「輝ける青春」や「犯罪小説」の脚本を手がけた人だ。

最優秀主演女優賞は、La sconosciutaで主人公を演じたKsenia Rappoport。

最優秀主演男優賞は、Mio fratello e' figlio unicoのElio Germanoが受賞している。彼は今年のイタリア映画祭のおりに来日している。

また、イタリア映画祭で上映された「新世界」も最優秀撮影賞、最優秀衣装賞を受賞している。


最優秀外国映画賞は「バベル」が受賞。若手監督へ贈られるDavid Giovaniは、Rosso come il cielo(邦題「ミルコの光」)を監督したCristiano BORTONE が受賞している。
詳しくはここのサイトでどうぞ
http://www.daviddidonatello.it/schedaannoultimo.php
英語のページはイギリスの国旗をクリック。
 

こうしてみると、イタリア映画祭で上映された作品が3つも受賞しているわけで、今年のイタリア映画祭がとっても充実していたと感じたのは、あながち誤りではなかったようだ。

 

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2007年05月12日

コッポラ監督10年ぶりの新作

フランシスフォード・コッポラの10年ぶりの新作、YOUTH WITHOUT YOUTHが、今年の10月18日から27日にかけて開催される、第2回ローマ国際映画祭でワールドプレミアム上映されることが決まった。
http://www.repubblica.it/2007/05/sezioni/spettacoli_e_cultura
/coppola-roma/coppola-roma/coppola-roma.html

撮影は、すでに終わっているようだが、公式サイトは、またほとんどが工事中
http://www.ywyfilm.com/

ルーマニアの作家、 Mircea Eliadeの原作を元に映画化したものだそうで、公式サイトによれば、Tim Roth、 Alexandra Maria
Lara、 Bruno Ganz 、Marcel Iuresなどが出演するという。

レップブリカの記事によると、ヴェネツィア映画祭も、モレッテが初監修するトリノ国際映画祭も、目玉の作品を必死で探しているらしい。
ちなみに、ナンニ・モレッティは、今回で60回を迎えるカンヌ映画祭を記念する、有名監督による短篇映画の競作に唯一イタリア人監督として、作品を出品するんだそうだ。
そこで、どんなビッグなゲストをトリノ映画祭に獲得してくるのか、それも楽しみだ。

足を引っ張り会うのではなく、良い意味で競争してくれると、面白いことになりそうだ。
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2007年05月05日

イタリア映画祭2007 番外編

イタリア映画祭2007番外編として、初日に舞台挨拶に立った、今回来日したゲストたちを写真で紹介しときます。
3日目の座談会の後には、サイン会があって、来日ゲストのサインももらったので、それも一緒に載せときます。
アルファベット順でまずは、Agostino Ferrente
agostino01.jpgagostinosig.jpg
「ヴィットリオ広場のオーケストラ」を監督した人です。
日本での公開も決まったようなので、一般公開の時は、来日するかな? 映画は、オーケストラの音楽よりも、オーケストラを作るために集まった人々について映画いているので、チャンスがあれば、オーケストラの来日公演をしたいので、そのときに聞いてほしいと言ってました。
このオーケストラは、CDを2枚出していて、Amazonで買えるようです。
http://www.amazon.co.jp/gp/search?&index=music&keywords
=orchestra+di+piazza+vittorio&_encoding=UTF8

彼の写真だけは、開会式の時に来日してなかったので、座談会のものです。

次は、Rosso come il cielo=ミルコの光を監督したCristiano Bortone
cristiano01.jpgcristianosig.jpg
この映画も、イタリア映画祭開催前に、日本公開が決まってます。今回は、プレミアム上映ってことで、1度しか上映されなかったんだけど、子供たちの学芸会のシーンは、目をつぶってもう一度見てみたいです。
サインをもらうときに、そう言ったら、監督も、同じことを何人かに言われたと言ってました。
イタリア語が分からないと、ダメかもしれないけど、一度目を開けてみて、ストーリーを理解してから、目をつぶって見ると、イメージがもっと豊かに広がると思います。

La strada di Levi=プリモ・レーヴィの道を監督したDavide Ferrario
davide01.jpgdavidesig.jpg
座談会の時に、今度日本で映画を撮ろうかなって言ってました。
サインをもらうときに確認したら、今、思いついたんだけど、考えてみると言っていたので、もしかしたら、もしかするかも。
座談会の時に、「イタリアでは、昨年からローマ国際映画祭が始まり、ヴェネツィア映画祭もあり、トリノ映画祭もモレッティが総監督を引き受けて、国際映画祭が多すぎませんか?」という質問をしたら、「日本の人に心配してもらう問題じゃない」って回答でした。発言は、かなりきつい皮肉の込められたものが多いのですが、とってもナイーヴで優しそうな人でした。
この映画も、日本で公開されることを願ってます。現在のヨーロッパの状況を、ロードムービーというスタイルで、人々の視点から描いています。

N Io e Napoleone=N 私とナポレオンに主演したElio Germano
elio01.jpgeliosig.jpg
「犯罪小説」のも、一番下っ端のヤクの売人役で出てました。
若いけど(1980年生まれ)キャリアは長いそうです。
これからが楽しみな俳優ですね。

今回は、カイマーノの主演女優ってことで来日のJasmine Trinca
jasmine01.jpgjasminesig.jpg
唯一の女性ゲストでした。いかにもローマっ子って感じで、とってもフランクな印象でした。
「犯罪小説」で恋人役を演じたKim Rossi Sturatと仲良さそうでした。
jasmine_Kim01.jpg
舞台挨拶や座談会での発言と、スクリーンでの演技との落差が、良い感じでした。
これからが楽しみな女優ですね。

今回の映画祭で、来日ゲストがいる作品としては一番最初に上映されたAnche libero va bene=気ままに生きての監督・主演と「犯罪小説」で主演した、Kim Rossi Sturat
kim.jpgkimsig.jpg

イタリアでは、Scamarciの人気が高いようですが、彼のいい男です。
気ままに生きての原題のliberoは、サッカーのリベロのことです。
この作品が初監督作品だったのですが、監督をしたことで、役者としてのものの見方も大きく変わったと座談会で言ってました。

オムニバス作品All th invisible children=それでも生きる子供たちへのプローデューサーであり、ナポリの子供を描いた作品Ciroの監督もしたStefano Veneruso
stefano01.jpgstefanosig.jpg

この映画も日本公開が決まっています。切なくもあり、元気ももらえるそんな映画です。
機会があったら是非ご覧ください。

番外編の番外として、初日の開会式の時に来日中で挨拶をした、イタリアの家族問題担当のRossi Bindi大臣。
rossibindi01.jpg

日本映画のオズの作品(小津安二郎)の作品に描かれるような家族が大切なんだっていう、なかなか良い挨拶でした。

来日したゲストが出ている、あるいは監督している作品以外含め、今回は実に内容の濃い作品が多かったです。
「カイマーノ」と「星なき夜に」は、是非日本でも公開してほしいもんです。
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2007年05月02日

イタリア映画祭2007 4日目パート5

長編4本目は、All the invisible children=それでも生きる子供たちへ
オムニバス作品で7人の監督が、子供たちの現在を描いた短編で出来ている。
イタリア映画祭で上映となったのは、この映画をプロデュースしたのが、イタリア人のStefano Venerusoだったから。
ユニセフとWFP(国連世界食糧計画)がスポンサーとなっている。
既に、日本での一般公開も決まっているので機会があったら、是非見てほしい。
日本ユニセフ協会のサイトでは、触れられていないが、WFPのサイトには、ちょっとだけ宣伝がでている。
http://www.wfp.or.jp/
というわけで、ネタバレにならないように、簡単な紹介だけ。
7人の監督とその作品は次の通り。順番は監督の名字のアルファベット順となっている。これは、子供の現実を描いた作品を作ってほしいという依頼をし、内容は、監督自身に任せたため、オムニバスといっても、作品の間にストーリーとしてのつながりはないので、単純にアルファベット順にしたと、今回、来日したVeneruso氏が言っていた。

Mehdi Charef監督 Tanza
これは、タンザという名前の少年兵の話。ルワンダの内戦で、少年兵となったタンザが、敵対する部族の村に進入し、学校に爆弾を仕掛けるという任務を遂行することになるのだが、、、、
監督はアルジェリア出身

Emir Kusturica監督 Blue Gypsy
窃盗で少年院に入っている主人公が、刑期を終えて娑婆にでてくるのだが、そこに待っているのは、盗みを生業としている両親と兄弟たち、本当は理容師になりたいのだけれど、結局盗みに手を染め、、、、
監督は、旧ユーゴスラビア出身

Spike Lee監督 Jesus Children of America
湾岸戦争の後遺症に悩み、麻薬中毒患者となった父親。そしてその父親からエイズに感染し、自らも麻薬中毒となってしまった母親。そんな良心を持つ、エイズに感染して生まれた女の子が、主人公。
監督は、言わずとしれたアメリカ出身

Katia Lund監督 Bilu' e Jao
ブラジルのサンパウロに生きる幼い兄弟の日常(金を稼ぐための努力)を描いた作品
監督は、ブラジル出身

Jordan Scott & Ridley Scott監督 Jonathan
戦場カメラマンであるJonathanは、戦場での記憶にさいなまれている。気持ちを変えようと森に散歩に出かけると、、、
Ridley Scottも説明は必要なでしょうね。イギリス出身

Stefano Veneruso監督(この作品プロデューサーでもある) Ciro
盗みを働きながら、ナポリで暮らす少年Ciroの日常を描いた作品

John Woo監督 桑桑(ソンソン)と小猫(シャオマオ)
裕福な家庭に生まれ、ピアノを習い、人形に囲まれ、なに不自由ない生活をしている少女桑桑。しかし、両親は、男に愛人がいることで、離婚の危機にある。その空気を敏感に感じ取った彼女は、やり場のない気持ちを人形にぶつけ、車の窓から人形を捨てる。
捨て子として、老人に拾われ、屑拾いを手伝いながら、学校行くことを夢見て生きる小猫。
老人は、小猫を拾ったのと同じ場所で、桑桑の捨てた人形を拾い、小猫にプレゼントする。
しかし、老人は交通事故に遭い、、、
この監督も有名なんで必要ないかもしれないけど、中国出身

最初の2本は、いわゆる先進国の洗練された映画を見慣れた目には、稚拙に映るかもしれない。しかし、それに込められているメッセージは、実に重い。
Spike Leeの作品は、短編でありながら、アメリカという国がおかれている現実を、これでもか! ってほどに描き出す。とっても重く、切ないのだけれど、主人公の女の子が、その現実に立ち向かおうとするラストは、おい、大人たち、しっかりしろよ!と言われているような気がする。
ブラジルのLund監督作品は、子供たちのたくましさに脱帽。
Scott監督作品は、内容は重いのだけれど、ちょっと技巧に走りすぎかな?
今回、来日もしていたVeneruso監督作品は、Ciroの見せるあどいけなさと寂しさが印象的。でも、こういった子供たちが、「犯罪小説」の主人公たちに、いかに近いところにいるのかって現実も突きつけられる。
Woo監督作品は、豊かさってなんなのだろう?ってことと、生きるという意味を考えさせられる。それにしても小猫の笑顔が、切なくて切なくて、、、

4日目は、本当に内容が濃かった。どの作品も、機会があったら、是非見てほしいと思う。
そして、グローバル化とそれによる矛盾をそれぞれ別のスタイルで提示している。しかし、そこにあるのは、ロードムービーが描く、それぞれの場所にそれぞれの価値観があり、そこに新たな発見と希望があるってことのような気がする。

ヴィットリオ広場のオーケストラの多民族(マルチエスニック)も、ローマを舞台にしながらも、世界中を旅しているし、星なき夜の中国の旅、プリモ・レーヴィの道のヨーロッパの旅、それでも生きる子供たちへの世界各地の子供たちに寄り添う旅。

イタリア映画が、というか、イタリアの映画人が、いかに世界を見据えながら、仕事をしているのかってことを目の当たりにした気がする。
そして、その視点は、決してアメリカのハリウッド映画が、世界市場相手に作品を作っているのとは違い、むしろ、イデオロギーや国家を超えて、世界の個々人を見ようとしているようだ。
星なき夜にの中で、主人公のイタリア人技師が、中国人の通訳の女性に、どうしてイタリア語を学んだのかを聞くシーンがある。
その答えは、イタリア語はマイナーな言語だから、成績が優秀でなくても、その言葉を専攻すれば大学に行けたからというものだった。
世界の公用語と言われる英語ではなく、マイナーな言語であるイタリア語を話しているからこそ、見えてくる世界があるのかもしれない。

これで、プレミアム上映の「カビリア」と「マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶」を除いて、全作品見たことになる。
かなーり疲れたけど、今回は、実に実に、良い作品が多かった。
今から来年が楽しみだ。
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イタリア映画祭2007 4日目パート4

長編3本目は、La strada di Levi=プリモ・レーヴィの道
これは、アウシュビッツから生還したイタリア人作家である。プリモ・レーヴィのアウシュビッツから出身地であるトリノまでの帰還の道程を辿る旅を映画化したロードムービーだ。
監督は、Dopo mezza notte=トリノ、24時からの恋人たちをとったDavide Ferrario。
彼は今回も来日していて、座談会や舞台挨拶でも、ユーモアとウィットとアイロニーいっぱいの発言をしていた。
それは、映画の中でも十分に発揮されていて、見ていて思わず笑ってしまった。

アウシュビッツから始まる映画撮影クルーの旅の映像に、レーヴィの言葉がナレーションとして重なる。
60年という時を経て、映し出される映像と、当時の帰還の様子を描いたレーヴィの作品「休戦」からの言葉が、何の違和感もなく、むしろ、現在の姿を言い当てているようにナレーションとして語られるのに、奇妙な感覚を覚えた。
映画は、ソ連の崩壊やチェルノブイリ事故、新ナチス主義の台頭などを盛り込みつつ、現在をも描いているのだが、僕らはいったい、本当に戦争という悲惨な経験をきちんと認識し、進歩してきたんだろうか? あるいはまた、進歩と言われるものが、本当に幸福をもたらしたのだろうか? と。

ベラルーシで撮影中に、撮影クルーは、警察に一時身柄を拘束される。その地域は、昔ながらのソ連のやり方が色濃く残っているところで、KGBによって、監視されていたのだ。結局、すぐに釈放されるのだが、それ以降、監視員が常に同行することとなる。
監督は、その様子を、そのまま映し出していくのだが、この辺が、Ferrarioならではの、実に皮肉っぽく、かつ本質を捉えているのが、痛快だ。

直前に見た、Amelioが、発展する中国社会の内実を描き出しているとすれば、こっちは、ソ連崩壊後の東欧を描いていて、はからずも「共産主義」の表と裏