2006年12月28日

モレッティ、トリノ映画祭の芸術監督に

Nanni Morettiが、来年のトリノ映画祭の芸術監督に就任することになった。
http://www.lastampa.it/Torino/cmsSezioni/CINEMA/200612articoli/665girata.asp
次回からは、組織形態が変わって、国立映画博物館の主催となるらしい。これまで主催していたジョヴァンニ映画協会とは、なんらかの確執があったらしい。
国立映画博物館のサイトは
http://www.museonazionaledelcinema.org/index.htm

8月下旬から9月にかけてはヴェネツィア映画祭、10月にはローマ映画フェスティヴァル、そして11月にはトリノ映画祭とイタリアは秋になると、毎月のように国際映画祭が開催されている。
トリノ映画祭は、実験的映画に重きをおいている映画祭だが、モレッティは、それを損なわないように、ヴェネツィアやローマと肩を並べることができるような、映画祭にしたと語ったようだ。
秋にイタリアに3ヶ月滞在して映画三昧の生活なんていうのを送ってみたいものだ。

posted by tady at 12:23| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

硫黄島からの手紙

先週見ようと思ったのだけれど、時間がなくて、今日ようやく見てきた。
既に、マスメディアにもいろんな映画評が出ているので、いまさらここに書かなくてもいいかもしれないのだけれど、、、

全編日本語で、最後のクレジットがでるまで、これがアメリカ映画? って感じの作品だ。時々台詞が日本映画じゃないなってところもあったりするんだけどね。捕虜になったアメリカ兵が死亡し、持っていた母親からの英文の手紙を、英語の分かる将校が読みながら訳す場面で、犬がフェンスの下を掘って逃げたというところなどは、当時「フェンス」なんて言葉はなかったんじゃないだろうか? なんて思った。
淡々と描かれる場面が一転するのは、米軍の空爆が始まるところから。お金をかけたハリウッド的大スペクタクルが始まったなぁーって思ったのだけれど、描写はあくまでも淡々と実際の戦場とはこういうものなのかもしれないと思わせる説得力のあるものであった。
最初は頼りなく見えた二宮和也が演じる西郷はとってもよかった。戦争という不条理に自分の意志とは関係なく巻き込まれてしまう市井の人を実に良く演じていたと思う。
映画は、これって白黒映画? と思うほどモノトーンで、鮮やかな色は、爆発する炎と銃弾、そして流れ出る鮮血のみ。小笠原を訪れた人なら分かると思うけど、あの素晴らしい海の青さや空の青さは微塵もない。きっと、戦場の兵士たちの目には、海の色も空の色も自然の美しさも関係なかったのかもしれないと思ってしまった。
渡辺謙が演じる主人公の栗林中将は、アメリカの留学経験もある人格者として描かれている。
かつて、太平洋の島々における日本兵についての英文の文書をちょっとだけ読んだことがあるのだけれど、その中にも、良い意味で島民たちが未だに語り継いでいる日本兵の名前があったりした。戦争という極限状況の中で、人間として正しくあろうとする人がいたということだ。
この映画を見て、改めて人間としての尊厳とはなんなのか? それを奪い取ってしまう戦争とは何なのかを考えてしまった。
今僕が、この映画で描かれているような状況になったとしたら、どこまで自分自身でいられるのか、全く自信がない。
教育基本法の「改正」が国会を通過してしまったけれど、もしかしたら、じわじわと映画のような状況に僕らは追い込まれようとしているのではないか? とも感じた。

イラク戦争を抱えているアメリカにおいて、これほどの反戦映画が作れるってことも、またアメリカ映画なのに全編日本語で映画を作ってしまうってことも、アメリカの懐の深さなのかもしれないと思ってしまった。日本でこんな映画はできるのだろうか?
そうそう、ロバート・レッドフォードの撮った、アメリカが未だに経済制裁を行っているキューバ革命の主人公のひとりであるチェ・ゲヴァラの若き日々を描いた「モーターサイクルズ・ダイアリー」もアメリカ映画でありながら、全編スペイン語だった。
アメリカって国は好きじゃないし、ましてや今のブッシュ政権なんて「悪の権化」だと僕は思っているけれど、世界に一大革命をもたらした68年の学生運動やヒッピー・ムーヴメントを生み出したのもアメリカだったりするわけで、その良質な部分を見せてもらったって感じの映画だった。

映画のタイトルは「Iwojima」になっていて、僕は「いおうとう」って発音すると思っていたんだけど、昨日の小笠原関係のオフ会での話では、やはり小笠原諸島の「硫黄島」は「いおうとう」が本来の呼び方だって話だった。
posted by tady at 22:34| ローマ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

父親たちの星条旗(Flags of Our Fathers)

ひどい戦争の映画でした。銃弾に貫かれた肉体から血飛沫が上がり、内臓が飛び出し、腕や足がちぎれ、生首が転がる。
でも、とっても良い戦争映画でした。戦争とはなんなのか、最前線で戦う兵士たちの姿ばかりではなく、その後ろにいて戦争を操っている政治家たちが良く描けていました。
実は、この映画については、だいぶ前から小笠原関係の人たちの間で噂になっていました。硫黄島は、小笠原諸島最南端に位置する島だし、小笠原にいた日本兵の数多くが、硫黄島に行き、戦死したからです。
クリント・イーストウッドの映画は、あまり好きではありません。暴力シーンが多く、人がたくさん死ぬし、いかにも男の映画って感じがするからです。
この映画でも、実にたくさんの人が死にます。でも、虚構でありながら、戦争における死とはなんなのかってことを描くためには必要なシーンでした。
製作はスティーブン・スピルバーグです。彼が撮った「プアイベート・ライアン」も戦闘シーンのリアルさが話題となりました。今回もその姿勢が現れていたのかも。脱線するけど、イタリアの映画監督&コメディアンのロベルト・ベニーニの「虎と雪」でも、イラク戦争の戦闘シーンが出てくるんだけど、それも「プライベート・ライアン」の特殊効果スタッフが加わっていたそうです。

一枚の写真が社会を変える。でもそれが嘘だったら?
まだ、映画を見ていない人には、種明かしになってしまうので、詳しいことは書きませんが、メディア操作によって、大衆が操作されてしまう怖さも描かれています。
興味深いのは、アメリカ映画のヒーローであるクリント・イーストウッドが、自らを否定するような、あるいは冷徹に見るめるような台詞が最後に出てくるところです。
そして、どうしてもダブってしまうのは、ブッシュ政権とイラク戦争という、今現在の問題です。

村上龍が主催するJMM(Japan Mail Media)ってメーリングリストに参加しているんだけど、10月28日のメルマガにこの映画が取り上げれていました。中間選挙の時期にこういう映画が公開されるってことがどんな意味を持っているのか、そしてイーストウッドはどうしてこの映画を作ったのかってことが書かれています。

この映画は、硫黄島二部作として製作された第一作目で、12月にはその2作目、「硫黄島からの手紙」が公開されます。
アメリカ人であるイーストウッドがどの程度まで当時の日本について、戦争を美化することなく、描いているのか、大変興味があります。

イラク戦争の当事者国の片方として、現在のアメリカのあり方を問う形で、アメリカ人がこういう映画を作るっているのに対して、日本映画界は、今の日本の状況について、問いかけることができるような、考えさせるような映画を撮ることが出来るのだろうか? と疑問がわいてきます。

そう、予備知識として、主人公の一人が、アメリカ先住民なんですが、酒におぼれるシーンがたくさん出てきます。これは、アメリカ先住民はアルコールに対して耐性がなく、アルコールにやられやすい体質であるってことを頭に入れて見てください。
アラスカのイヌイットや米国の居留地におけるアメリカ先住民のアルコール中毒は社会的な問題となっていますが、これもアルコールを持ち込んだ白人が、本当の元凶だったりします。

大変重い映画だし、目を背けたくなるような残酷なシーンも出てきますが、お薦めしたい映画です。
posted by tady at 21:02| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

ローマ国際映画祭終了、さて

ローマ国際映画祭が終了した。
最優秀賞は、ロシアのKirill Serebrennikov「Izobrajaya Zhertvy / Playing the Victim
主演女優賞は、Robert Guédiguian監督作品「Le Voyage en Arménie / Armenia」に主演したAriane Ascaride(BNL=Banca Nazionale del Lavoroがスポンサー)
主演男優賞は、Alessandro Angelini 監督作品「 L´ aria salata」に主演したGiorgio Colangeli(商工会議所がスポンサー)
審査員特別賞は、Shane Meadows監督作品「This is England」
詳細は、英語だけどここで読めます。
http://www.romacinemafest.org/internoeng.asp?id_dettaglio=1203&id=67&sezione=News

で、僕が気になっているのは、第1回目が成功だったのか失敗だったのかってこと。開催前から、ヴェネツィア映画祭との間で論争があったり、開催期間中には、ローマで地下鉄事故があったりで、本当のところはどうだったのかな?って思うからだ。現地に入れば、実感として分かることなんだろうけど、残念ながらサイトの情報に頼るしかない。
とりあえず、レップブリカの報道を見てみた。
http://www.repubblica.it/2006/10/sezioni/spettacoli_e_cultura/cinema/roma/bilancio-festa/
bilancio-festa/bilancio-festa.html
チケットの総数が10万2千枚(うち販売されたのが5万6千枚で、残りは委託扱いで、まだ分からないみたい)。
8日間の開催期間中にメイン会場を訪れた人のは48万人(チケットの数とぜんぜん合わないんだけど、、、、)
ジャーナリストの数は1700人
映画業界の外国人ディーラーが350人

第1回目ってことで、トラブルも色々あったみたいだけど、ローマ市長のヴェルトローニは、第1回にして、国際的に認知される映画祭となったってご満悦のようだ。
大掛かりなお祭りも良いけれど、個人的にはもう少し小規模で落ち着いた映画祭が良いのでは?って思ってしまう。
来月11月の10日から18日にかけて、トリノ・フィルム・フェスティバルが開催される。
http://www.torinofilmfest.org/home.php?lang=eng
昨年の最優秀賞は、日本の自主制作映画「美式天然(うつくしきてんねん)が受賞している。僕はまだ、見てない作品だけど、日本でもマイナーな作品をきちんと見て、評価しているってことに感心する。
トリノを舞台とした映画が現在公開中だ。
http://www.crest-inter.co.jp/torino24/index2.html
この映画を見ると、なんとなく、トリノって町が持つ文化に対する姿勢が分かる気がする。
ハリウッドの特撮満載のエンタテイメント映画も嫌いじゃないけど、どっちかって言うとこういう映画のほうが好きだ。

posted by tady at 22:53| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

ミラクルバナナ

昨日、久しぶりに映画を見た。夕方から新宿で飲み会があり、その前にどこかで映画でも見ようと思っていた。「太陽」にしようか「ヨコハマメリー」にしようか、それともやっぱり「ゲド戦記」を見ておくべきかといろいろ迷ったが、ネットで調べていたら、面白そうな映画があったので、それを見ることにした。シネマート六本木で上映中の「ミラクルバナナ」。
公式サイトはここ
http://www.miracle-banana.com/
ハイチで、バナナから紙を作るって話なんだけど、見終わって、久々に見てよかったなって思える作品だった。
いかにもとってつけたような台詞回しや、演技としては今ひとつって感じのシーンもたくさんあったけど、映画全体に流れる、思いを伝えようとする意思みたいなものが、きちんと一本筋が通っていた。映画という作り物の世界だけれど、現実から目をそらさないっていう姿勢も好感が持てた。
この間、来日していた客人たちを連れて見に行った、グローバルフェスタ(日比谷公園)にも、ハイチのブースがあった。フランス語の出来る客人が、ブースの中のハイチ人としばらく話し込んでいたが、政情不安定な国で、なかなか帰国できないと語っていたそうだ。
そんな国を舞台に、むしろそんな国だからこそかもしれないが、夢を語り、それを実現しようとする映画を撮ったってことに、意義があると思う。
機会があったら、見てみてください。
posted by tady at 19:34| ローマ | Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

モレッティCaos Calmoに主演

僕の好きな映画監督であるナンニ・モレッティが、実に11年振りに、純粋に俳優として映画に出演することになった。
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Spettacoli/2006/08_Agosto/28/moretti.shtml
作品名は「Caos Calmo」、今年のストレーガ賞をロッサーナ・ロサンダの作品と争って、勝ち残ったサンドロ・ヴェロネージの小説の映画化だ。
プロデューサーは、ドメニコ・プロカッチ。映画化にあたり、作品を読んだモレッティの側から出演の申し出があったそうで、原作者のヴェロネージも喜んでいると言う。
監督は、アントネッロ・グリマルディで、モレッティも一緒に、この映画にもっともふさわしい監督は誰かって話し合いを進め、彼に決定したそうだ。
モレッティは脚本にも協力するらしい。
詳細はまだ未定のようだ。小説ではミラノが舞台だが、映画化に当たっては、もっともふさわしい町を現在選定中と記事にはあった。
完成するまでには、時間がありそうだから、原作を取り寄せて、読んでみようかな。
posted by tady at 05:41| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

ヴェネツィア映画祭06プログラム詳報+α

第63回ヴェネツィア映画祭のプログラムの詳細が発表になった。
http://www.labiennale.org/it/cinema/mostra/programma/
英語のページは
http://www.labiennale.org/en/cinema/festival/program/
出品された日本の作品については、既に報道があったので、そっちをどうぞ。
http://www.asahi.com/culture/update/0728/001.html?ref=rss

で、今回の注目は、オリバー・ストーンの新作かな
Oliver STONE World Trade Center Usa - 129’

Nicolas Cage, Michael Pena, Maggie Gyllenhaal, Maria Bello


あと、Storia segreta del cinema italiano / 3 (イタリア映画秘史3)として、今年、生誕百年を迎える3人の監督の作品が、上映される。
3人とは、ロッセリーニ、ソルダーティ、ヴィスコンティだ。
「無防備都市ローマ」や「われら女性」などの修復されたフィルムが上映されるようだ。


ヴェネツィア映画祭終了後、今度はローマで初めての本格的な国際映画祭がスタートする。期間は10月13日から21日まで。
 Cinema. Festa Internazionale di Roma (13-21 ottobre 2006)
これは、ヴェネツィア・ビエンナーレ財団の協力の元、ローマ音楽財団が中心になって進められているもので、現文化資産・文化活動大臣のルッテリもバックアップしているみたいだ。
映画の都ローマに、国際的映画祭を誘致しようと言うのが動機のようで、ローマ市長のヴェルトローニが実行委員長になってる。
リッテリはヴェルトローニの前の市長だし、結構リキが入っている感じ。
審査委員会も、一般公募で候補者を募り、審査委員長のエットーレ・スコラなどが人選を行って構成されているらしい。
公式サイトはここ
http://www.romacinemafest.org/
世界初公開の新作ばかりを集めるって言うのが目玉みたいだ。
まあ、1回目ってことで、ふたを開けてみるまではわからないけれど、チネチッタなんかも全面協力みたいだし、ちょっと興味あるかな。
posted by tady at 14:51| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

Box Officeランキング

イタリアはかなり暑いらしくて、普通でも夏場は入りがよくない映画館が、さらに入場者数を減らしているとか。
もう暑くてどこにも出かけたくないってことのようだ。
そんな記事の中にBox Officeのランキングが出ていた。僕は知らなかったんだけど、いろいろな国の映画のランキングがわかるサイトらしい。
で、アクセス!
http://www.boxofficemojo.com/intl/
やはり、アメリカ映画がトップのところが多い。「カリブの海賊」と日本では9月に公開予定の「ワイルドスピード3・東京ドリフト」が各国でトップみたいだ。
http://www.wx3.jp/top.html
イタリアのランキングを見たら、僕の観そこなった「キャシャーン」が初登場10位のランキングだった。
韓国では話題の「韓半島」が1位。エジプトは、タイトルからは想像が付かない映画が上位に並んでいた。
独自の映画文化を持つインドが入っていないのがちょっと残念。それでも、ランキングを眺めていると、結構楽しめた。
posted by tady at 14:31| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

ヴェネツィア映画祭2006開幕作品決まる

8月30日から開幕する今年のヴェネツィア映画祭の最初の上映作品が決まったようだ。
http://www.repubblica.it/2006/06/sezioni/spettacoli_e_cultura/
venezia-2006/apre-dalia-nera/apre-dalia-nera.html
ブライアン・デパルマ監督の「黒いダリア」がそれ。
ワールドプレミアムとして上映されるらしい。
ノワールな作品ってことらしいが、実際にあった事件を題材にしているみたいだ。
黒いダリア事件については、こんなページがあった。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/blackdahlia.html
これを読んだだけで、僕は引いてしまった。
デパルマは確かにこういう傾向の作品を多く撮っているので、それはそれで良いんだけど、はっきり言って、僕の趣味ではない。
グラマーな美人女優が二人出ているとイタリア語の記事に出ているけど、僕は遠慮したい。
posted by tady at 22:19| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

恋愛マニュアル2詳報

今年のイタリア映画祭で上映された「恋愛マニュアル」のパート2が製作されることになったという情報は、既に書いた。
その後の詳しい話が、イタリアのサイトに出ていた。
http://www.repubblica.it/2006/07/sezioni/spettacoli_e_cultura/veronesi-manuale-amore/
veronesi-manuale-amore/veronesi-manuale-amore.html

http://news.castlerock.it/news_cinema.php/id=2303

日本では「恋愛マニュアル」自体、まだ一般公開されていないので、情報としては早すぎるかもしれない。また、
映画を見る前に、いろいろと情報を仕入れてしまうのは邪道だという考え方もあるだろう。けど、パート1がとっても面白かったので、ついついパート2も期待してしまう。
と言うわけで、ちょっと速報。

いくつかのイタリア語記事から、内容をまとめてみた。

Manuale d'Amore 2
スペインのバルセロナで撮影が始まった。

4つのエピソードからなる
Eros
Maternita'
Il matrimonio
L'amore estremo

Eros
Riccardo Scamarcio演じるNicola(交通事故で半身不随)
Monica Bellucci演じるLucia(物理療法士=いわゆる妖婦)
Nicolaは、Luciaに魅了されてしまう。
Giovanni Veronesi監督によると、Luciaが、半身不随のNicolaの股間に妖しく手を伸ばすシーンでは、Scamarcioの瞳は、Bellucciの微笑みに拮抗するものだそうだ。このパートは、7月下旬にローマで撮影される予定だとか。

Maternita'
Fabio VoloとBarbora Bobulovaが夫婦役を演じる。
今回の撮影は、このエピソードから始められたようで、舞台はバルセロナ。
Fabio Volo演じる夫は、「住んでいるところの政治的社会的混乱のせいで、精子が腰抜けになってしまった」ってことで、人工授精のために、妻であるBobulovaとともにスペインにやって来る。
妻はホルモン療法やヴァジャイナ・スコープやら新しい医療技術でいじり回され、まるでエイリアンとセックスをしているような状況に追い込まれるとか。
夫の方は、治療により元気になり、妻はめげてしまうが、二人の関係はより親密になっていくそうだ。笑いのシーンとしては、夫の精子を取るシーンで、ポルノを見るのを拒否し、スペインの新聞EL Paisを手にするのだが、その新聞に載っていた唯一の女性の写真はモナリザだったという落ち。

Il matrimonio
Sergio RubiniとAntonio Albanese演じるゲイのカップルが、結婚して、養子を沢山もらいたいという夢を叶えるべく、それが認められているスペインへやって来るという話。

L'amore estremo
Carlo Verdone演じる結婚生活に疲れた50過ぎの中年男が、28歳の若い女性に恋をする話。
当初、この若い女性役には、Penelope Cruzが予定されていたが、スケジュールが合わず、Paz Vegaが演じることになるだろうとのこと。

全作では、「恋愛マニュアル」のCDの録音をしていた女性が、狂言回しの役をしていたが、今回は、ラジオDJのClaudio Bisioがその役回りを演じるそうだ。

イタリア社会でも問題となっている交通事故や人工授精、ゲイの結婚など、社会問題がチリバメられているようで、コメディの中にもピリっとしたスパイスが効いた作品という感じみたいだ。
撮影はおよそ10週間ってことなので、今年の末か、来年の初めには一般公開になるんじゃないだろうか? 日本にはいつ来るのかはわからないけれど、、、、
posted by tady at 14:27| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

第63回ヴェネツィア映画祭審査委員決まる

今年のヴェネツィア映画祭の審査委員長にカトリーヌ・ドヌーヴを迎えることは、先日紹介したが、審査員6名が新たに発表された。
スペインの監督・脚本家Juan Jose' Bigas Luna
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%
83%BB%E3%83%AB%E3%83%8A

ポルトガルのプロデューサーPaulo Branco
http://cinema.intercritique.com/person.cgi?pid=7960

アメリカの監督・脚本家・プロデューサーCameron Crowe
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%
83%A3%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3
%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A6

ロシアの女優Chulpan Khamatova
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=288556

韓国の監督・脚本家Park Chan-wook
http://movie.goo.ne.jp/cast/183484/index.html

イタリアの俳優・監督Michele Placido
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=43594

という顔ぶれ。
ビガス・ルナって「おっぱいとお月様」の監督なんですね。見たいと思ったけど、観そこなっている。
パウロ・ブランコは、ヴェンダースの「リスボン物語」のプロデューサーなんですね。あの映画はよかった。
キャメロン・クロウは、最近ヒットした「エリザベスタウン」の監督
チュルパン・ハマートヴァ、この女優さんは知りませんでした。
パク・チャヌクは「JSA」の監督。いい映画でした。
ミケーレ・プラチドは、イタリアの有名な俳優ですが、監督として「
Romanzo criminale」で今年のドナテッロ賞を受賞してます。

なかなか面白そうな顔ぶれ、後はどんな作品が出品されるかですね。


posted by tady at 16:10| ローマ | Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

Moretti、9月から新作にとりかかる

Il Caimanoをまだ見ぬうちに、次回作の話が出てきてる。
http://www.repubblica.it/2006/07/sezioni/
spettacoli_e_cultura/moretti-altro-film/moretti-altro-film/
moretti-altro-film.html
Estate Romanaが今年も始まっているのだが、
http://www.estateromana.comune.roma.it/
イベントが多すぎて、紹介するのを躊躇していた。
そうしたら、この夏祭りの一つであるシネマ上映会で、「赤いシュート」と「Il Caimano」が上映されるにあたって、モレッティが挨拶に立ち、9月から新作に取り掛かると表明。今後は、長い間を置かずに、映画を撮っていきたいと語ったそうだ。
また、間もなく「Il Caimano」のDVDも発売になるとか。売り出されたら、早速注文して取り寄せようかと思っている。

モレッティに関するニュースが先日も出ていて、
http://www.corriere.it/Primo_Piano/Spettacoli/2006/06_Giugno/30/porro.shtml
彼が行っていた映画祭が、今年は中止に追い込まれたって話。
ベルルスコーニが、オーナーの映画配給会社Medusaが、映画の貸し出しを拒否したため、予定していた作品の大半が上映できなくなったためだそうだ。
ナンニ・モレッティは、「Il Caimano」で、ベルルスコーニを批判したので、その意趣返しだと言っているようだが、真相はわからない。
posted by tady at 06:52| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月30日

誰が電気自動車を殺したのか?

Who Killed the Electric Car?
もう既に、日本語の一部のサイトでも話題になっている映画のようですが、6月28日から全米公開が始まったようです。
サンダンス・フィルムフェスティバルでも上映されて話題になったらしい。
GM=ゲネラル・モータースが開発したEV1という電気自動車が、市場から姿を消してしまった謎を解いて行くってドキュメンタリーだそうです。
その裏に在るのは、石油メジャーの影。という事は、9.11やアフガンへの侵攻、イラク攻撃の後ろに在ったと言われるものと一緒。
公式サイトはここ
http://www.sonyclassics.com/whokilledtheelectriccar/
最初にトレーラーが流れるけど、雰囲気としては、9.11に近いものが在る。enterから中にはいると、フラッシュでじつによく作られたページが開かれる。自動車の歴史や、現在の環境に優しいと言われる車についての詳しい説明があって、へーっと思いながら、思わず読み始めたんだけど、きりがないので途中でやめにした。時間の在る人はじっくりとみるといいかも。
話題になれば、日本公開も在るかもしれません。ちょっと期待。
それにしても、9.11とかスーパーサイズミーとか、この映画とか、ドキュメンタリー・エンタテイメントとでもいうのか、新たなジャンルが出てきつつあるのかな? とか思います。
posted by tady at 04:42| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

"Manuale d'amore 2"製作決定

イタリア映画祭で、人気のあった「恋愛マニュアル」の続編が製作されることになった模様。
http://www.jugo.it/modules.php?name=News&file=article&sid=3546
2には、モニカ・ベルッチやペネローペ・クルスが出演することになっているそうだ。
主人公があまりにも美しすぎるのは、いかがなものかと思うのだが、、、、
7月から撮影に入り、来年2007年1月20日に公開される予定だという。
それにしても、イタリアでも「恋愛マニュアル」がヒットしたってことは、イタリア人の恋の駆け引きも、以前ほど巧みではなくなってきたってことなのだろうか?
posted by tady at 17:07| ローマ ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

ついに見た。la tigre e la neve

昨晩、イタリア映画祭の会場で購入した、ロベルト・ベニーニの新作「La tigre e la neve」を、発泡酒を飲みながら、パソコンで鑑賞。いやー、なかなか良かった。トム・ウェイツがこの映画のために書いたオリジナル曲も良かったし、ニコレッタ・ブラスキが、とっても可愛かった。そして、ジャン・レノがまた良い。ベニーニは、相変わらずだけどね。(^_^)
聴覚障害者のために、字幕が出るようになっていて、イタリア語で話される会話をイタリア語の字幕で読むというのを初体験した。イタリア語の良い勉強になる。
イラク戦争のシーンは、プライベート・ライアンなどで、戦闘シーンを担当した人が参加したとかで、かなり迫力あるシーンが見られる。インタビューも収録されているのだけれど、ストーリーをより説得力のあるものにするのに、なるべくリアルな戦闘シーンを心がけたとプロデューサーでもある、ニコレッタ・ブラスキが言っていた。
印象に残ったのは、ニコレッタ演じるヴィットリアが、生死の境をさ迷っているベッドの脇で、ベニーニ演じるアッティーリョが、神に祈るシーンがあるんだけど、アラーに対して、僕はいつもキリスト教のお祈りしかしてこなかったのでそれしかできないけど、神様はわかってくれるよね。ってなことを言っているシーン。ベニーニのイスラムに対する偏見のなさが、如実に現れていると思った。
アッティーリョは、イラク人とともに、アメリカ兵に捕まって、収容所みたいなところに入れられるんだけど、そこで「アイ・アム・イタリアン」と英語で叫び続けるシーンがあって、これも、イタリア人であるというアイデンティティを主張する、愛国主義的発想というよりも、同盟国であるはずのイタリア人さえ捕まえてしまう米軍に対する皮肉になっていたような気がする。
実に重いテーマを、恋愛話仕立てにして、笑いをちりばめ、ベニーニ流に表現しているのだけれど、決して軽薄にはならずに、テーマの重さが伝わってくる。ジャン・レノ演じるイラク人詩人の最後が、ズンとくる。

DVDにはカットされたシーンも収録されていて、かなりいろいろ楽しめる。
もう一度、時間があるときに、ゆっくりと見て見たい。
posted by tady at 09:20| ローマ | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

イタリア映画祭2006その4

ようやくイタリア映画祭が終わった。今日は4本も見てしまった。目がぁああーー。
今日見たのは
I giorni dell'abbandono(哀しみの日々)
La seconda notte di nozze(二度目の結婚)
Mater natura(母なる大地)
La febbre(マリオの生きる道)

I giorni dell'abbandono(哀しみの日々)
ロベルト・ファエンツァ監督作品で、原作はエレナ・フェッランテの同名小説。
主演は、マルゲリータ・ブイで、彼女は、「恋愛マニュアル」の危機の話にも主演している。
突然夫が彼女の元を去ってしまった後の苦悩の日々を描いている。原作が女流作家であるからか、男の監督としては、かなりきめ細かい作品になっていると思った。
それにしても主演のブイは、恋愛マニュアルと同じで、男女間がうまくいかないときに酒におぼれるって設定で、続けてみていると、話が混乱してきてしまう。
この映画で音楽を担当しているゴラン・ブレゴヴィクが、失意の彼女を一途に思う音楽家を演じている。映画の中でも彼の演奏するシーンがでてくるが、ジプシーの音楽をベースにした楽曲がとても良かった。僕は知らないアーティストだったのだけれど、日本でも有名みたいだ。彼のHPはここ
http://www.goranbregovic.co.yu/

La seconda notte di nozze(二度目の結婚)
プーピ・アヴァーティ監督作品。
時代設定が、第一次大戦と第二次大戦の間で、舞台がイタリア南部のプーリャ州。使われている言葉は、当時の言い回しで、2人称単数でもVoiを使っていた。
主人公は、あまりにも善人過ぎて、精神を疑われ、何度も病院に入れられているという人物。戦争直後でイタリア経済はボロボロで、イタリア中部の大都市ボローニャで食い詰めた母子が、一度は縁を切った亡き夫の実家に戻る。子といっても、すでに成人した男で、詐欺師のような生活をしている。
主人公は、亡くなった夫の弟で、昔から義姉に恋心を抱いていた。
息子の実にいい加減な生き方が、いかにもイタリア人ならいそうなタイプで、面白かったし、善人過ぎる主人公が、義姉にいただくすごく純粋な思いがとっても良い。
義姉は、二度目の新婚初夜に、ベッドはともにするものの、愛し合うことは拒絶するのだが、女性に触れたこともない主人公が、彼女の隣に寝ることだけで感じる至福の喜びが、ラストシーンに良く現れていて、一人寝の寂しさをなにやら実感してしまった。

Mater natura(母なる大地)
マッシモ・アンドレイ監督作品。主演のマリア・ピア・カルツォーネは、今回の映画祭に来日しており、座談会にも出席していた。
舞台はナポリ。主人公は、日本で言ういわゆるニューハーフで、彼女と彼女の若い恋人の話だ。
座談会の時も、監督はなぜ、ニューハーフの役を女優にやらせたのか?という質問があったが、純粋に女性的な愛のあり方を表現するのに、やはりプロの女優が適しているという判断があったそうだ。トランスジェンダーの人たちを対象にオーディションも行ったのだが、美しい人はいても演技不足だったり、演技はうまくても、映画的にそぐわなかったりで、結局彼女が演じることになったそうだ。しかし、本当にニューハーフに見えてしまうからすごい。
また、そう見えることで、成就することのない彼女の恋心が、じつに切なく伝わってきた。
恋人が、若い女性と結婚し、その妻が妊娠したあたりから、「きっと男は死んで、主人公と妊娠した妻が一緒に暮らすとかいう結末になるんだろうなーー」と想像してしまったのだが、結果は当たらずといえども遠からずだった。
もうひとつ僕が注目していたのは、今回の選挙で、初のトランスジェンダーの国会議員となったルクスーリアが出ていたので、彼女はどんな人なのかが気になっていた。
まさに、彼女が演じた役は、トランスジェンダーの人たちの権利を主張して、それを政策として受け入れてくれた人物の選挙応援をするというもので、まるで今回の実際の選挙そのものといった感じだった。
もうひとり大きな役回りを演じているのが、エンツィオ・モスカート。
ナポリの町で差別を受けているトランスジェンダーの人たちが、町を捨て、ヴェスビオス火山の麓に、映画のタイトルそのままの共同体を作る。そのときの台詞がまた良かった。「大地の裂け目が血を噴出す女としてのヴェスヴィオスと男のように押し寄せる海の中間にある山の麓こそが、男と女の中間にいる我々が住むにはもっとも適した地であり、そこで、有機農業をやり、男と女の問題に悩む人々のカウンセリングをやろう」というもの。男と女の間にいる自分たちは、もっとも適したカウンセラーになれるっていうのもなかなか良かった。

La febbre(マリオの生きる道)
アレッサンドロ・ダラートリ監督作品。
クレモナを舞台に、失業中の若者の夢と挫折を描いている。自由であろうとする若者マリオが、亡くなった父親の影の援助によって、市役所に就職することになり、そこで理不尽な、まさにいじめにあう。裏取引や口利きといった、大人社会のネガティヴな面を拒否しようとあがく姿が痛々しい。CGが結構使われていて、それもなかなか面白かった。
多分、日本人には分かりづらかったと思うんだけど、最後のほうで、マリオとイタリア大統領が会話を交わすシーンがあって、マリオは自由のために、自らの身分証明書を大統領に返却し、もうイタリア人でいたくない。僕はマリオで十分だという。国家と個人、組織と個人という問題が、端的に表現されていた。
ただ、ちょっと欲求不満が残ったのは、マリオの反抗が、個人のレベルでのことだという点。大人社会と若者たちとの衝突というのは、68年の学生運動を頂点として、ずっと下降線をたどっているような気がする。最近のフランスでも若者たちの反乱は、例外なのかもしれない。

短編映画は、落ち葉に隠されてしまった障害者専用駐車スペースの話を描いたSotto le foglieと離婚した父親と幼い娘のスーパーでも買い物を描いたTi racconto una storiaがなかなか良かった。


というわけで、イタリア映画祭2006の全作品を見終わった感じたのは、うーん、彼女が欲しい! ってことですかね。男も女もトランスジェンダーも老いも若きも恋をして苦しんで、でも誰かと一緒にいることでやっぱり幸せを感じるっていうことが、全作品を通して描かれていたような気がする。
posted by tady at 00:19| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

Anche libero va bene

現在、岩波ホールで公開されている「家の鍵」に主演した、キム・ロッシ・スチュワートの初監督作品がイタリアで公開された。
今回のイタリア映画祭で上映された二つの作品に主演しているバルボラ・ボブローヴァも出演している。
収入が不安定で、攻撃的な性格のカメラマンと二人の子供の父子家庭の話らしい。
http://www.corriere.it/Rubriche/Cinema/?fr=tcol
中々面白そうだ。でも、日本では中々イタリア映画が見られないのが、実に歯がゆい。

そうそう、イタリア映画祭の会場で、日本ではまだ未公開のベニーニの新作「虎と雪」のDVDが売られていたので、ついつい衝動買いしてしまった。このところ、映画祭で、イタリア映画漬けなので、家に帰ってきてから見るのはちょっとしんどいので、しばらくしたら、ゆっくりと見てまた感想を書こうと思う。出だしだけちょこっと見たけど、トム・ウェイツが最初からバンドと出てきて、この映画のために作ったという曲をやっていて、これも中々良い感じ。
posted by tady at 07:59| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

イタリア映画祭2006その3

短期間に、いくつものイタリア映画を見ると、ストーリーがごちゃごちゃになってしまうので、覚え書きも兼ねて、昨日の続きから。
昨日見たのは、
Quo vadis, baby?
Manuale d'amore(恋愛マニュアル)
La bestia nel cuore(心の中の獣)
今日見たのは、
La spettatrice(見つめる女)
La vita che vorrei(私が望む人生)
Te lo leggo negli occhi(瞳を見ればわかる)

ということで、一つずつ感想を記しておく。

Quo vadis, baby?
ガブリエル・サルバトーレス監督作品で、主演はイタリアのロック歌手アンジェラ・バラルディ。
サルバトーレスの作品は、Mediterraneo=邦題「地中海の天使」が日本でもヒットし、彼はこの作品でアカデミー外国映画賞を受賞している。僕も好きな作品だ。
この作品の前には、若者の冒険譚を描いた「マラケシュ・エクスプレス」があり、また同様の傾向として「プエルト・エスコンディード」も撮っている。
イタリアの南北問題を扱ったという「SUD」は、まだ未見だが、音楽はイタリアのインディーズのミュージシャン総出演という感じだったという話を聞いている。ミュージシャンの中には、サルバトーレスといえども商業主義に走っているので、楽曲を提供するのを拒否したグループもあったそうで、ちょっと見てみたいところだ。
最近では、イタリア南部の誘拐を専門とする犯罪集団の話である「ぼくは怖くない」が日本でも公開されている。
いわゆる左派の社会派監督というのが僕の理解なわけで、今回もかなり期待してみた。
率直に言って、ちょっとがっかり。冒頭には懐かしのPFMが流れたり、途中にはトーキングヘッズの曲が流れたりするのだけれど、なんとなく時代とそぐわない感じがして、彼も年をとってしまったのか知らん?と思ってしまった。
ストーリーは、16年前に自殺した姉が取り溜めたビデオが主人公の元に送られてきて、その自殺に疑問を抱いた主人公の妹が、その真実を探っていくっていうもので、舞台は主人公の住むボローニャと姉の住んでいたローマ。
結局、事件の真相は、彼女の家族の中で起きた事件がすべての発端だったってことで、僕が期待したような社会性のあるものではなかった。
あちこちに、例えば、マリファナを吸うシーンとか、車にゲバラのステッカーが貼ってあったりとかでてくるのだけれど、いまひとつ満足できなかった。

Manuale d'amore
恋愛マニュアルは、ジョバンニ・ヴェロネージ監督作品。
オムニバス形式で、「恋に落ちる」「危機」「浮気」「別離」という章立てになっている。
ベテラン監督らしく、実に手慣れた感じで、それぞれの挿話の最後に、次の挿話の主人公が関わってきて、次の話に繋がるようにできている。また、舞台回しをする脇役が、観客に語りかける手法なども、かなりオーソドックスで、分かり易い。
全ての話を繋ぐ糸は、「恋愛マニュアル」という本に着いてくるCDに録音されている女性の声で、その女性は、最初の話の主人公の姉であり、最後の話の主人公に希望をもたらす女性だったりする。
特に、2つめの「危機」を演じている二人の俳優、セルジョ・ルビーニとマルゲリータ・ブイは、実生活でもカップルだったのが別れて、それでも一緒に仕事しているそうで、彼らの演技は、かなーり真実に迫るものだった。
総じて、女性の方が積極的で、置き去りにされるのは男っていうのは、男としては切ない感じがしたんだけど、会場にいた日本人の中年男性たちは、中年太りのイタリア男が、女性に持てるっていうところに、自分もまだ大丈夫って思ったみたいで、なんか大きな勘違いをしているようだった。
映画祭の会場での受けもとっても良かったので、日本でも公開されるかもしれない。恋愛に関わる話に国境はないのかもしれない。

La bestia nel cuore
この作品は、アカデミー外国映画賞にノミネートされていた作品でもあり(残念ながら受賞は逃した)、期待してみたのだが、やっぱり良い作品だった。
ストーリーは、幼少の頃に、父親から性的虐待を受けた兄妹が、その心の傷を克服していくという話。ロカーショが演じる兄とメッゾジョルノが演じる妹が、新年を祝って上げた花火(大きな打ち上げ花火ではなく、庭でやるような花火ね)の火の粉の向こうで、お互いの抱えた痛みを抱きしめるように、二人して抱き合うシーンは、ちょっとウルウル来てしまった。
サブストーリーとして、主人公の盲目の女友達とこれまた主人公の職場の上司で、夫に捨てられた中年女性が、レスビアンになるという話も、無理なく感情移入が出来て、とっても良かった。この辺はさすが女性の監督だなと関心。
男の監督では出来ない作品だとも思った。女友達と一緒に見て、それぞれの感じ方の違いなどを話し合ったりしたら面白いかもしれない。そう、恋人同士ではなくね。(これは、恋愛マニュアルにも言えることなんだけど、、)
あと、主人公の彼氏も俳優で、テレビドラマのことをバカにしているのだけれど、食うために仕方なく、テレビドラマの俳優になるという話もあって、その中の撮影現場のシーンには、イタリアの歴代名監督の写真が壁に飾られていたりして、イタリア映画の置かれている状況をちょっと皮肉っぽく描いているのかなぁー? と思わせたりする。

La spettatrice
パオロ・フランキの初監督作品だそうだ。主演は、「聖なる心」でも主演していたボブローヴァ。
ストーカーに近い一途な女心が、なんとも言えない。恋愛に関しては、すごくストレートだと思っていたイタリア人への認識がちょっと変わるかもしれない。こういう愛の形もありかも、かなり辛いけれど、、、
若い監督ということもあって、男女間の感性は、かなり良い感じ。主人公が転がり込んだ先の男友達とのやりとりなどは、かなりうなずける。彼女を求める男を主人公は拒否するんだけれど、男は拒否されるとそれ以上無理強いはしない。しかし同時にまた、女性の方は、恋愛感情はないのだけれど、その男を手で行かせる。
一方で、主人公が見つめている男と中年女性との恋も良い。50代のその女性と40代の男との関係の激しさと危うさが、なんとも身につまされてしまった。

La vita che vorrei
ジュゼッペ・ピッチョーニ監督作品。同監督は今回の映画祭にも来日していて、座談会でも、その茶目っ気ぶりをみせていたのだけれど、作品は彼の映画への愛情がたっぷり。
19世紀を舞台にした映画を演じる俳優の日常生活と演技(劇中劇)の生活が複雑に入り組んでいて、果たしてこの台詞は、映画の中の日常を演じている時の台詞なのか、それとも映画の中の劇中劇を演じている時の台詞なのか、訳がわからなくなる。と同時に、二つの演技(日常生活と劇中劇)が微妙にシンクロしているのがこれまた面白い。
座談会では、主人公を演じたサンドラ・チェッカレーリが、自分と映画の中の主人公と重なる部分はあるか?という会場の質問に答えて、自分が女優になったこれまでの過程と主人公が女優となる過程に重なる部分があると答えていた。
もっとも、映画の中では、実に親密な関係になるロカーショについては、何回か仕事は一緒にしたけど、私生活は知らないわって言っていたので、その辺が虚構と現実の大きな違いであるってことだなんだろう。
この映画で特に印象に残ったのは、ラストシーン。主人公の女性が、実に強い眼差しなのに対して、それを受け止めるべきロカーショ演じるステーファノが、とってもおどおどした目をしていたこと。


Te lo leggo negli occhi
ヴァリア・サンテッラ監督作品。彼女は、モレッティ一押しの若手監督だそうだ。当のモレッティも、ちょこっとだけど、出演している。
しかしなによりも驚いたし、凄いと思ったのは、主人公の母親役を演じるステファニア・サンドレッリだ。
かつての妖精のように美しかった彼女が、自らの老いた肉体を、胸も露わにしてさらけ出し演じている。最後に歌手の役を演じている彼女が歌を歌うのだけれど、吹き替えかと思って、最後に流れるクレジットをじっと見ていたら、本人がちゃんと歌っている。これにはビックリ。孫を演じた女の子も実に良かった。


ここまで見て感じたことは、女性が強く、逞しく、美して、素晴らしかった。それは、「聖なる心」の少女ベニーや「瞳を見ればわかる」の孫ルチア、「13歳の夏に僕は生まれた」で、密航移民の少女アリーナを演じたエステル・バザンといった少女達もそうだし、ステファニア・サンドレッリや「見つめる女」で、主人公の見つめる男の恋人役フラヴィアを演じたブリジット・カティヨン、「心の中の獣」で、主人公の幼なじみの女性と恋仲になる女性マリアを演じたアンジェラ・フィノッキアーロといった中年というよりも老年に差し掛かっている円熟の域に達している女性達が、その肉体の衰えを越えて、実に美しかった。

明日は、丸一日4本の映画をみる予定。続きはまた明日。
posted by tady at 23:51| ローマ ☀| Comment(6) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

イタリア映画祭2006その2

今日も3本映画を見てきた。
でも、まずは、昨日書き忘れた短編映画のことから。
今回の映画祭では、初の試みとして、イタリアの短編映画が、長編の前に上映されている。全部で12本。
昨日は、BuongironoとLoooを見た。
Buongiornoは、鏡をテーマにした日常に潜む不安感を巧みに表現していて、なおかつ笑える内容でとっても面白かった。
Loooは3Dアニメで、3Dアニメとpixerをおちょくった作品。これもなかなかのものだった。
Loooに関しては、作者のサイトがあるようだ。
http://www.bozzetto.com/
かなり凝っているので、見てみると面白い。
Loooについては
http://www.bozzetto.com/looo.htm
今日見た短編は3本。
Un re'foloは、イタリアの日常だったら起こりえそうな不条理を描いていて、かなり深刻な内容なんだけど、ブラックに笑えた。
Little boyは、最初は意味がわからなかったのだけれど、途中で、Little boyが生まれれば、Fat boyが屠ったよりも多くの人間を屠るっていうような内容が出てきたところで、ヒロシマに落ちた原爆のことを言っているのだとわかった。
最後に、Littleboyの解説が出て、予想が当たったのだけれど、日本の作家がこういった主題に取り組むのならわかるのだけれど、イタリアの作家が正面からこのテーマを取り上げているってことに、日本人としてちょっと恥ずかしいような気がした。
La partitaは、言葉のないアニメで、テーマはサッカーの試合なんだけれど、そこに様々な人々の様々な日常が投影されていくという作品で、イマジネーションが膨らんでいく感じで面白かった。

長編3作品は、明日になっちゃうかな?
取りあえず、毎日更新を中断させないためにも、短編のみで一度アップします。


posted by tady at 23:16| ローマ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

イタリア映画祭2006その1

5月2日から始まっていたイタリア映画祭2006にようやく行くことができた。
全作品を見ることが出来るパスポートチケットを購入しているので、これからが大変そう。
とはいえ、年1回、イタリア語漬けになれる機会なので、頑張ってみようと思っている。
さて、今日上映された作品のうち、2本を鑑賞し、座談会を聞いてきたので、それらの映画の紹介と感想を記しておく。
午前中に上映されたのは、Cuore sacro=邦題「聖なる心」だった。
監督はトルコ出身のフェルザン・オズペクで、昨年は、La finestra di fronte「向かいの窓」が、上映されている。
主演の、スロヴァキア出身のバルボラ・ポブローヴァも来日しており、上映に先立って舞台挨拶をし、その後の座談会にも出席していた。舞台挨拶では、自分にとっては非常に難しい演技が求められた作品だったが、やりがいもあり、また、この作品によって多くの賞を頂くことができたので、満足しているという話をしていた。彼女は、この作品の演技で、昨年のイタリアのアカデミー賞にあたるドナテッロ賞の主演女優賞を受賞している。
座談会では、素顔の彼女も垣間見られて、作品の中の印象とは違い、コケティッシュな感じがとても素敵だった。歌も1曲披露してくれた。アッケラカンとして、明るく振るまう姿とともに、頭の回転の速い、理知的な人という印象だった。
作品は、イタリアの大手企業のトップであるバリバリのキャリアウーマンの彼女が、不思議な少女と出会うことで、現在の自分の生き方や過去の母親との関係などを改めて、自らに問い始め、精神的に危機的な状況にまで追いつめられながらも、新しい価値観を獲得していく様が描かれている。
彼女自身が作品を紹介する際にも、一人の女性の内面を巡る旅であるという言い方をしていた。
内面の旅とは良いながらも、描かれているのは、イタリアの現実社会であり、企業のトップと貧しい人たちを自らのやり方で支援しようと言う少女という構図になっており、そこで重要な役割を果たすのが、カラス神父という人物像である。
自らの持てるものを全て貧者に捧げてしまおうとする主人公について、後の座談会では、会場から、実にキリスト教的であり、現代のサン・フランチェスコを描いているように思うのだがという質問があったが、一見すると、確かに、キリスト教的な博愛主義に見えるのだが、実はそうではない。彼女個人の思いによる支援を、教会に認めさせ、組織化をしていこうと、神父が彼女を司祭の所に連れて行こうとするのだが、そこで彼女は、「ここに神は居ない。神は貧しい人と共にある」と言う。しかし、それを聞いて、神父が彼女に見せたのは、さらに厳しい、神など存在しないような厳しい状況に置かれた人々であった。
皮肉にも、神父の方が、神は居ないのだから、貧しい人を援助するためには組織的に行わなければならないと言ってしまうのだ。
映像的にも、主人公が、心を病んだ若者を助けるシーンなどは、まさにミケランジェロのピエタを思われせる構図で描かれていたりするのだけれど、でも実は、この映画、キリスト教的ではあっても、決してキリスト教を描いてはいない。
最後のシーンに落ちがあり、なんだよ!って言いたくなってしまったけれど、でも、なるほどねって感じもあった。
主人公を演じたバルボラの演技は、本当に良かった。
さらに加えて言うと、モレッティの「Il Caimano」はまだ見ていないのだけれど、企業のトップの精神的な旅っていう意味では、ちょっと比較してみてみたいかなって思った。そして、まだ伝え聞くだけなのだけれど、Il Caimanoは、残されるのは破壊だというのだけれど、この映画には希望が残る。その辺が、男を主人公とするのか女を主人公にするのかの違いがあるのかもなんて思ってしまった。

2本目は、マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督作品、Quando sei nato, non puoi piu' nasconderti=邦題「13歳の夏に僕は生まれた」だった。
監督も来日しており、舞台挨拶があり、座談会にも出席していた。
脚本は、「輝ける青春」の名コンビ、ペトラーリアとルッリだ。この二人の手による映画は、本当に多く、今年のドナテッロ賞でも、「Romanzo Criminale」が多くの賞を受賞している。
北イタリアの町、ブレッシャの裕福な家庭の男の子が、バカンスに行った先で、ヨットから落ちて漂流し、密入国船に助けられるところから話が始まる。ブレッシャには、親しい友人が居たりして、ブレッシャ方言のアクセントがなんだかとっても懐かしかった。
裕福な家庭の子供と、密入国してきたルーマニアの若い兄妹との交流を描いているのだけれど、13歳にして初めて、本当の現実を目の当たりにした少年の姿が、印象的だった。
座談会の中で、監督は、イタリアは移民に対して寛容だったので、今までそういった問題は表面化していなかったし、それにイタリア自体が、20世紀には多くの移民を海外に送り出していた国でもあり、移民がイタリアに足を踏み入れると、自らの過去を思い出すこともあり、見て見ぬふりをすることも多い国民性があるということを話していた。だからこそ、主人公を少年にすることにより、過去のしがらみから解き放たれた素直な目で、現実を見るという設定にしたのだとも。
最後がやや宙に浮いたような結末で、これからどうなるのだろうという余韻を残す終わり方だったのが、問題の難しさを示しているようにも思えた。

2本の作品を見て感じたことは、イタリアの社会がかなり厳しい状況に置かれていると言うことであり、善意の人々の前には、法律や社会の偏見と言った大きな壁が立ちはだかっているということだった。座談会の最後に、映画と社会・政治の関わりについて、司会者が質問をしていたのだけれど、確かにその点は、非常に重要なことだと思う。座談会に出席するたびに思うのは、いっつも欲求不満のまま、聞きたいことを聞くことができないってことだ。短い時間の中で、突っ込んだ話など出来るわけではないのだけれど、、、、、、
それにしても、ベルルスコーニ政権がイタリアの社会にどれほどの影を落としてきたのかが、映画を通して見えてしまったような一日だった。

posted by tady at 22:57| ローマ | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。